厳選した素材を惜しげなく使用した贅沢空間
店に入った瞬間、別世界が広がる割烹料理店

6mの一枚板カウンター、天然の丸太を使用した天井など贅を尽くした空間が魅力的な割烹料理店。設計した建築家の傳寶さんは、特別感のある食事である割烹料理にふさわしい空間をつくるため、素材選びから施工まで一切手を抜かずにこだわり抜いたという。もちろん、コンパクトな空間の中、申し分ない機能性も整えた。

この建築家に
相談する・
わせる
(無料です)

顔なじみの店の2号店をつくる。
食事の時間の期待が高まる、和風の佇まい

兵庫県尼崎市。落ち着いた住宅街の中に割烹料理の店がオープンした。外観は2階建ての一軒家のようなフォルムだが、特に1階部分では杉板を張り合わせた外壁、大きく張り出した庇などから和食の店だという印象が高められている。2階部分も土壁に縦格子のラインがすっと伸びており、きりりとした雰囲気。店を訪れるお客さまたちは一目で「いい店だ」と確信を得ることだろう。

設計したのは、素材感を生かした和の住宅づくりに定評がある傳寶慶子建築研究所。この「割烹料理 おぎたに」は2号店で、傳寶さんは1号店の近所に事務所があったことから度々利用していたのだそうだ。そんな中、2号店を考えているとの話を聞き、その場で建築に対する想いを熱く語り「是非とも設計をやらせて欲しい!!」と猛アプローチしてしまったと笑う。

正式に依頼が決まり、約50㎡の敷地に「8席座れるカウンター」「2階に個室」「路地のようなアプローチ空間」が欲しいという3つの要望を受けた。コンパクトな敷地の中で要望を叶えつつ、「割烹料理 おぎたに」らしさを表現する。完成したのは「料理が本当においしくて」と語り、これまで何度も1号店に通っていたからこそオーナーさまの思いを的確に反映したプランだ。
  • 外観。シンプルな2階建てのフォルム。1階部分の庇を大きく張り出し日本家屋らしさを演出

    外観。シンプルな2階建てのフォルム。1階部分の庇を大きく張り出し日本家屋らしさを演出

茶室に倣い、趣の異なる天井を組み合わせる
高い技術力で実現した、濃密空間

日常的というよりも、たまの贅沢を楽しむためのとっておきの店として使われることが多い「割烹料理 おぎたに」。傳寶さんは、だからこそ、普通では感じられない何かを感じられるような店にしたいと考えた。

イメージしたのは「茶室」だ。3畳、4畳半と小さな空間の中で濃密な時間を過ごす茶室。敷地面積50㎡とコンパクトな敷地に建つこの店を、見ごたえ十分の、料理と同等の格調を備えたものにするため大いに参考にした。

特に注力したのが天井だったという。「茶室って、小さなスペースに勾配天井の部分と平らな部分を併せ持つなど、天井がものすごく凝っているんです。それに倣うことで小さなスペースでも奥行きのある濃い空間ができると思いました」と傳寶さん。

まず、玄関から続く路地のようなアプローチ空間には勾配天井を採用。引き戸で店内と仕切り、内部はフラットな天井とした。がらりと天井が変化することで、アプローチとしての距離が短くても、明確に意識が切り替わる。さらに、店内の天井高はカウンターの内側と外側、またカウンターの真上で細かく高さを変えた。

こうしてつくられた空間から得られる満足度の高さは想像以上であり、アプローチを抜けるほんの数歩でこれから始まる食事の時間への期待が高まる。その理由は、上質な素材を選び抜き、仕上げにも一切手を抜かずに施工したこともあるという。

例えばアプローチの勾配天井には、天然の丸太を使用した。天然ゆえに、1本1本の太さが微妙に異なるうえ、ゆがみもある。1本ずつ細かな調整が必要なため、一般の大工では加工できない箇所が多く、京都で茶室を専門としている大工に施工を依頼した。丸太はなんと、1日に1本しか仕上がらなかったこともあったという。いかに施工に手を掛けたかがわかるだろう。

店内の天井もまたすごい。客席部分は杉の網代張りとし桟は竹、カウンター内部は先述の杉板を用いて丸太を桟に貼り合わせた仕上げとした。ぱっと目に入るのは、カウンターの真上に位置する一番低い天井高の部分だ。料理を引き立たせるためにある程度の明るさにしなければならないが、ダウンライトでは興ざめしてしまう。そこで、竹を縦に割った素材を被せたオリジナルの照明ボックスを制作した。こちらも自然の素材ゆえの太さの揺らぎなどがあり、節もランダムに並ぶ。

