土地の特徴に対する最適解として誕生した
駐車場まで伸びる大屋根が目を引く邸宅

大分県宇佐市に、とても特徴的な邸宅が完成した。目の前には公園や田畑が広がり、背後には1m高い地盤に造成された住宅街が広がっている。いわば自然と住宅地が切り替わる場所に建てられたこの作品は、土地の特徴をとらえ、その最適解を見つけ、お施主様の要望を低コストで実現した力作だ。その詳細をご紹介しよう。

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目の前が公園という立地のため
できる限り視線をカットしたい

この作品を外から眺めた時の第一印象は、“家屋からそのまま駐車場まで伸びた大きな屋根”があり、“窓がほとんどなく、内部が見えない”というものだった。大きな屋根は駐車場にある一本の柱で支えられており、見たことがない構造となっている。

一見するとデザイン重視で作られた家のようだが、実はまったく違う。

この作品は、その土地の特徴を正確にとらえ、その最適解を考え、お施主様の要望を完全に満たしながら低コストで建てられたものなのだ。

そこには、数多くのアイデアや工夫が盛り込まれている。特徴的なデザインは内部にも施されているが、そのひとつひとつには理由があり、極めて精緻に計算されていた。その代表的なものをご紹介したい。

まずは土地の特徴と、お施主様の要望をご紹介しよう。これらが、解決すべき課題となるからだ。

土地の特徴は主に2点ある。

1点目は、目の前に公園があることだ。北側の細い道路を挟み、広大な公園がある。道路は公園の駐車場に繋がっているため、人や車の往来が多い場所となっている。

2点目は、南側は造成された住宅地で、その地盤が1mほど高く、住宅が密集していることだ。南側が高くなっているため、南隣家から見下ろしの視線があることが予想された。

お施主様の主な要望は、平屋であることと、視線をカットしたいこと、そして駐車場から濡れずに玄関に入りたいというものだった。

お施主様は子どもの出産をきっかけに、家を建てることを考えた。そのため、主な要望の多くは、子どもと安全・安心に暮らせるためのものだった。特に強い要望が、視線のカットだった理由もよく理解できる。

つまり、目の前の公園から中が見えず、雨に濡れずに車に乗ることができる、快適で明るい平屋の家を作るというのが今回の達成すべきゴールだといえる。
  • 窓がない外観(正面)。切妻の大屋根が最大の特徴だ。柱を中央にすることで、雨で木の柱が傷まず、車の出し入れが容易になった。玄関ドアは外壁の縦のラインに合うように製作されている。木の梁に屋根が乗っているようなデザインにするため、軒の裏側も屋根と同じ色に塗装した

    窓がない外観(正面)。切妻の大屋根が最大の特徴だ。柱を中央にすることで、雨で木の柱が傷まず、車の出し入れが容易になった。玄関ドアは外壁の縦のラインに合うように製作されている。木の梁に屋根が乗っているようなデザインにするため、軒の裏側も屋根と同じ色に塗装した

  • 外観(東側)。とても珍しい、大屋根の張り出し。駐車場をすべて覆っていることがわかる。 構造設計の専門家の協力を得て実現した。リビングの大きな引戸は全開することができる

    外観(東側)。とても珍しい、大屋根の張り出し。駐車場をすべて覆っていることがわかる。 構造設計の専門家の協力を得て実現した。リビングの大きな引戸は全開することができる

  • 公園からはこのように見える。公園側には窓がなく、人や車からの視線を遮っている。手前の自然と奥の住宅街の境界に位置していることがわかる。奥の隣家からリビングが見えないように寝室を配置し、L字型のプランとした

    公園からはこのように見える。公園側には窓がなく、人や車からの視線を遮っている。手前の自然と奥の住宅街の境界に位置していることがわかる。奥の隣家からリビングが見えないように寝室を配置し、L字型のプランとした

