自然に囲まれ、便利に暮らす!
妥協できない矛盾に答えた素材使い

お互いの定年を数年後に控えた、Yさんご夫妻。「庭をつくり、緑あふれる生活がしたい」、「とは言っても、今の便利な住環境は気に入っている」、そんなふたりの希望を叶えるために、建築家・松本直子さんがつくりあげた家とは?

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注文住宅での2回目の家づくりで重視した、こだわりの素材

名門校が立ち並ぶ、都内でも有数の文教エリアを抜けた閑静な住宅地に建つ、イエローの外壁が印象的な家。屋根部分や手すりには黒の塗装が施され、温かさの中にもメリハリの効いた趣きが家主のこだわりを感じさせる。

 この家を建てる前も、近隣の注文住宅に住んでいたというYさんご夫妻。お互い近い将来に定年を迎える。仕事をやめた後の生活をふたりで考えた末、思いきってなじみのある同じエリア内に土地を買い替え、家を新築することに。

 以前の家は土地もやや狭く、改築して庭をつくることは難しかった。南側のバルコニー前には隣家の窓があるため視線が気になってしまい、カーテンは閉めたまま。そんな、家の外よりも室内にいることの方が圧倒的に多い生活より、ゆとりある敷地内で庭の草木を愛でたり、陽の光や風を感じられたりするような生活がしたいと考えるようになったのだという。

 「自然の恵みや木の温かみを存分に感じられ、歳を重ねても住み心地のいい、スタイリッシュな“終の棲家”」。そんなYさんご夫妻のオーダーに応えたのが、建築家の松本直子さんだった。

 「もともと、漆喰や天然の木材などがお好きなご夫婦で、とくにご主人は建築にもかなり造詣が深い方でしたね。2軒目の注文住宅ということで、知識もこだわりもお持ちのご様子でした。ご相談にいらした際、わたしが設計した一軒のお宅がたまたま竣工したばかりだったのですが、遠方にもかかわらずそちらにも足を運んでくださるほど熱心に取り組まれていました。可能な限り自然素材を使って、できるだけ化学製品を用いない快適な家をつくる、という私のポリシーに共感し、お任せくださったのだと思います」

 松本さんのつくる家は、クルミやタモ、アルダー、ヒバなどの天然木の優しさが息づいている。「ひとつの素材だけでももちろんいいのですが、それぞれの木が持つ特徴を生かし、場所ごとに種類を変えるなどして組み合わせると見た目にも美しく、ぬくもりを感じつつもスタイリッシュな家に仕上がります」

 しかし、これだけさまざまな木材を多用していると、予算も上がってくるのでは…?という問いには、「事務所で懇意にしている材木屋さんがあり、施主さまに木材を丸太で購入していただいてから切り出す、ということも請け負ってくれます。特殊な木材でも、床板に加工されたものを購入するより安価に入れられる環境が整っています」と教えてくれた。自然素材に精通している松本さんならではのネットワークである。
  • 1階リビング~ダイニング~和室/キッチンからは、中庭はもちろん、奥の和室も望める。和室はぬくもりのある土壁。ちょっとした“離れ”のような使い方や、来客用としても重宝するのだとか

    1階リビング~ダイニング~和室/キッチンからは、中庭はもちろん、奥の和室も望める。和室はぬくもりのある土壁。ちょっとした“離れ”のような使い方や、来客用としても重宝するのだとか

  • 1階リビング/建具も天然木を使用しているY邸。高い天井が印象的なリビングは、真っ白な漆喰の壁に合わせ、天井はあえてスギの構造材を見せることで無機質さを抑えて木質感を出し、視線を留めて楽しめるポイントをつくった。床材は、赤みを帯びた色合いが美しいアメリカンブラックチェリーを使用

    1階リビング/建具も天然木を使用しているY邸。高い天井が印象的なリビングは、真っ白な漆喰の壁に合わせ、天井はあえてスギの構造材を見せることで無機質さを抑えて木質感を出し、視線を留めて楽しめるポイントをつくった。床材は、赤みを帯びた色合いが美しいアメリカンブラックチェリーを使用

