眺望も明るさも!
無柱の開放空間をかなえた“キール”とは?

見晴らしがよくて、明るくて、開放的。家族の居場所がゆるやかにつながる一体感や遊び心もあり、夏も冬も快適に過ごせる──。施主様の理想をかなえたY邸ですが、実は西向き・傾斜地など気になる条件もあったのだそう。そんな懸念材料をメリットに変え、魅力的な住まいをつくり上げたのは建築家の蘆田暢人さん。「これぞ建築家の建てる家!」といいたくなる、高度な設計ノウハウと発想力に迫ります。

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陽光がたっぷりそそぐ、眺めのいい大きなワンルーム

横浜市の高台に立つY邸は、開放的でとても爽快な住まいだ。テラスに向けて大きく取った窓からは空中で街並みを見下ろすような景色を楽しめて、晴れた日は富士山も見える。

絶景を望む大開口はリビングに設けられており、リビングから一段上がったところには、キッチン&ダイニングと書斎がある。これらのスペースは大きなワンルームになっていて一体感があるうえ、どこにいてものびやかな景色が見えて気持ちがいい。しかし開放感の理由は、空間の広さや眺望だけにあるのではない。多くの場合、木造でこれだけ大きなワンルームをつくるとどこかに支えの柱が必要だが、この空間は驚くことに無柱。柱がない分、より広々としたおおらかさを感じられるのだ。

「柱が不要なのは、キールを取り入れているからなんです」と教えてくれたのは、Y邸を設計した建築家の蘆田暢人さん。

なるほど! ……でも、キールって何ですか?

「キールは造船用語で、船底の長辺に入れる背骨のような構造材のこと。建築では、長辺で屋根を支える構造材を指すことが多く、スタジアムの屋根をつくるときなどに用います」

屋根の一番高い部分に沿って長いキールトラス梁をかけ、その両端を支える。そうするとこの住宅のように、柱のない大きなワンルームが可能になるという。

蘆田さんはほかにも、キールに住まいの快適性を高める大きな役割を持たせている。

1つは、家の奥から窓に向かってキールをかけ、外の景色に意識が向くようにしていること。そしてもう1つは、住まいにとって非常に大切な採光だ。実はY邸のリビングは西向きで、南北は隣家が迫り光を望みにくい。そこでキールの南北面にたくさんのトップライトを設け、高い位置から心地よい明るさを確保。おかげで年間を通して家中に自然光が降りそそぎ、西日が気になる時間帯にカーテンを閉めても、たっぷり光を採り込める。

同じ場所で、家族が思い思いにくつろげる無柱の大空間をかなえたキール。そのキールを構造だけでなく採光にも活かし、四季を通じて明るい光が満ちる住まいをつくり上げた蘆田さん。想像も期待もはるかに上回る発想と設計力は、まさに建築家のスゴ技といえるだろう。
  • 2階 リビング/階段の両脇にはシンプルなベンチがあり、棒の手すりはベンチの背もたれにもなるなど、楽しい遊び心が満載だ。階段右のフェンス状になった部分から下をのぞくと1.5階や1階が見えて冒険心をかき立てられ、お子様にとっては格好の遊び場に。写真右端にはリビングから1.5階へ下りる階段があり、家中をぐるりと回れるような造りになっている

    2階 リビング/階段の両脇にはシンプルなベンチがあり、棒の手すりはベンチの背もたれにもなるなど、楽しい遊び心が満載だ。階段右のフェンス状になった部分から下をのぞくと1.5階や1階が見えて冒険心をかき立てられ、お子様にとっては格好の遊び場に。写真右端にはリビングから1.5階へ下りる階段があり、家中をぐるりと回れるような造りになっている

  • 2階 リビング/天井が高く柱のない空間は、抜群の開放感。高度な設計スキルと斬新な発想で、贅沢な景色に向かって大きく開かれた気持ちのいい住まいが完成した

    2階 リビング/天井が高く柱のない空間は、抜群の開放感。高度な設計スキルと斬新な発想で、贅沢な景色に向かって大きく開かれた気持ちのいい住まいが完成した

  • 東の外観/傾斜地に立つY邸は玄関を入ると2.5階で、そこから徐々に下っていくスキップフロア構造。屋根の白い箱のようなところはキールの部分。道路に面した東の先端にもトップライトがあり、爽やかな朝日が入る

    東の外観/傾斜地に立つY邸は玄関を入ると2.5階で、そこから徐々に下っていくスキップフロア構造。屋根の白い箱のようなところはキールの部分。道路に面した東の先端にもトップライトがあり、爽やかな朝日が入る

