採光に難ありの敷地でかなえた、
明るく開放的な「奥行のある家」

3方を隣家に囲まれた細長い敷地。これだけ聞くと十分な光が入らない家になりそうだが、建築家の吉田祐介さんは驚くほど明るく開放的な住空間を設計。施主である若いご夫妻の先々の変化も見据えた、永く愛せる快適な住まいに仕上がっている。

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隣家に囲まれた細い敷地で、
明るく開放的な家はできるのか?

結婚後、ご祖父さまが建てた戸建てで新生活をスタートさせたSさまご夫妻。建物はかなりの築年数を経ていたため、当初からリフォームか建て替えを行うつもりでいたという。

「計画を進めようとネットで設計事務所を探していたとき、ぜひ一度、相談したいと思ったのがユウ建築設計室の吉田祐介さんでした。とにかく過去の作品のデザインが素敵だったんです。実際にお会いするとやさしく穏やかな雰囲気の方で、要望を伝えやすいと感じたことも魅力でした」

計画前に訪ねた吉田さんの自邸兼事務所も、依頼の決め手の1つとなった。吉田さんは自身が設計した自邸をモデルルーム的に公開しており、希望すれば相談時に見学可能。Sさまご夫妻も吉田邸でセンスのよい素材使いや明るく気持ちのよい住空間を体感し、内装などはほぼ吉田さんにおまかせして計画を進めたという。

さて、そんな吉田さんはどのようにS邸を設計していったのだろうか。

まず、建物の耐震性に不安があったこと、20代のSさまご夫妻がこれから何十年も住むことをふまえ、リフォームではなく建て替えを提案。Sさまも即座に賛成してくださった。

しかし、Sさまから「開放感」「日当たり」というリクエストがあったものの、敷地は3方を隣家に囲まれ、採光を望みにくい条件。また、間口5.4m奥行き15mと細長い形状で、何か工夫をしないと部屋が狭い印象になりかねない。

だが、吉田さんはそんな敷地条件をものともせず、「開放感」も「日当たり」もかなえた住宅をプランニング。完成したS邸は、明るさとのびやかな広がりを感じられる要望通りの住まいになったのだ。
  • 温かみのある暖色系のグレーの外壁やヒノキの縦格子のバランスがよく、モダンながらも親しみをもてる外観

    温かみのある暖色系のグレーの外壁やヒノキの縦格子のバランスがよく、モダンながらも親しみをもてる外観

  • 玄関まわりは砂利を敷き、シンボルツリーは古くから日本人に愛されてきたモミジを植えている。昔ながらの住宅街にしっくり馴染む、洒落た和テイストの「家の顔」だ

    玄関まわりは砂利を敷き、シンボルツリーは古くから日本人に愛されてきたモミジを植えている。昔ながらの住宅街にしっくり馴染む、洒落た和テイストの「家の顔」だ

  • 玄関ポーチの上にある2階バルコニーの床は、透明なFRPグレーチング。上方への開放感を損ねない素材だ

    玄関ポーチの上にある2階バルコニーの床は、透明なFRPグレーチング。上方への開放感を損ねない素材だ

奥行きを活かしたアイデアあふれる設計で、
のびのび暮らせる明るい家に

吉田さんによると、S邸が明るく開放的な住まいになったポイントは、「仕切り壁がない間取り」「吹抜け」「ハイサイド窓」「末広がりのLDK」の4つだという。

確かに、S邸の玄関~LDKには仕切り壁がない。そのため北に位置する玄関を入ると南のリビングの大開口まで視線が抜け、抜群の開放感。LDKの手前にある階段まわりは吹抜けになっており、上への広がりもあって実にのびやかだ。

さらに、玄関から見ると右側の手前から書斎・トイレが順に並んでいるのだが、吉田さんはこの右側ゾーンを奥に進むにつれてボリュームダウン。逆にいうとLDKは、奥に向かって末広がりになっている。おかげで空間の奥行きや広がりが強調され、開放感がますますアップ。

日当たりの面でも、仕切り壁がない空間が活きている。吉田さんは階段まわりの吹抜け上部に大きなハイサイド窓を設置。ここから入る明るい光が、壁で遮られることなく1階の広範囲に届くのだ。ほかにも隣家の窓と相対しないハイサイド窓やスリット窓が随所にあり、光も風も心地よく通る。

一方で、仕切り壁のない空間はプライバシー面が気になるが、吉田さんはこの点もしっかりクリア。まず、最も生活感が出やすいキッチンは書斎やトイレの先に配置し、書斎などの空間ボリュームで隠されて玄関から見えないように計画。そしてダイニングやリビングへの視線は、階段まわりに設けた縦格子でほどよくカットした。

