きらめく滝と、北欧ナチュラルな住空間
注目のグリーンインフラ「雨庭」のある家

都市部の水害に多い内水氾濫を防ぐため、近年、注目されているのが「雨庭」だ。まだ住宅領域ではほとんど普及していないこのグリーンインフラを個人住宅で実現し、災害対策と空間デザインを両立させたフレイム一級建築士事務所のチャレンジを追う。

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水害対策で国交省も推進
大量の雨で下水があふれるのを防ぐ「雨庭」

東京・世田谷の住宅街に立つ『雨庭の家』は、アプローチの入口に小さな滝が流れる穏やかな印象の一軒家。お子さまとの時間を大切にしている施主さまが、この家を建てるにあたって望んでいたのは、家族が団らんできる温かな空間づくり。一方で、社会利益に資することにも前向きで、「街に対して役立つ何かを取り入れたい」との要望もおもちだった。

そんな施主さまが設計を依頼したのは、フレイム一級建築士事務所(以下、フレイム)の小俣忠義さんと金子有太さん。2人は心豊かに暮らせる空間デザインに定評があるが、未来を見据えたまちづくりの活動でも知られる建築家。豊富な知見をもとにプランを練り、「街に対して役立つ何か」という要望へのアンサーとして、グリーンインフラの「雨庭」を提案した。

グリーンインフラとは、近年、国土交通省が推進しているもので、自然環境の機能を生かして災害対策などを図る設備や取り組みのこと。「雨庭」はグリーンインフラの1つで、雨水を貯留し、少しずつ地中に浸透させていく植栽空間を指す。貯留と浸透により、雨水が一気に下水に流れ込んであふれるのを防ぐ──即ち、都市部の水害に多い内水氾濫のリスクを低減させる設備だ。

施主さまはこのグリーンインフラの考え方に賛同してくださり、「雨庭」のある家づくりがスタート。だが、「雨庭」は公共施設などで導入が進み始めているものの、個人住宅で取り入れているケースはまだ非常に少ない。

それでも常に新たな可能性にチャレンジし続けるフレイムの2人は、住宅設計とまちづくりのノウハウを結集させて「雨庭」のある住まいを実現。先進的でサステナブルな災害対策でありながら、心が潤う豊かさも備えたフレイムらしい「雨庭」を、次章でじっくりご紹介したい。


  • 敷地の角の緑地帯が「雨庭」。雨水は木目のコンクリート壁(写真右)をつたい、「雨庭」に流れ落ちる

    敷地の角の緑地帯が「雨庭」。雨水は木目のコンクリート壁(写真右)をつたい、「雨庭」に流れ落ちる

  • 浸透量の多い柔らかな土を使い植栽が水分で沈むのを防ぐため、この雨庭は粒度を変えたシリカソイル層で設計

    浸透量の多い柔らかな土を使い植栽が水分で沈むのを防ぐため、この雨庭は粒度を変えたシリカソイル層で設計

「雨庭」という防災設備を、
唯一無二のアイデアで街を彩るデザインに

もうお気づきかもしれないが、冒頭でご紹介した小さな滝が流れるアプローチ前の植栽空間、これこそが、コンパクトでも大きな役割を果たすこの家の「雨庭」だ。

仕組みをざっくり説明する。まず、この家は2階のバルコニーの屋根に穴があり、ここから雨を集水。バルコニーの床に降った雨水は屋外の配水管で下に流れて分岐し、1つは花の水やりに使う地上の雨水利用タンクへ。もう1つは庭に建てた防災備蓄倉庫上の植栽に滞留し、そこがあふれると倉庫の壁をつたう滝となり、先述の「雨庭」に流れていく。そして、かわいい草花が植えられた「雨庭」では、流れ落ちた雨水がゆっくりと地中に浸透。その隣には、地中に埋めた浸透貯留タンク(雨水を貯めて少しずつ地下に浸透させる設備。一般に浸透桝=しんとうます=ともいう)もある。