安定性をより高め、遊び心もプラスした豊かな住まい

Y邸は一見すると2階建てに見えるが、室内は半階ずつ床レベルが変わる4層のスキップフロア。1階と1.5階は個室や水まわり、2階と2.5階が眺望抜群のリビング、ダイニング、書斎である。

眺めがいいということは、この住宅が高台、つまり「傾斜地にある」ということでもある。実際、敷地は東の道路から一段下がっており、眺望が開けた西側の先は崖になっている。

正直、建物の安定性が気になってしまう環境だが、そんな懸念も蘆田さんは高度な設計ノウハウで吹き飛ばしている。まず、地盤は調査で十分な安定性を確認。そのうえで傾斜の角度に対して最も安定する安息角(あんそくかく)を計算し、建物を建設。さらに強固な地盤に建物を1mほど埋め、「念には念を」といわんばかりに安定性を高めている。

聞けば、Y邸をスキップフロアにしたのは1階を少し埋めたことが発端だったのだそう。懸念材料への対策を活かして全ての空間がゆるやかにつながる家をつくり、「家族が共有できる一体感のある空間」というY様のリクエストにも見事に応える形となった。

スキップフロアをうまく活用し、想像力や冒険心を刺激する遊び心をちりばめているのもY邸の魅力だ。例えば、ダイニングからリビングへ下りる階段の両脇には、積み木のようなかわいいベンチ。リビングとダイニングの段差部分は一部がフェンス状になっており、階下の1.5階や1階が見えて何だか楽しくなってくる。そして主寝室と子ども部屋がある1階には、第2のリビングともいえるフリースペースが。現在この空間は本棚が置かれ、家族のライブラリーとして活躍中だ。

「Y様からは住まいをいろいろな形で楽しんでくださっている話をお聞きし、うれしいですね」と蘆田さん。一時期は梁にハンモックを吊るしてブランコ代わりにしたり、お子様たちがY様の書斎を気に入って占領したりと、蘆田さんの想定を超えたほほえましいエピソードもあるという。

家族の誰が、どの空間をどう使い、どう過ごすか。その自由度が高いのは、どこにいても楽しくて居心地がいいからにほかならない。全ての空間を愛せる家に住むことは、人生を何倍も得した気分になるはずだ。
  • 2.5階 キッチン&ダイニング/ダイニングは東、大きな窓のあるリビングは西に配置。Y様一家は、暑い夏は涼しいダイニング、日差しが暖かい冬はリビングで過ごしている。こうして季節ごとに家族の居場所を変え、住まいを楽しむこともこの住宅のコンセプトの1つ

    2.5階 キッチン&ダイニング/ダイニングは東、大きな窓のあるリビングは西に配置。Y様一家は、暑い夏は涼しいダイニング、日差しが暖かい冬はリビングで過ごしている。こうして季節ごとに家族の居場所を変え、住まいを楽しむこともこの住宅のコンセプトの1つ

  • 2.5階 ダイニング/キッチンカウンターと一体になったダイニングテーブルや、屋外の景色を見下ろせるカウンターテーブルが造り付けてあり、お子様はここで勉強することも。ダイニングテーブルは、写真手前の角をあえて削ってあるのでここにも椅子を置くことができ、大人数が座れる

    2.5階 ダイニング/キッチンカウンターと一体になったダイニングテーブルや、屋外の景色を見下ろせるカウンターテーブルが造り付けてあり、お子様はここで勉強することも。ダイニングテーブルは、写真手前の角をあえて削ってあるのでここにも椅子を置くことができ、大人数が座れる

  • 2.5階 書斎/書斎はダイニングと同じ階だが、ダイニングに対して少し斜めになった遊び心のあるレイアウト。視線がぶつからず、ほどよい距離感・一体感があって落ち着ける。写真左の白壁にはガラスが張られており、ホワイトボードとして使える

    2.5階 書斎/書斎はダイニングと同じ階だが、ダイニングに対して少し斜めになった遊び心のあるレイアウト。視線がぶつからず、ほどよい距離感・一体感があって落ち着ける。写真左の白壁にはガラスが張られており、ホワイトボードとして使える

間取り図

  • 間取り図

  • 配置図

  • 断面図

基本データ

施主
Y邸
所在地
神奈川県横浜市
家族構成
夫婦+子供2人
敷地面積
130.58㎡
延床面積
103.44㎡