1階に生活を集約、安全に暮らせる家に。
築100年の古民家をリノベーション

古民家に一部増築した家で暮らしていたお施主さまは、2階建てでの暮らしに不安を覚えるように。それまでほぼ使用していなかった古民家をリノベーションし、生活の範囲を広げ1階のみで暮らしたいと考えた。建築家の戸川さんは直面した不安だけでなく将来も見据え、安心して暮らせる家に生まれ変わらせたという。

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不安を解消したい。ほぼ使用されずにいた
古民家をリノベし、1階のみの生活に

静岡県静岡市。「層の格子」は、一級建築士事務所サカキアトリエの戸川賢木さんがリノベーションを手掛けた、築100年の古民家だ。古民家は歴史の途中で増築され、こちらも築50年を超えるのだという。

依頼したのはMさま夫妻。以前は増築側に設けられた1階のダイニングキッチンと、2階の寝室と浴室を使用して暮らされていた。古民家のほうは仏壇にお参りいらっしゃる来客の接待に使うことくらいで、主に物置のようになっていたとのこと。

夫婦ともに70歳を超え、だんだん2階への上り下りが億劫になるなど、日常生活に不安が生まれ始めたことからリノベーションを決意。戸川さんが提案したのは、古民家部分をフルリノベーションして仏間や応接室、寝室、水回りを配置し、既存のダイニングキッチンはそのまま使用するプランだ。

さすがに築100年ともなれば傷みもあり、夏は暑く冬は寒い家だったという古民家。壁は全て取り払い、断熱性能の高いものに変更することでこの上なく快適な住環境を実現した。もちろん室内はバリアフリーに。加えて要所要所で手すりも備えている。1階で生活が完結するおかげで階段の心配がなくなっただけでなく、思わぬ転倒などに対する不安もぐっと減り、安心して暮らせるようになった。
  • 玄関は段差の幅を低くし段数を増やした。左手前は靴箱。寝室のカウンターと兼ね合わせ壁面をフラットに

    玄関は段差の幅を低くし段数を増やした。左手前は靴箱。寝室のカウンターと兼ね合わせ壁面をフラットに

  • 寝室。正面、広縁とつながる雪見障子は以前のもの使用し、以前の記憶を残した。梁や柱も昔のものをそのまま使用。雰囲気を合わせ、壁はグレーがかった白を採用した

    寝室。正面、広縁とつながる雪見障子は以前のもの使用し、以前の記憶を残した。梁や柱も昔のものをそのまま使用。雰囲気を合わせ、壁はグレーがかった白を採用した

バリアフリーはもちろん壁面もフラットに。
歩きやすさを追求した動線で暮らしやすく

生活の不安を解消することを一番の目的としてリフォームを依頼されたMさま夫妻。戸川さんはご要望を確実に実現したうえで、期待以上の間取りとデザインを提案したいと考えた。

まずひとつは、仏壇へお参りにいらっしゃる来客をスムーズに応対するための居室の配置や動線だ。広々とした玄関を上がると応接室、仏間までが一直線で繋がる。お客さまも高齢の方が多く、最短距離でアクセスできるようにしたかったと戸川さん。一度にたくさんの人数が集まることはないため、仏間は3畳とコンパクトに計画。しかし、応接室と繋がる壁面には縦格子が入り視界が抜けるおかげで、圧迫感はない。さらに玄関側の仕切り戸を開放すれば、視線を適度に遮りつつ玄関まで見通せるようにした。

仏間のみを畳スペースとし、応接室は板の間にテーブルと椅子を置くプランにしたのも立ち座りを考慮してのことだ。また、応接室は既存のダイニングキッチンに隣接しており、お茶の用意もしやすい。ご夫妻にとってもお客さまにとっても安心してくつろげる環境を整えた。

プライベート空間についても細やかな配慮が光る。玄関から仏間までの動線の左側に、寝室と水回りをやはり直線で繋げる動線をつくった。中心にある応接室が2つの動線を緩やかに繋げている。寝室を出て、前へ進むと水回りへ、右に進むと応接室やダイニングキッチンへ、と室内全体でとにかく単純な動線を意識した理由はやはり「歩きやすさ」だ。「1回の折れ曲がりがあるだけで、だいぶ歩きにくくなってしまうんです」と戸川さん。

もちろん、将来に向けても考えた。ひとつひとつの空間がゆったりとしているのだ。先述の通り床がフラットでバリアフリーであることはもちろん、寝室や水回りの仕切り戸が大きく開くため、車椅子を使用するようになっても動きやすい。

もうひとつ、暮らしやすい家にするために大事な要素があるという。それは、床だけでなく壁面も可能な限りフラットにすることだそうだ。なるほど、手摺りを使用している場合に途中で凹凸があったら、と想像すると納得できる。

よく表れているのが、玄関とその裏に配置された寝室の関係。寝室にはベッドを置く予定で、壁の幅いっぱいにベッドヘッドを兼ねたカウンターをあらかじめ造作した。そして、カウンターをつくるにあたりできた張り出しの部分を、裏側に位置する玄関の靴箱のスペースとして活用したのだ。玄関側から見ると靴箱は壁の中に吸収されており、壁面がすっきりしている。

