コンパクトでも、居心地はこんなにのびやか
快適動線もうれしい森林の別荘

齋藤文子さんが設計した『北杜の別荘』は、延床面積約53㎡のコンパクトな住宅だ。けれど実際に住んでみると、想像以上にのびやかな居心地や機能的な動線に驚くこと間違いなし。数字では表せない、心地よい開放感はどのようにしてつくられたのだろうか?

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息子さん一家の住まいの隣に
ご両親のための小さな別荘をつくる

山梨県北杜市の自然豊かなエリアに別荘を建てることにしたAさま夫妻。現地の敷地内にはすでに息子さん一家が住んでいて、自分たちが訪れたときに滞在する小さな家を、息子さんの住まいの隣に建てるという計画だ。

ふだん暮らしている東京・世田谷の自邸は建築家が手がけており、Aさま夫妻は、建築家の注文住宅ならではの住み心地の良い間取りや、自然素材の風合いに慣れ親しんでいた。そのため、「別荘も建築家の設計で建てたい」と、洗練されたナチュラルな作風にファンの多い3110ARCHITECTS一級建築士事務所の齋藤文子さんに設計を依頼した。

完成した『北杜の別荘』は、「シンプル」「コンパクト」「自然素材」というAさまの要望を全てかなえた住宅だ。けれど、要望に対してプラスアルファの魅力を添えて提案してくれるのが、齋藤さんとの家づくりの楽しいところ。この別荘でも要望に対するアンサーが秀逸で、予算内におさめるための配慮も厚い。

では早速、それぞれの要望に対して齋藤さんがどんなアンサーを出したのか、詳しくご紹介していこう。
  • 美しい緑の中に佇む『北杜の別荘』。広い敷地をもつ別荘地は、周辺の木の伐採や整地など、都会とは異なる課題が多いが齋藤さんは見事にクリア。息子さん一家が暮らす母屋との距離感や環境を丁寧に読み解き、コストを抑えつつ、眺めや日当たりの良い場所に建てている

    美しい緑の中に佇む『北杜の別荘』。広い敷地をもつ別荘地は、周辺の木の伐採や整地など、都会とは異なる課題が多いが齋藤さんは見事にクリア。息子さん一家が暮らす母屋との距離感や環境を丁寧に読み解き、コストを抑えつつ、眺めや日当たりの良い場所に建てている

  • 南の外観。1階のダイニング、リビング、子ども室は全て南の庭に面している。中でもリビング、ダイニングは広々としたウッドデッキテラスと床がつながっており、抜群の一体感。屋外まで床が伸びているから、邸内にいても居心地がのびやかで、心地よい開放感を味わえる

    南の外観。1階のダイニング、リビング、子ども室は全て南の庭に面している。中でもリビング、ダイニングは広々としたウッドデッキテラスと床がつながっており、抜群の一体感。屋外まで床が伸びているから、邸内にいても居心地がのびやかで、心地よい開放感を味わえる

きちんとデザインされた「シンプル」が
快適動線と居心地の良さを生む

主だった3つの要望のうちの1つ「シンプル」については、齋藤さんは間取り、デザインの双方で応えている。

まず、「シンプルな間取り」。この別荘は木造2階建てだが内部のほとんどは吹抜け空間で、2階にあるのは寝室のみ。吹抜けによって1階と2階のつながりを感じられる、大きなワンルームのような造りだ。だが、シンプルな大空間のようでいて、動線や使い勝手はものすごく考え抜かれている。その一例が、洗面室とキッチンの間に設けられたウォークスルークローゼット(以下、WTC)を介し、1階全体をぐるりとまわれる回遊動線。キッチン、洗面などの水まわり、リビング・ダイニング、さらにはお孫さんが遊びに来たときのための子ども室まで、各空間に無駄なく・効率よくアクセスできる。

また、柔軟で合理的なアイデアに長けた齋藤さんらしさを感じるポイントが、WTCをパントリーとしても洗面収納としても使えるようにしていることだ。

「洗面収納やパントリーは、生活の利便性という点でぜひ欲しいスペースです。けれど、両方つくるとコストも床面積も増え、コンパクトというご要望や、ご希望のご予算に応えられなくなってしまいます。だったら、パントリーにも洗面収納にもなる曖昧な大容量クローゼットをつくり、洗面室からもキッチンからも入れるようにすれば、ライフスタイルに合わせて自由に使っていただけるだろうと考えました」と齋藤さん。単純なようでいて意外に思いつかない、こういうアイデアは本当にうれしい。

次に、「シンプルなデザイン」。これは写真をご覧いただけば一目瞭然だが、特筆すべきはなんとも言葉にしがたい理屈抜きの気持ち良さ。その理由はおそらく、水平ラインの統一感だ。齋藤さんは1階の南側にある2つの大きな掃き出し窓と、リビングと子ども室を仕切る障子の高さを揃えて設計。ダイニング~リビング~子ども室にかけて1本の水平ラインがスーッとつながり、3つの空間に統一感をもたらしている。こんな風に、押しつけがましいところがいっさいなく、それでいて、きちんとデザインされた美しさのある空間は本能的にくつろげて飽きがこない。これこそが、齋藤さんが生み出す真に心地よい「シンプル」なのだ。
  • リビング。階段横の壁の向こうにはウォークスルークローゼットがあり、写真右奥にある水まわりを通って1階を回遊できる。リビング内階段は、2階の寝室から下りてくると正面にトイレ、右に行くと洗面室に行ける位置に配置。夜中にトイレに行くときや朝の身支度の動線が良好