一連のシステムの中で、今回、フレイムの2人がこだわったのは暮らしを彩るデザイン性だ。「心豊かに暮らせる住空間は私たちが常に目指していることです。今回の『雨庭』も、意匠の1つとして昇華させたいと思いました」と小俣さんと金子さん。

というのも、この家でも取り入れた地中の浸透貯留タンクはすでに普及している有効な防災設備だが、あくまでも設備の域を出ておらず、お世辞にも見て楽しいとはいえない。

そこで2人は、浸透貯留タンクと「雨庭」を組み合わせて「雨水が一気に下水に流れ込むのを防ぐ設備」を独自に再構築し、さらには、雨水が「雨庭」に到達するまでのルートを観賞できるようにデザイン。例えば、防災備蓄倉庫上の植栽の配水では、雨どいに多数の穴を空けた簡易的なスプリンクラーを実現し、水と緑のすがすがしい光景を創出。これが簡単そうで難しく、調整にかなり苦労したのだそう。また、最後に雨水が流れ落ちる倉庫のコンクリート壁は、杉板型枠とステイン塗装で天然木のようにデコレーション。耐久性の高いコンクリートでありながら見た目は木の印象だから、雨水が壁をつたう様子は小さな滝そのものだ。

水音も心地よいこの爽やかな光景は、ある程度の雨が降ると数時間楽しめる。雨天後は住まう人も道行く人も、「雨庭」の水と緑を楽しめるとあれば、憂鬱な雨もなんだかうれしくなりそうだ。何より、“地域の水害対策に貢献”“街に彩りをもたらす”という2つの側面で、「街に役立つ何か」という要望がかなえられていることがすごい。

個人住宅で「雨庭」を導入したことも注目に値するが、配水管を分岐させてタンクと「雨庭」に振り分けるフレイムのアイデアは極めて独創的で先進的。それだけにこの事例は多方面で評価され、「グリーンインフラネットワークジャパン2024」の全国大会の一部門で最優秀賞を獲得している。

「雨庭」は、できるだけ多くの住宅が取り入れることで、地域の水害リスク低減効果がいっそう高まると2人は話す。

「この事例から、『雨庭』は特別なものではなく、どの家でも取り入れられて、まちづくりにも貢献でき、植栽としても楽しめる住宅設備の1つなのだと感じていただけたらうれしいです。敷地の大小にかかわらず導入可能ですから、耐震や断熱のように家づくりのスタンダードとなり、『雨庭』のネットワークが広がる未来を願っています」
  • 水平ラインが美しいファサード。2階バルコニーの屋根にはぽっかり穴が開いている。容積率の関係で屋根面を少し減らさなくてはならず、ある意味、不可抗力的に開けた穴だが、フレイムの2人は「雨庭」用の集水に活用。デザイン的にも軽やかでモダンな印象になった

    水平ラインが美しいファサード。2階バルコニーの屋根にはぽっかり穴が開いている。容積率の関係で屋根面を少し減らさなくてはならず、ある意味、不可抗力的に開けた穴だが、フレイムの2人は「雨庭」用の集水に活用。デザイン的にも軽やかでモダンな印象になった

  • 写真中央、木目の塀の隣に写っているのは防災備蓄倉庫の壁。庭にかかったパーゴラ風の鉄骨梁はタープをかけるなどして庭を彩ることができる。同時に、災害時はここにテントを張って備蓄品を並べるなど、地域の人と助け合える場にすることも想定

    写真中央、木目の塀の隣に写っているのは防災備蓄倉庫の壁。庭にかかったパーゴラ風の鉄骨梁はタープをかけるなどして庭を彩ることができる。同時に、災害時はここにテントを張って備蓄品を並べるなど、地域の人と助け合える場にすることも想定

