家具や建具は全てオリジナル。
フルリノベを 選んだからこそできたフレキシブルな住まい

居を構えるにあたり、中古マンション購入後、フルリノベーションを選択した建築家の池田さん。おかげで、希望するエリアに住まうことができたという。この選択により叶えられたのは立地条件だけではない。ライフスタイルに合わせて自在に変化する家を、こだわりの家具、贅沢な内装でつくり上げることができた。

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立地や環境をあきらめない。理想の暮らしを
見据えた物件選びから始まるリノベーション

マンションの一室をフルリノベーションした「設計士の自室」は、その名の通り池田設計室の池田卓也さんがご家族と暮らす自宅だ。

お子さまが幼稚園に通いだすまでには定住するエリアを決めたかったという池田さん。中古マンションを購入し、リノベーションすることを選択した大きな理由はコストだ。交通の便や周辺の環境がよいエリアはやはり人気があり土地の価格が高い。新築一戸建てはハードルが高かった。

探したのは、そろそろ水回りに一度手を入れることを考える時期である、築30年ぐらいの物件。また、費用を抑えつつ断熱性能を高めるため、角部屋や最上階の部屋は避けた。外部に接している面が多ければ多いほど対策が必要になるうえ、角部屋だと家の2面に窓があり、それだけ予算が多くかかるからだ。

他にも広さなどの条件を考慮し、最終的に選んだのは築23年の、大きな窓が魅力的な部屋。外部と繋がる一面が全面開口しているおかげで開放的で、採光も申し分ない。

リノベーションを終えたマンションで暮らしてみて「最近は物価高騰やストック建築の有効活動が課題となっています。今回の経験で、マンションのリノベーションは新規での土地購入や、新築一戸建てに替わる選択肢に十分なりうると感じました」と池田さんは語る。

ただそれは、こだわりたい部分やリフォーム後の暮らしで実現したいライフスタイルが叶えられるかどうかを、建築家ならではの視線で判断して物件を選んだからという点も大きいだろう。
  • ダイニングからリビングを見る。リビング右、仕切り戸は3つの個室に繋がる。天井を上げ、ダクトは壁面の上部に隠した。隠すためにできた壁面の出っ張りに合わせて鴨居棚を造作。画像左、窓際の部分はカーテンボックスも兼ねるなど収納としてだけでなく場所に合わせた役割も担う

    ダイニングからリビングを見る。リビング右、仕切り戸は3つの個室に繋がる。天井を上げ、ダクトは壁面の上部に隠した。隠すためにできた壁面の出っ張りに合わせて鴨居棚を造作。画像左、窓際の部分はカーテンボックスも兼ねるなど収納としてだけでなく場所に合わせた役割も担う

  • LDK。決め手のひとつとなったという壁いっぱいの開口から日差しが優しく降り注ぐ、温かな空間。画像奥、フローリングの廊下部分の下に配管を入れた。床レベルの変化により、空間が緩やかに区切られ過ごしやすい

    LDK。決め手のひとつとなったという壁いっぱいの開口から日差しが優しく降り注ぐ、温かな空間。画像奥、フローリングの廊下部分の下に配管を入れた。床レベルの変化により、空間が緩やかに区切られ過ごしやすい

  • ダイニングキッチン。リノベーションによりキッチンは対面式に変更。シンクからシームレスに続くダイニングテーブルの天板は温もりある左官仕上げに。シンク下はあえて凹ませ、来客時に椅子やベンチを置けるようにした。コンロは壁側。手の届く右側に収納式のスパイスラックを計画

    ダイニングキッチン。リノベーションによりキッチンは対面式に変更。シンクからシームレスに続くダイニングテーブルの天板は温もりある左官仕上げに。シンク下はあえて凹ませ、来客時に椅子やベンチを置けるようにした。コンロは壁側。手の届く右側に収納式のスパイスラックを計画

広さを最大限に活用し、大開口を生かす
暖かでゆとりある生活空間を実現

では、内部は全て壊して生まれ変わらせたという、フルリノベーションの中身を詳しく見てみよう。目指したのは、家の機能性を高めて快適に暮らせることはもちろん、使いやすく住みやすい家。75㎡という、あらかじめ決まっている広さを最大限に利用することにも考慮した。