料理と同じように素材に手間をかけ、丹精込めてつくり上げたからこそ実現した濃密空間。だからこそ「普通では感じられない何か」を肌で感じることができるのだろう。
  • 手前のアプローチは勾配、奥の店内はフラットと天井を切り替え、違う空間へ進んだという意識を高めた

    手前のアプローチは勾配、奥の店内はフラットと天井を切り替え、違う空間へ進んだという意識を高めた

  • 1階店内。一枚板のカウンターが圧巻だ。茶室に倣い、天井の高さや仕上げに変化を持たせて空間を見ごたえのある、上質なものにつくり上げた。右奥、木材の柱のような部分の内部にダムウェーターがある。厨房を広くするため店内に配置したが、デザインでカバーし気配が感じられない

    1階店内。一枚板のカウンターが圧巻だ。茶室に倣い、天井の高さや仕上げに変化を持たせて空間を見ごたえのある、上質なものにつくり上げた。右奥、木材の柱のような部分の内部にダムウェーターがある。厨房を広くするため店内に配置したが、デザインでカバーし気配が感じられない

  • 1階店内。客席側の天井は茶室でよく使われる手法という杉の綱代張り。窓側の壁面はすべて収納。戸に簾状の素材を貼っているため、戸棚が主張せず場の雰囲気を壊さない。窓の両側の大きな収納はコート入れ。窓の外は駐車場のため遮るものがなく、光も豊富に入る

    1階店内。客席側の天井は茶室でよく使われる手法という杉の綱代張り。窓側の壁面はすべて収納。戸に簾状の素材を貼っているため、戸棚が主張せず場の雰囲気を壊さない。窓の両側の大きな収納はコート入れ。窓の外は駐車場のため遮るものがなく、光も豊富に入る

コンパクトな敷地を生かし切り機能性を確保
小さな空間で、最良の体験が得られる店

これまで天井に焦点を当ててきたが、「茶室」らしさは、もちろん調度品や空間の使い方でも表現されている。

路地のようなアプローチには、手水鉢を置いた。程よく苔むした年代物をたまたま見つけられたおかげで、落ち着いた雰囲気を醸し出すことができた。またおぎたにでは毎日、打ち水をしてお客さまを出迎えるという。「見えないように排水も整えました」と傳寶さん。

料理を楽しむカウンターは、なんと6mもあるアサメラの一枚板を入れた。引き戸を開け、思わず感嘆の声をあげるお客さまもいらっしゃるのだとか。客席の向かい、オーナーさまが立つ背面にも杉の一枚板をカウンターとして使用。壁面には掛け花入れのみとし、洗練した空間をつくりあげた。

使い勝手に関しても考え抜いたという。コンパクトな面積のため、階段下に厨房を入れ込むなどスペースを有効活用。2階に料理を上げるために必要だったダムウェーター(運搬用の小型エレベーター)は、厨房を広く使えるようにあえて客席側に配置。壁面の中に入れ込むようなデザインで、目の邪魔にはならないどころか、気が付かない程に存在感が消えている。

店舗の設計において、「想像以上にわくわくする空間をつくりたい」と語る傳寶さん。何度訪れても、外から見るとシンプルな2階建ての建物でありながら、一歩足を踏み入れると空気まで一変する室内の雰囲気には驚くことだろう。

オーナーさまが表現したい思いを実現しながら、場を引き立てる。傳寶さんの丁寧な仕事によって完成した空間には「また行きたい」と思わせる力がある。
  • 2階廊下。奥正面の引き戸は右側だけが開閉し、ダムウェーターが入っている

    2階廊下。奥正面の引き戸は右側だけが開閉し、ダムウェーターが入っている

  • 2階、個室2(手前)、個室1(奥)を繋げた状態。「個室では鍋料理などを提供したい」とオーナーさま。ゆとりある設えも、贅沢さを感じさせる

    2階、個室2(手前)、個室1(奥)を繋げた状態。「個室では鍋料理などを提供したい」とオーナーさま。ゆとりある設えも、贅沢さを感じさせる

撮影:冨田 英次

間取り図

  • 平面図

基本データ

作品名
割烹料理 おぎたに
所在地
兵庫県尼崎市
敷地面積
49.74㎡
延床面積
77.26㎡
予 算
4000万円台