  • 玄関へいざなう緑豊かな床面とパーゴラ風の鉄骨梁が、「帰ってきた」という穏やかな気持ちにさせてくれる

    玄関へいざなう緑豊かな床面とパーゴラ風の鉄骨梁が、「帰ってきた」という穏やかな気持ちにさせてくれる

  • バルコニーから流れてきた雨水は、庭に建てられた防災備蓄倉庫の上を通って「雨庭」へ。フレイムの2人はこの配水ルートを植栽で彩り、簡易的なスプリンクラーを実現。水と緑が目を楽しませてくれるエクステリアとしてデザインした

    バルコニーから流れてきた雨水は、庭に建てられた防災備蓄倉庫の上を通って「雨庭」へ。フレイムの2人はこの配水ルートを植栽で彩り、簡易的なスプリンクラーを実現。水と緑が目を楽しませてくれるエクステリアとしてデザインした

配色センスが光る、北欧ナチュラルな空間
心豊かに暮らせるやさしい住まい

『雨庭の家』と名付けられたこの家は、その名の通り美しく先進的な「雨庭」に目が行くが、インテリアのお手本にしたくなる邸内も必見だ。

家族のコミュニケーションを大切にしている施主さまは、お子さまが帰宅したらリビングを通って自室に行く間取りを希望。住空間は、ホッとくつろげる温かみのあるテイストをお望みだった。

この要望に部屋数や広さなどの諸条件をかけ合わせた結果、玄関を入ってすぐにLDKという若干唐突なプランになった。けれど、気分の切り替えを促す演出が得意なフレイムの2人が、唐突さをそのままにしておくわけがない。今回は玄関からLDKまでのコンパクトなスペースにヨーロッパの天然植物をプレスした壁紙を入れ、角にはアール(曲線)もつけて柔らかさを表現。LDKと仕切る建具はアコーディオンカーテンを使い、帰宅したお子さまを温かく迎えるやさしげな空間をつくり上げた。

また、家具はIKEAの協力を得て、施主さまと相談しながらセレクト。内装はシンプルに徹し、家具やファブリックで差し色を効かせたオールIKEAの空間は、「北欧の憧れリビング」とでもいいたくなるほど洗練されている。

同時に、一角にカウンターを設けたり、持ち運びしやすいサイドテーブルを置いたりと、フレキシブルに居場所を選べるさりげない工夫がなされている点も見逃せない。要望通り家族みんなで憩う一体感と、ほどよい距離感を両立させた居心地満点の空間となっている。

ちなみに、玄関を入ってすぐの天然植物の壁紙には、手摘みされたマーガレットが押し花のように入れ込まれている。

「実は、マーガレットは『雨庭』にも植えています。敷地に入るときにマーガレットがあって、玄関を入ったらまたマーガレットに出合う。この演出に、どなたか気づいてくださるとうれしいんですけど」と、いたずらっぽく笑う小俣さんと金子さん。やはりフレイムの2人は、心が温かく、豊かになる家をつくってくれる人たちなのだ。
  • 「雨庭」に流れ落ちた雨水は、小さな川となって草花のもとへ。自然そのものの光景に癒やされる

    「雨庭」に流れ落ちた雨水は、小さな川となって草花のもとへ。自然そのものの光景に癒やされる

  • 玄関を入ったところ。すぐにLDKがあるが、フレイムの2人はコンパクトでも気持ちの切り替えができる空間を演出。草花素材のナチュラルな壁材を入れて角にアールもつけ、温かみと柔らかさを表現。帰宅したとき、自然にホッとできる空間に仕上げた

    玄関を入ったところ。すぐにLDKがあるが、フレイムの2人はコンパクトでも気持ちの切り替えができる空間を演出。草花素材のナチュラルな壁材を入れて角にアールもつけ、温かみと柔らかさを表現。帰宅したとき、自然にホッとできる空間に仕上げた

撮影:大槻茂

基本データ

作品名
雨庭の家
所在地
東京都 世田谷区
敷地面積
163.94㎡
延床面積
163.86㎡
予 算
7000万円台