以前は仕切り扉も多く、せっかく家の奥に大きな開口があっても空間が分断され、玄関に日差しは入らなかったという。大開口を生かしたいと考えていた池田さんはまず、玄関から窓まで遮るものなく一直線に廊下を通した。おかげで、家に入ったとたんに外の風景まで見通すことができるようになり、奥行きが感じられる。さらには、大きな窓から入る光によって玄関から見た室内の印象も明るく温かみがあるものに変化した。

間取りは廊下を挟み一方には水回りをまとめ、反対側には個室を集めた。また、LDKはワンルームとして家の最奥、窓に接する部分に計画。一面開口した窓は、内側に窓をつくり二重窓とすることで断熱性能をアップ。内側の窓のサッシは木製で、ほんのりグレーかかった白を基調とした室内の雰囲気とよく調和している。

今の暮らしに似合うスケール感を出すため、天井を可能な限り上げた。ダクトなど以前に天井の裏にあったものは部屋の両側、上部に寄せて隠したのだが、さっそくここで空間が有効活用されている。隠すため壁面にできた段差の下に板を取り付け、鴨居棚としたのだ。家中をぐるりと周る鴨居棚は収納としてだけでなく、窓の上の部分ではカーテンボックスを兼ねたり、リビングでは間接照明が仕込まれていたりとさまざまな役割も担う。

また、水回りの配管などは廊下の下に入れた。家の中心を走る廊下と続くダイニングまでをフローリングとし、同時に床のレベルを他の部分よりも1段上げた。天井高を確保しつつ、床レベルに変化を持たせ、ワンルームのLDKを緩やかに仕切ることにも成功した。
  • ダイニング(左)、リビング(右)。正面の大きな開口は内側に木製サッシの窓を新たに設け、二重窓にした。断熱性能がアップし、過ごしやすい。キッチンから続くダイニングテーブル、鴨居棚などすべての家具を造作したことで、室内全体で雰囲気を統一できた

    ダイニング(左)、リビング(右)。正面の大きな開口は内側に木製サッシの窓を新たに設け、二重窓にした。断熱性能がアップし、過ごしやすい。キッチンから続くダイニングテーブル、鴨居棚などすべての家具を造作したことで、室内全体で雰囲気を統一できた

  • キッチンからダイニング、リビングを見る。キッチンの動線や設備は、以前の住まいで奥さまの動きを観察して決めたという池田さん。電化製品の配置も計算し、奥さまだけでなく、家族全員にとって使いやすい。造作したおかげで、空間に馴染む、家具のような佇まいのキッチンができた

    キッチンからダイニング、リビングを見る。キッチンの動線や設備は、以前の住まいで奥さまの動きを観察して決めたという池田さん。電化製品の配置も計算し、奥さまだけでなく、家族全員にとって使いやすい。造作したおかげで、空間に馴染む、家具のような佇まいのキッチンができた

  • リビングはカーペット敷き。右に見える壁掛けテレビの下も一面を収納棚とし、片付けやすい環境をつくった。お子さまのおもちゃを置くなど活用の幅は広いのだとか。お子さまの遊び場でもあるリビング。カーペットが汚れたときは張り替えればいいという気楽さにも魅力がある

    リビングはカーペット敷き。右に見える壁掛けテレビの下も一面を収納棚とし、片付けやすい環境をつくった。お子さまのおもちゃを置くなど活用の幅は広いのだとか。お子さまの遊び場でもあるリビング。カーペットが汚れたときは張り替えればいいという気楽さにも魅力がある

コストを抑えて実現した洗練空間。
3つの個室は家具も備え、フレキシブルに

一日の動きをあらためて注意深く観察し、こだわり抜いた間取りを構築した池田さん。それだけではない。リノベーションで全体のコストを抑えつつ、内装も新築以上にこだわったという。驚くべきことに、この「設計士の自室」には既製品がなく、建具や家具は自ら設計し、職人と相談しながら造作したそうだ。

特にキッチンは、奥さまが以前の住まいでどのように使われていたかを見極め、設備や配置に反映した。特徴的なのがダイニングテーブルと一体となったキッチンの作業台だ。作業スペースからシンク、ダイニングテーブルまでがシームレスに繋がるこちらも、もちろん池田さんが設計。質感にもこだわり、天板は温もりが感じられる左官仕上げとした。丸く削られた角の部分などからは、暮らし方の理想がデザインに落とし込まれているように感じる。