    リビング。階段横の壁の向こうにはウォークスルークローゼットがあり、写真右奥にある水まわりを通って1階を回遊できる。リビング内階段は、2階の寝室から下りてくると正面にトイレ、右に行くと洗面室に行ける位置に配置。夜中にトイレに行くときや朝の身支度の動線が良好

  • 南のウッドデッキテラスはダイニング(写真手前)、リビング(写真中央)どちらの掃き出し窓からも出られる。掃き出し窓を全開放するとウッドデッキテラスまでが「居場所」に思えて、空間全体を広く感じる

    南のウッドデッキテラスはダイニング(写真手前)、リビング(写真中央)どちらの掃き出し窓からも出られる。掃き出し窓を全開放するとウッドデッキテラスまでが「居場所」に思えて、空間全体を広く感じる

  • 吹抜けの大空間の2階は寝室。1階の写真奥はキッチン。階段下を写真左に入るとウォークスルークローゼット

    吹抜けの大空間の2階は寝室。1階の写真奥はキッチン。階段下を写真左に入るとウォークスルークローゼット

約53㎡とは思えない開放感。
コストを抑えつつ、本物志向の心地よさを

「シンプル」に続く2つ目の要望、「コンパクト」についても見ていこう。今回は別荘であり、かつ、Aさま夫妻が2人で使う計画だったことから、できるだけコンパクトな家が望まれていた。

要望に応えた『北杜の別荘』の延床面積は、約53㎡。数字だけ見れば広いとはいえないが、齋藤さんは「広くないのに、なぜか広く感じる心地よさ」を演出するのがとてもうまい。そしてこの別荘でも、そのテクニックが効果的に盛り込まれている。

例えば、玄関からリビングへ行くときの「空間の感じ方」。玄関から邸内への通路は横幅が狭く天井も低めなのに対し、その先のリビング・ダイニングは吹抜けで天井が高く、南には大きな掃き出し窓とウッドデッキテラスも。リビング・ダイニングと地続きのウッドデッキテラスは邸内の床が外まで伸びているかのようで、広く感じさせるのに効果大。さらに、リビングと一体感のあるお孫さんのための子ども室には、2方向へ視線が伸びるコーナー窓。玄関からの狭い通路を抜けたとたん、上へも横へもふわっと広がるメリハリの利いた空間体験が、リビング・ダイニングを「広い」と印象づける。

このように広さを感じさせるポイントとして、齋藤さんが大切にしているのが「空気の量」だという。例えばこの別荘のリビングと子ども室に仕切り壁はなく、空間をゾーニングしているのは腰高の収納棚のみ。その上部には障子戸がはめられているから、仕切りたいときは閉めればOK。けれどひとたび障子戸を開ければ、子ども室にいても隣のリビングを含んだ空間が自分の居場所のように思えて、その分、体感する空気の量(ボリューム)も大きくなり、広く感じるというわけだ。つくづく、住宅というのは、設計者が空間のゾーニングをどう工夫するかで、住み心地が格段に変わるのだと実感する。

3つ目の要望「自然素材」については、節が味わいを生むパイン材の天井、無垢のブラックチェリーの床など、木の魅力を存分に感じられる素材で応えている。中でも面白いのは、壁の仕上げだ。自然素材の壁というと漆喰や珪藻土が思い浮かぶが、予算を抑えるために、齋藤さんは塗り壁の下地に使うドイツ製のクロスを採用。ただ、クロスといえども素材は紙なので、見た目もナチュラルで風合いも気持ち良く、訪れた人から「左官塗り?」と聞かれるほどだという。

この、壁の仕上げをめぐるエピソードからもわかるように、家づくりの現実を踏まえて齋藤さんが提案してくれる「妥当なライン」は、十二分にセンスがいい。コストを抑えていても品が良くて無駄がなく、住まう人がどこまでも心地いい。

シンプルな空間構成と、さりげなく仕込まれた機能性。そして、誰もが安らぐナチュラルな心地よさ。これらを備えた『北杜の別荘』は、無地の麻シャツをおしゃれに着こなす自然体のファッションとイメージが重なる。わかりやすいブランド品で着飾らなくても、質とセンスは最高峰。そんな住まいを望むなら、齋藤さんは願ってもないパートナーといえそうだ。
  • 子ども室のコーナー窓は大人が椅子に座ったときの目線の高さ。「大人もくつろげる空間になれば」と齋藤さん

    子ども室のコーナー窓は大人が椅子に座ったときの目線の高さ。「大人もくつろげる空間になれば」と齋藤さん

  • ダイニングの掃き出し窓(写真左)、リビングの掃き出し窓(写真中央)、子ども室を仕切る障子(写真右)の3つは、上のラインを揃えて設計。水平ラインをまっすぐつなげることで3つの空間に統一感を創出。シンプルな中にもきちんとデザインされた美しさがあり、本能的に落ち着く

    ダイニングの掃き出し窓(写真左)、リビングの掃き出し窓(写真中央)、子ども室を仕切る障子(写真右)の3つは、上のラインを揃えて設計。水平ラインをまっすぐつなげることで3つの空間に統一感を創出。シンプルな中にもきちんとデザインされた美しさがあり、本能的に落ち着く

  • 2階の寝室。椅子に座ったときの目線の高さにピクチャーウインドーを設置。森林の緑を眺めてくつろげる

    2階の寝室。椅子に座ったときの目線の高さにピクチャーウインドーを設置。森林の緑を眺めてくつろげる

撮影:新澤一平

基本データ

作品名
北杜の別荘
施主
A邸
所在地
山梨県北杜市
家族構成
夫婦
敷地面積
1118.00㎡
延床面積
52.98㎡
予 算
2000万円台