宙に浮いたリビングが叶えた
様々な顔をもつ庭のシークエンス

子供の頃から住み続け、先代から受け継いだ土地の記憶を残しつつも、暮らしやすい家に建て替えたい。そんな施主の思いに応えたのは、物事の本質を見極め、類まれなる発想で、美しく快適な空間をつくりあげる建築家、荒谷省午建築研究所の荒谷さんでした。

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遊ぶ庭、使う庭、見る庭が
ピロティを通じ1つに

六甲山南麓の陽の当たる場所として名付けられた、兵庫県西宮市甲陽園。自然豊かで美しい景色が人気の関西屈指の高級住宅地に施主のSさんの邸宅がある。

Sさんが子供の頃から長く暮らしてきた旧家は老朽化し、寒さや使いにくさを感じていた。また、広い庭はあるものの、「見るための庭」で、子どもたちが遊べるような「使える庭」ではなかった。そんな旧家を暮らしやすい家に建て替えるべく、設計を依頼したのは、美しさと機能性を兼ね備えた家をつくることに定評のある建築家、荒谷省午さんだった。

「これまでの作品を見て気に入っていただけたようですが、私が過去に目神山の物件を手掛けたことがあるというご縁もありました」と荒谷さん。

Sさんは、この目神山という地域の景色や雰囲気を大切にしたい、新しい家もそこに相応しく、これまで紡いできたものに敬意を払うような計画としてほしいとの思いがあった。荒谷さんの実力と経験ならば、その思いを汲んだプランニングをしてくれると思ったに違いない。

そんなSさんの思いを実現するために、荒谷さんがまず手をつけたのが、ゾーニング。旧家の広い庭は、アプローチの動線とともに前庭として活かしつつ、新居は敷地全体を使うような中庭型に。さらに景色の良い南西側には、子どもたちが遊べるような裏庭も設けた。

しかしそれでは、前庭・中庭と、裏庭が分断されてしまう。そこで荒谷さんがとったのは、建物の一部を浮かせ、ピロティ空間をつくること。こうすることで、前庭、中庭、裏庭がピロティを通じ1つに繋がり、息苦しく感じてしまいがちな中庭にも、開放感をもたらしてくれる。

これは庭のシークエンスだけでなく、用途といった意味でも大きな役割を果たす。前庭は、景色を楽しんだりお客様をもてなす「見せる庭」、中庭はコンクリートブロック敷きで、BBQをしたりキックボードなどもできる「使う庭」、裏庭は、子どもたちが駆け回ることのできる「遊ぶ庭」だ。それを繋ぐピロティも単なる床下空間ではなく、直射日光や雨をしのいだり、物置や作業空間としても使える。

荒谷さんは、アプローチや前庭で、旧家の面影を残しながら、中庭・裏庭で新たな家の姿を現す「新旧の庭の融合」を見事に実現してみせた。

実は、家の一部を浮かせるというプランがもたらしたものは、庭の妙だけではない。

Sさんは、新居は平屋にしたいと要望していた。ただそのとき「でも2階からのほうが見晴らしはいいんだよな」とポロッと口にされていたのだ。荒谷さんはそれを忘れていなかった。
リビング部分を浮かせることで、平屋でありながらも眺望も実現したのだ。
この提案にSさんも感嘆の声をもらしたのだという。

「お客様は『こんなことは無理だろう』『両立は難しいだろう』と諦めてしまうことも多いです。しかしどんな要望でも伝えていただきたいと思います。思いを咀嚼して“解”を導き出すのが、建築家の腕の見せ所だと思っています」と荒谷さん。

「庭という旧家の趣を大事にしたい」「平屋がよい」「眺望も」といった施主の思い、多様な使い方ができる「数種類の庭」を、「家を浮かせる」という画期的なアイデアで実現してみせる、荒谷さんの力には、驚かされるばかりだ。
  • 高さの違う箱を、つづら折りになった屋根が繋ぐ。この美しさは上空からでないとわからないのがもったいないくらい。