  • すべて吹き抜けで、広さを感じるリビング。等間隔に設けられた、天井梁と柱の連続性が美しい。写真左の外壁が室内に続いているようなデザインで、外とのつながりを感じることができる。テレビの後ろにある壁は半透明のポリカーボネート製で、南の光を奥まで運ぶ

    すべて吹き抜けで、広さを感じるリビング。等間隔に設けられた、天井梁と柱の連続性が美しい。写真左の外壁が室内に続いているようなデザインで、外とのつながりを感じることができる。テレビの後ろにある壁は半透明のポリカーボネート製で、南の光を奥まで運ぶ

最低限の窓しかないが、室内は明るく
外の自然を感じられるプラン

この作品を手がけたのは、大分市にある室宏アトリエの代表、室宏さんだ。室さんは、どのようにこの作品を作りあげていったのだろう。

室さんはまず、コンセプトの整理から着手した。

「まずは、敷地の特徴を把握することから始めました。自然豊かな公園に面しながら、1m高くなった住宅地に挟まれた土地だったので、いわば“自然と住宅地が切り替わる場所”だという認識を持ちました」。

「その場所で、家族のプライバシーを守りながら、いかにして外部環境を享受するかが焦点となることが明確になったのです」。

具体的なプランは、どのように考えられたのだろうか。

窓を最小限にし、壁で囲うことでプライバシーを確保することは必須だった。しかしそれだけでは、室内が暗くなる。光を取り入れたい南側は1m高い地盤に建っている住宅が迫り、窓を開けづらい。また、窓が少なければ、せっかくの自然豊かな外の気配を感じることもできなくなる。

室さんは、こうした課題を同時に解決できるプランを考えた。その概要は次のとおりだ。

1.基本的には壁で閉じ、ハイサイドライトから光を取り込む。南側は既存住宅が建っていたため、建物をL字にして住宅からの視線を遮断する。
2.屋根を外部まで伸ばし、約7m×5mの雨に濡れない駐車場と玄関ポーチを作る。
3.室内の上部はすべて吹き抜けとし、各スペースの仕切りも天井まで届かないものとする。最大4.5mの天井高により、実際の床面積以上の開放感を得る。

特筆すべきは、外観では伸延した大屋根、屋内では吹き抜けと、仕切りが天井までないことだろう。

切妻の大屋根は、その最上部にある三角形の部分に大きなハイサイドライトを組み込んでいる。これにより、雨に濡れないスペースを作り出すだけでなく、屋内に十分な光を取り込むことを可能にした。光の入り方は季節や時刻、天候などによって変わるため、外の気配を感じることもできる。

屋内の吹き抜けと、天井まで仕切りがない効果も絶大だ。ほとんど見かけないプランだが、想像以上に明るく開放感があり、均等に設けられた梁や柱の美しさを感じることもできる。

このプランであれば、お施主様の要望を満たすだけでなく、さらに自然豊かな外の気配を感じることも可能だ。文章だけでは理解しにくいほど、独創的なプランだ。ぜひ、図面や写真の説明文をご参照いただきたい。
  • リビングには、外からの視線を感じない方向に大きな引戸が設置された。全開にすると、このような開放感を得ることもできる。左の納戸、右のオープンクローゼットの壁は天井まで届かない設計で、開放感とともに光を取り込んでいる。床材の貼り方も向きを変え、変化を生み出している

    リビングには、外からの視線を感じない方向に大きな引戸が設置された。全開にすると、このような開放感を得ることもできる。左の納戸、右のオープンクローゼットの壁は天井まで届かない設計で、開放感とともに光を取り込んでいる。床材の貼り方も向きを変え、変化を生み出している