またコンロの脇には、奥さまのご要望からスパイスラックをつくった。間仕切り壁を活用した収納式であるため、使わないときは壁の中にすっぽり収まり散らからない。

長く暮らす家として、個室をフレキシブルに使えるように考慮した理由を、池田さんは「子ども部屋を計画する際、いずれ使わなくなるという前提になってしまうのがもどかしかった」と語る。使わなくなった部屋に活用の余地を与えるのではなく、最初からどんなふうにも使える部屋にできないか、と今回チャレンジしたのだそうだ。

できたスペースはリビングから玄関方向に向かい直線で繋がる3つの個室。部屋は可動式の壁で仕切ることも、繋げることもできる。出入り扉もそれぞれついているため、3部屋をどのように仕切っても生活に支障がない。現在は玄関側の1部屋を池田さんの書斎と寝室に、2部屋は繋げて奥さまとお子さまの部屋としている。

リビングと繋がる仕切り戸を開けば、さらに空間が拡大。リビングから個室にかけてはカーペット敷きにしており、お子さまがのびのびと遊ぶのにうってつけの場所ができた。「カーペットなら転んでもケガしにくいですし、汚れたら張り替えてしまえばいいので気持ちが楽です」と池田さん。

フレキシブルに使えるよう、過不足なく空間を整えることも考慮した。広々としていても家具を置いたら結局狭くなってしまった、ということがないように、あらかじめそれぞれの部屋に十分な収納を計画。また、収納の反対側にはヘッドボードとして使用できる収納棚を造りつけた。おかげで、ベッドを入れずとも簀の子とマットレスを入れれば寝室として機能する。

リノベーションを選んだおかげで予算的にも余裕ができ、できることの選択肢が増えた「設計士の自室」。立地も妥協なく、間取りにこだわり、思い通りの内装も実現できた。池田さんのような建築家と巡り合うことができたなら、中古マンションのリノベーションは間違いなく「積極的に考えたい選択肢のひとつ」になる。
  • 3つの個室。画像左、垂直に壁面が交差する部分で仕切ることができる。自在に変化する空間の一部を子ども部屋としても活用する、という発想。最奥の部屋は玄関から直接入退室でき、間の部屋にも廊下からアクセスできるため、仕切り方によって使い方が制限されることはない

    3つの個室。画像左、垂直に壁面が交差する部分で仕切ることができる。自在に変化する空間の一部を子ども部屋としても活用する、という発想。最奥の部屋は玄関から直接入退室でき、間の部屋にも廊下からアクセスできるため、仕切り方によって使い方が制限されることはない

  • 玄関側からリビング側に向かって3つの個室を見る。リビング側の仕切り戸を閉じた状態。パイプハンガーも備えた十分な容量の収納棚(左)、簀の子とマットレスを設置すればヘッドボードにもなる棚(右)を造り付け、あらたに家具を入れる必要をなくした

    玄関側からリビング側に向かって3つの個室を見る。リビング側の仕切り戸を閉じた状態。パイプハンガーも備えた十分な容量の収納棚(左)、簀の子とマットレスを設置すればヘッドボードにもなる棚(右)を造り付け、あらたに家具を入れる必要をなくした

  • リビングから室内を見る。画像中央にある個室の収納の背面に使用したフレキシブルボードの色味に合わせて、壁や天井を塗装。室内全体が白にグレーのニュアンスが加わり、優しい雰囲気になった。自らデザインした造作家具にこだわったからこそ、室内全体のトーンが統一できた

    リビングから室内を見る。画像中央にある個室の収納の背面に使用したフレキシブルボードの色味に合わせて、壁や天井を塗装。室内全体が白にグレーのニュアンスが加わり、優しい雰囲気になった。自らデザインした造作家具にこだわったからこそ、室内全体のトーンが統一できた

  • 玄関からLDKの大開口まで仕切るものなく廊下を貫いた。窓の外まで見通すことができ、奥行きが感じられる

    玄関からLDKの大開口まで仕切るものなく廊下を貫いた。窓の外まで見通すことができ、奥行きが感じられる

撮影:三崎 利博

間取り図

  • 平面図

基本データ

作品名
設計士の自室
施主
自邸
所在地
香川県高松市
家族構成
夫婦+子供1人
延床面積
75.42㎡
予 算
2000万円台