さらに、必要な量も見極めたうえで、室内の的確な位置に収納を設けた。家具を置く必要がなくなり、フラットな状態が維持できる。

Mさま夫妻から不安な要素を伺ってそれを排除するだけでなく、さらに深く理解し、まるで先回りするかのように細やかにプランへ反映する。経験豊富な戸川さんだからこそのプランニングだといえるだろう。
  • 寝室。ベッドを設置する予定で、ヘッドボードとしても使用するカウンターを壁面いっぱいに計画した。張り出した部分は、裏側に配置した玄関の靴箱。画像左、仕切りの向こうは応接室、左奥は仏間。室内はバリアフリーとしており床に段差がなく歩きやすい

    寝室。ベッドを設置する予定で、ヘッドボードとしても使用するカウンターを壁面いっぱいに計画した。張り出した部分は、裏側に配置した玄関の靴箱。画像左、仕切りの向こうは応接室、左奥は仏間。室内はバリアフリーとしており床に段差がなく歩きやすい

  • 応接室から仏間(右)を見る。左手前の障子戸は玄関へ続く。仏間にお参りに来る来客のことを考え、玄関から仏間までを最短距離かつ直線で繋いだ。建ち座りを考慮し、仏間以外は板の間とした。柔らかで温かみある足触りにすべく、3cmの厚い板を取り入れた

    応接室から仏間(右)を見る。左手前の障子戸は玄関へ続く。仏間にお参りに来る来客のことを考え、玄関から仏間までを最短距離かつ直線で繋いだ。建ち座りを考慮し、仏間以外は板の間とした。柔らかで温かみある足触りにすべく、3cmの厚い板を取り入れた

  • 玄関(右)、応接室(中)、仏間(左)。正面の仕切り戸は既存のダイニングキッチンと繋がる。応接室からの距離も近く接待しやすい。背後には寝室や水回りがある。寝室からダイニングキッチンまでの動線もまっすぐに計画。動線に曲がり角をなくすことで室内の歩きやすさが向上した

    玄関(右)、応接室(中)、仏間(左)。正面の仕切り戸は既存のダイニングキッチンと繋がる。応接室からの距離も近く接待しやすい。背後には寝室や水回りがある。寝室からダイニングキッチンまでの動線もまっすぐに計画。動線に曲がり角をなくすことで室内の歩きやすさが向上した

  • 仏間から玄関方向を見る。縦格子から玄関の光が目に入り、明るい印象。正面左の扉は大容量の収納のもの

    仏間から玄関方向を見る。縦格子から玄関の光が目に入り、明るい印象。正面左の扉は大容量の収納のもの

築100年の記憶を残したリノベーション。
古く貯まった不要物整理のきっかけにも

全部の天井や壁を一度取り払うなど、大掛かりなリノベーションとなった「層の格子」。しかし、「せっかく貴重な古民家ですから、何もかも新しくするのではなく元々のイメージが残るようにしたいと思いました」と戸川さんは語る。例えば玄関の壁面は以前の家にあった簀戸を再利用し、間接照明の一部としている。趣ある御簾から柔らかく光が漏れ、品格ある佇まいの玄関となった。

ほかにも寝室の雪見障子や襖など、再活用しているものは多くある。さらに、これらのものと雰囲気を合わせて壁や床の塗装色を選び、新しいのに親しみやすく落ち着く家ができた。それでいて新しく入れた柱や、床の高さが変わったことで既存の柱の間にできた隙間を埋めた部分には、あえて新しさを残しアクセントを加えている。

また、100年もの長い間家を支えてきた梁や柱は現しとした。どっしりとした雰囲気はそれだけで安心感がある。以前の天井を取り除いて天井高を上げ、一部は梁と天井の間に壁を入れずに間を空けたことで、空間に開放感が生まれた。さらに、それによって室内全体に光が届くようになったという。仏間は家の奥にあるが、玄関からの光が格子を抜けて届くため暗すぎるというイメージはない。

築100年だからこその課題もあった。以前は物置のように使われていたということからもわかるように、何世代もがこの家で暮らしていたため、不要なものが貯まっていたのだ。そこで戸川さんは一角に納戸とも呼べるような大型の収納を計画した。おかげで思い切った整理ができたという。さらに次の世代に渡していくためにも、リノベーションがいいきっかけとなった。

バリアフリーに改修したい、ということからはじまったリノベーション。狙い通りに期待を超えるプランでご要望に応えた。「お引き渡し時、笑顔でお礼を言っていただきとても嬉しかったです」と戸川さん。それはMさま夫妻にとって暮らしやすく、だけでなく、暮らしが楽しみになる家に生まれ変わったからに違いない。
  • 以前の天井を取り除き、天井高を確保。上部に空間を空け、開放感を演出した

    以前の天井を取り除き、天井高を確保。上部に空間を空け、開放感を演出した

  • 玄関の壁面は、一面に以前の家でも使われていた簀戸を入れ、間接照明とした。御簾から漏れる光からは高い格調が感じられる

    玄関の壁面は、一面に以前の家でも使われていた簀戸を入れ、間接照明とした。御簾から漏れる光からは高い格調が感じられる

  • バリアフリー化したため、リノベーション後は床の高さが変わり、既存の柱や建具との間に隙間ができた。古民家の雰囲気を残した空間の中で、あえて新しさを見せアクセントに。築100年の古民家に、リノベーションという歴史も加わった

    バリアフリー化したため、リノベーション後は床の高さが変わり、既存の柱や建具との間に隙間ができた。古民家の雰囲気を残した空間の中で、あえて新しさを見せアクセントに。築100年の古民家に、リノベーションという歴史も加わった

撮影:橘 薫

基本データ

作品名
層の格子
所在地
静岡県静岡市
家族構成
夫婦
予 算
1000万円台