以前の家は空間の中ほどに居間がありほとんど光が入らなかったが、吉田さんの設計で、プライバシーにも配慮した明るく開放的な住空間に大変身。「これだけ住宅に囲まれた敷地なのに想像以上に明るくて、囲まれている感じが全然しません」と、Sさまご夫妻も大満足の住まいとなっている。
  • 1階LDK。写真左のダイニング・リビングはオーク材、写真右のキッチンはモルタル調のフロアタイルと、床の素材を変えてさりげなくゾーニング。オーク材の床が奥に向かって斜めに広がる設計が奥行きや広がりを強調し、開放感をいちだんと高めている

    1階LDK。写真左のダイニング・リビングはオーク材、写真右のキッチンはモルタル調のフロアタイルと、床の素材を変えてさりげなくゾーニング。オーク材の床が奥に向かって斜めに広がる設計が奥行きや広がりを強調し、開放感をいちだんと高めている

  • 収納豊富な1階キッチン。横長のハイサイド窓で明るさも十分だ。写真右手には、トイレ&手洗い、書斎、玄関が続く。トイレや書斎の空間ボリュームのおかげで玄関からはこのキッチンが視界に入らず、生活感を見せずにすむ

    収納豊富な1階キッチン。横長のハイサイド窓で明るさも十分だ。写真右手には、トイレ&手洗い、書斎、玄関が続く。トイレや書斎の空間ボリュームのおかげで玄関からはこのキッチンが視界に入らず、生活感を見せずにすむ

  • リビングからLDKを見る。オーク材の床の部分が南(写真左)に向かって広くなり、空間の広がりを強調。テレビ台も斜めラインに合わせて造作している。リビングスペースの天井は表情豊かな木毛セメント。仕切り壁はないが、天井や床の素材でそれとなくスペースを分けている

    リビングからLDKを見る。オーク材の床の部分が南(写真左)に向かって広くなり、空間の広がりを強調。テレビ台も斜めラインに合わせて造作している。リビングスペースの天井は表情豊かな木毛セメント。仕切り壁はないが、天井や床の素材でそれとなくスペースを分けている

ずっと好きでいられるデザインと、
変化に応える空間の可変性

取材中、通りがかりの年配の男性が「いい家が建ちましたね。本当にいい家だ」と声をかけてくださった。S邸が建つのは昔ながらの住宅街だが、グレーの壁やヒノキの縦格子を使った外装が街並みにしっくり馴染み、周囲の景観もランクアップしたことを喜んでくださっているようだった。

モダンで洗練されていながらも、尖り過ぎないナチュラルで上品なデザインは、吉田さんの得意分野。邸内もオーク材や木毛セメント、モルタル調など質感や色合いの異なる素材をセンスよく組み合わせ、年齢を経てもずっと好きでいられそうな空間になっている。

永く快適に暮らすための配慮も枚挙にいとまがない。1階は先々も安心なバリアフリー。2階の主寝室は、仕切りを設けて2つの子ども室に分けることもできる設計。主寝室と水まわりの間にある吹抜けに面したファミリールームも、フリースペース、個室、テレワークルームなどフレキシブルに使える。

こうした空間の可変性が高い住宅は、今後、ライフステージの変化で住まい方も変わるであろう若いご夫妻にぴったりだ。実際の空間的な奥行きだけでなく、家族の変化にしなやかに対応し、住めば住むほど暮らしの奥行きも生まれていく──そんな意味を込めて、吉田さんがS邸を「奥行のある家」と名付けたのもうなずける。

最後に、これから家を建てる人へのメッセージを伺うと、「敷地条件が難しくても設計次第でどうにでもできますから、諦めずにご相談いただければ」と話してくれた吉田さん。住宅密集地の細長い敷地で、これほどまでに快適で豊かなS邸をつくり出した吉田さんの言葉とあれば、期待せずにはいられない。
  • 2階から階段を見る。写真右手のハイサイド窓は隣家の建物より高い位置にあり、たっぷりの光を邸内に届ける

    2階から階段を見る。写真右手のハイサイド窓は隣家の建物より高い位置にあり、たっぷりの光を邸内に届ける

  • 吹抜けの階段に面し、明るく開放的な2階のファミリールーム。住まい方の変化に合わせてフレキシブルに使える空間だ。ここから写真右手に行くとバスルームなどの水まわり。左手に行くと主寝室がある

    吹抜けの階段に面し、明るく開放的な2階のファミリールーム。住まい方の変化に合わせてフレキシブルに使える空間だ。ここから写真右手に行くとバスルームなどの水まわり。左手に行くと主寝室がある

  • 2階主寝室。出入口は2カ所、窓も両側に設置し、将来は中央に仕切り壁を入れて2つの子ども室にすることもできるように計画

    2階主寝室。出入口は2カ所、窓も両側に設置し、将来は中央に仕切り壁を入れて2つの子ども室にすることもできるように計画

撮影:アトリエあふろ(糠澤武敏)

間取り図

  • 1F間取り図

  • 2F間取り図

基本データ

施主
S邸
所在地
千葉県習志野市
敷地面積
86.18㎡
延床面積
90.98㎡