    高さの違う箱を、つづら折りになった屋根が繋ぐ。この美しさは上空からでないとわからないのがもったいないくらい。

  • リビング部分を宙に浮かせ、前庭、中庭、裏庭がシームレスにつながる。日差しを考慮し、右サイドは軒を深く設計。

    リビング部分を宙に浮かせ、前庭、中庭、裏庭がシームレスにつながる。日差しを考慮し、右サイドは軒を深く設計。

  • 裏庭には大きな窓をとり、屋内からの眺望も楽しめるようにした。

    裏庭には大きな窓をとり、屋内からの眺望も楽しめるようにした。

  • エントランスはブルーのアクセントウォールがお客様をお出迎え。廊下は手前側を狭く暗く。進むにつれ明るく広い空間へといざなう工夫も

    エントランスはブルーのアクセントウォールがお客様をお出迎え。廊下は手前側を狭く暗く。進むにつれ明るく広い空間へといざなう工夫も

  • エントランス右の和室の仏間は、廊下と対照的な赤を選択。階段下はガレージへ続き、雨に濡れず行き来が可能

    エントランス右の和室の仏間は、廊下と対照的な赤を選択。階段下はガレージへ続き、雨に濡れず行き来が可能

建物も屋内の動線も
「美しい流れ」を実現

S邸は「流れの美しさ」も魅力の1つ。S邸は平屋の建物が連なる構成。しかしその実は同じ高さの1つの建物なのではなく、高さの異なる箱を2寸勾配の屋根がつづら折りに繋ぐといったもの。その流れの美しさはは上空から見ないとわからないのがもったいないくらいだ。物事の本質を見極め、無駄を削ぎ落とした荒谷さんの実力が見えないところにも発揮されている。

「流れ」という点では、室内のゾーニングにもその巧みさが現れている。S邸は、エントランス右には、客間ともなる和室の仏間。その先の階段下はガレージへと続く。左に廊下を進んでいくとホール、さらにその先にダイニングキッチンがある。左に折れたところがリビングと茶室のような畳コーナー。その奥の棟は子供部屋や夫婦の寝室などがある。
室内のゾーニングが、パブリックゾーンからプライベートゾーンへとグラデーションのように流れていくのだ。しかもそれぞれのゾーンは、扉で仕切られるのではなく、数段の階段で隔てる形。さらに、奥へと進むに連れて、部屋の空間は少しずつ広くなっていく。

「ちょっとずつ上っていく」「段階的に空間が広がる」扉がなくシームレスに視覚の変化も楽しめる動線。訪れた人にそんなワクワク感も与えたいという荒谷さんの仕掛けだ。

流れの美しさだけでなく、室内の美しさも荒谷さんの特徴の1つ。
実はSさんは趣味のビンテージ家具を置きたいと希望されていた。ということであれば、室内空間はそれに合わせた装飾や色遣いをしたくなるのが常道だが、荒谷さんはそうはしなかった。むしろ華美な装飾は廃したニュートラルな雰囲気を意識したのだという。Sさんがもっていた家具をその目で見てリスト化し、どの家具をどの部屋に配置するか、また家具にマッチした空間をどうつくるかに腐心したのだという。こうして導き出されたのが、寄せ木細工のようなフローリングや、木片を混ぜたセメントボードを採用した天井など。

その荒谷さんの手腕をSさんも高く評価。今でも新たな家具を購入する際は、荒谷さんに相談があるのだという。Sさんにとって、荒谷さんは家を設計してもらった建築士だけでなく、美意識の相談相手でもあるのだろう。

荒谷さんがつくる家が美しいのは、物事の本質を見抜く力があるから。地域や土地の環境、素材がもつ特性などをしっかりと把握し、最適解を見つけ出す。そうして生まれるデザインだからこそ機能美を備えている。

荒谷さんの手によって、S邸はもとの思いを残しながら美しく機能的に生まれ変わった。そしてこの家で、新たな思い出が紡がれ、さらに次の世代へも受け継がれていくのだ。
  • ホール部分には、Sさんのお気に入りのビンテージ家具を設置し、ワークスペースとしても活用

    ホール部分には、Sさんのお気に入りのビンテージ家具を設置し、ワークスペースとしても活用

  • キッチンには外の景色が見られるよう、大きな窓を設置。棚にはお気に入りの調理道具が並びインテリアとしても活用

    キッチンには外の景色が見られるよう、大きな窓を設置。棚にはお気に入りの調理道具が並びインテリアとしても活用

  • 天井の高いリビングは開放感抜群。地上から2階の高さにあるため、窓の先には遠く海まで見渡せる絶好の景色が広がる

    天井の高いリビングは開放感抜群。地上から2階の高さにあるため、窓の先には遠く海まで見渡せる絶好の景色が広がる

撮影:小川重雄

基本データ

作品名
目神山の住宅
施主
S邸
所在地
兵庫県 西宮市
家族構成
夫婦+子供3人
間取り
3LDK・スキップフロア・ビルトインガレージ
敷地面積
874.2㎡㎡
延床面積
166.98㎡㎡
予 算
5000万円台