住居とは家族の関係や感情の様々な波を受け入れる器である。そうであれば、住居はむしろ陰に支配されている方がいいのではないか。陰はいいときも悪いときもそっとそこに佇み、目立たず、主張せず、ただ家族を見守る。そんなことを考えながら設計した住居である。
ほぼすべての壁は凹凸のある黒い塗装で仕上げられ、外から入る光を少しだけ拡散する。この光のあり方は、日本の伝統的な家屋の光のあり方に通ずるものがある。明快な光ではなく、鈍く柔らかい静かな光の質である。日本的な住居の光の質と様相を、鉄筋コンクリートでできた近代的なマンションの中で表現できないかと考えた。
築40年を超えるマンションで階高が低かったため、天井は張らずコンクリートをむき出しにして、天井の高さを確保している。梁も大きく、コンクリートの存在感が強かったため、新しく設ける要素が均質なものではコンクリートの量塊感と時間を経た強さに負けてしまう。そこで様々な素材を散りばめることで、乱雑な調和を生み出すことを狙った。木、石、アルミ、鉄、左官といった材料を使用している。
リビングの一画に子供部屋を配置し、ガラス張りの部屋とすることで、空間の広がりを確保している。そのガラスは、子供と両親の関係調整装置となる。ブラインドとロールスクリーンで視線を遮ることができるため、プライバシーを確保したいときには閉じ、空間を共有しながら部屋で過ごしたいときには開けることができる。壁で囲われた「個室」といった、単一の関係性しか生まない部屋のあり方ではなく、その時の気持ちや気分によって関係性を変えられる仕組みをつくった。
撮影:繁田諭