  • 和室/前室の奥は高さを上げ、「離れ感」を演出した和室。畳を囲むように深い色あいのブラックウォールナットの床板を敷き、廊下と床板の色を変えることでさらにメリハリをつけた

    和室/前室の奥は高さを上げ、「離れ感」を演出した和室。畳を囲むように深い色あいのブラックウォールナットの床板を敷き、廊下と床板の色を変えることでさらにメリハリをつけた

気持ち良く光と風を感じられる工夫が随所に

家のそこかしこで、光や風など外部の自然を取り入れて心地よく暮らすための工夫が見られる。松本さんは家づくりの際、南から採り入れられる豊かな明るい光と、北から入る安定したおだやかな光のバランスを意識した。「室内で、明るいところと暗い場所のコントラストがはっきりしすぎていると、暗がりの部分が実際よりも暗く、より陰湿に感じてしまうんです。家のどの場所にいても明るさを感じていただくために、どこからどう光を採り入れるかは、いつも気にかけながら設計していますね」

 北側に道路があり、南北に縦長の敷地、という特性を十分に活かし、敷地の南側に中庭をとり、リビングの上部は吹き抜けに。さらに、2階部分には高窓をつけ、2面採光とした。そうしたことで、光と風だけでなく、庭に目をやれば樹木、窓を見上げれば空と、豊かな自然の恵みを感じられる寛ぎの空間ができあがった。

 空調を効かせることの多い真夏や真冬以外は、大きくとった窓を開け閉めすることで、室内のこもった空気と外気を巡らせるだけでもじゅうぶん快適に過ごせる、と松本さんは言う。「家の断熱性を上げ、かつ、風通しを良くするだけで、エアコンを使う頻度は格段に下がります。冷暖房を入れる際にはきっちり断熱をして、窓を開けたら家じゅうに風がまわる家が理想。吹き抜けのある家は冷暖房の効率が悪いと言われますが、断熱さえしっかりしていれば負担は大きくありません


 光や風だけでなく、「人通りの良さ(動線)」も重要なポイントだ。人が行きどまってしまったり、ぐるっと回り道をしなければ目的の場所に辿りつけないような間取りではなく、回遊性の高い家づくりを目指した。

 トイレなども含め、全てのドアに引戸を採用。光や風の抜けはもちろんのこと、不必要なときは開けっぱなしにしてもすっきりとした印象で、手入れもしやすい。また、玄関からキッチン、寝室から洗面所など、どこからどこへ行くにもスムーズな動線を確保した。「歳を重ねて、生活スタイルや体力面での変化が生じたときにも、今と変わらず暮らしやすい家だと思っていただけるように」と松本さん。快適なふたりの暮らしが、これからもずっと続いていくことだろう。

【松本直子さん コメント】
どこにいても天然木の質感を感じられるように設計しました。とはいえ、木材だけで埋めると息が詰まるような感覚になることも。そこで、漆喰や土壁など、自然素材の壁を“余白”のように配し、ゆったりと心地よい空間を意識しました。おかげさまで、ご夫婦にはとても気に入っていただきました。竣工して数年経ちますが「いつでもいらしてください」とのお言葉に甘え、ショールームのようにお邪魔させていただいています(笑)
  • 1階リビング~ダイニング/仕切りを多くとらないことで、暮らしやすい動線を確保した。同時に風や光を多くとりこめる配慮もされている

    1階リビング~ダイニング/仕切りを多くとらないことで、暮らしやすい動線を確保した。同時に風や光を多くとりこめる配慮もされている

  • 1階リビング/2階廊下部分は柵のみなので1階を見下ろすことができ、一体感と広がりのある空間を演出。家中の空気が循環するような開放感のある造りであることに加え、家のどこにいても家族の存在を感じられる構造だ

    1階リビング/2階廊下部分は柵のみなので1階を見下ろすことができ、一体感と広がりのある空間を演出。家中の空気が循環するような開放感のある造りであることに加え、家のどこにいても家族の存在を感じられる構造だ

撮影:小川重雄

基本データ

施主
Y邸
家族構成
夫婦