伊藤寛さんが設計した『追分の山荘』は、ある経営者一家の軽井沢の別荘だ。魅力は何といっても、庭とLDKが円形シアターのように一体化する独創的で豊かな空間。理屈では語れない、伊藤さんのイマジネーションの奥行きをしみじみ感じる建築だ。
この建築家に1階の半分以上は吹抜けのLDK。寝室は4つあり、2階寝室は吹抜けを挟んだ両側に、1階寝室は北側に配されている。庭はすり鉢のように浅くへこみ、大きな円弧が形づくられている。しかし円周ラインは地面のエッジのみで塀などはないため、邸内からは奥行きのある眺めを楽しめる
LDK(写真中央)の連続窓を全開放すると、LDKが舞台で、庇や周囲の外壁はプロセニアム・アーチ(客席から見たときの舞台空間を区切るアーチ状の構造物)のように感じられる
玄関を入ると、左にLDKを覆うアール壁、右に造作棚のある通路。奥の掃き出し窓の先には庭に伸びたウッドデッキがある。左右が狭められ天井高も抑えたこの空間で、アール壁が途切れるところまで進むと、左手に開放的なLDKと庭が現れ心が弾む
LDKのアール壁は、割れを防ぐ藁すさを混ぜた淡路の中塗り土。気持ちのよい風合いで、エッジもソフト
1階通路からLDKを見る。写真右に行くと庭に伸びたウッドデッキ。少し傾斜した土地のためLDKの床は通路より数段低い。この別荘は南東~北西に伸びた長方形で、長辺移動の距離が長い。だが、床の高低差やアール壁(写真左)が視界に変化を生み、移動の楽しさをもたらしている
2階通路からLDKを見下ろす。LDKの大開口の先には庭が広がる。写真下部に写っているのはLDK背後のアール壁の天端(上面)。この壁の曲線は円形の庭の円周ライン上にあり、室内外にまたがる大きな円弧を描く。円周ラインでLDKと庭が1つになる独特の一体感が面白い
LDK。背後のアール壁(写真左)には本棚や暖炉が埋め込まれており、手前の壁沿いにはピアノ、奥にはキッチン。生活の息づかいを感じるものがこの壁に集約され、LDKという暮らしの舞台を彩る背景画のよう
2階通路から南方向を見る。吹抜けのLDK(写真右側)のアール壁の上部は、2階通路の手すりの役割を果たす。吹抜けの天井付近には連続した高窓があり、差し込む陽光が邸内全体に広がる
2階通路から北方向を見る。空間の直線と曲線、床の高低差などの要素が、移動するときの視界や体感の変化を創出。伊藤さんはイタリア留学時のプロジェクトや世界デザイン博覧会への出展で、移動に伴うシーンの変化をテーマに舞台装置を制作した。その経験が色濃く現れている
2階通路から吹抜けのLDKを見る。大きな壁は全て、全国の腕利き左官職人さんが集結した「花咲か団」の手で仕上げられている。上品な浅葱色をした淡路の土壁は、ベイマツを張った床や天井とも好相性
伊藤さんが設計の初期段階に描いたスケッチ。庭と住空間を内包する大きな円弧のイメージがよくわかる