  • 数少ない窓は、最も効果的な位置に配置。右の窓から入った光は、手前のダイニングとトイレ、奥の洗面所まで届く

    数少ない窓は、最も効果的な位置に配置。右の窓から入った光は、手前のダイニングとトイレ、奥の洗面所まで届く

  • 現在は子どもの遊び場となっている、フリースペース。将来2つ目の子供部屋に変更できるよう、あらかじめ梁が設けられている。梁があることで、ハイサイドライトからの光が直接室内に入らず、陰影が美しい。子供部屋に変更した時は、この梁の上にポリカーボネートの屋根を設けることも可能だ

    現在は子どもの遊び場となっている、フリースペース。将来2つ目の子供部屋に変更できるよう、あらかじめ梁が設けられている。梁があることで、ハイサイドライトからの光が直接室内に入らず、陰影が美しい。子供部屋に変更した時は、この梁の上にポリカーボネートの屋根を設けることも可能だ

  • フリースペース(左)とオープンクローゼット(右)。オープンクローゼットには可動式パイプハンガーが用意されている。リビング側からパイプに掛けた洋服が直接見えないよう、ポリカーボネートの壁が設けられている。フリースペースの壁には安価なラワン合板を使用し、コストを抑えた

    フリースペース(左)とオープンクローゼット(右)。オープンクローゼットには可動式パイプハンガーが用意されている。リビング側からパイプに掛けた洋服が直接見えないよう、ポリカーボネートの壁が設けられている。フリースペースの壁には安価なラワン合板を使用し、コストを抑えた

敷地に対する最適解を見つけ、
それをローコストで実現する

お施主様は、この作品に対してどのような感想をもっているのだろう。主なものをご紹介しよう。

「壁で囲われ、外からの視線を感じないのに室内がとても明るくて驚いています」
「実際の広さよりも、はるかに広く感じます」
「フリースペースで遊ぶ子どもを、キッチンから見ることができて安心です」
「収納が大容量なので、便利です」

後半の2つについて、補足したい。

お施主様は子供部屋を2つ希望していた。室さんは、将来は子供部屋にできるフリースペースを作り、子供が小さい時はそこで遊ぶことができるようにした。子供がもう一人増えた時は、この場所を容易に子供部屋へ改修できるよう、梁なども組み込んでいる。

また、子供が増えた時には服や物が増えることを想定し、限りある床面積の中に納戸や作り付けの収納、ウォークインクローゼットや通路のパイプハンガーなどを準備した。

大胆なプランを生み出すだけでなく、きめ細やかな室さんの配慮と提案により、お施主様がとても満足していることがよくわかる。

さいごに、室さんが大切にしていることを聞いた。主に3つ、こだわっていることがあるそうだ。

「大前提として、お施主様の要望を実現するように心がけています。今回の作品も、見た目やプランは特徴的なものですが、お施主様の要望はすべて実現できています」。

「常に意識しているのは、敷地が持つ特徴をよく把握し、最適な家のあり方を考えることです。土地や周囲の環境に反する建物を作っても、快適な家にはならないと考えるからです」。

「コストコントロールにも注意を払っています。予算内でどうすればよいかを常に考え、場合によっては自分で作業をすることもあります。知恵を絞って工夫し、コストを下げた例はたくさんあります」。

自分の要望をすべて満たし、土地の特徴を把握した最適な家を、低コストで生み出してくれる。そんな欲張りな建築家をお探しの方は、一度コンタクトしてみてはいかがだろう。
  • サンルーム。両サイドに洗濯物をかけるパイプハンガーが用意されている。天井がないことで風が通り抜け、洗濯物が早く乾く。水回りのエリアは壁の色を変え、木目と白い壁で構成された他の場所と異なる雰囲気を出している

    サンルーム。両サイドに洗濯物をかけるパイプハンガーが用意されている。天井がないことで風が通り抜け、洗濯物が早く乾く。水回りのエリアは壁の色を変え、木目と白い壁で構成された他の場所と異なる雰囲気を出している

  • キッチン(左奥)と納戸(中央奥)。北側だがハイサイドライトから光が入り、曇りの夕方でも明るい。キッチンはオーダーメイドで、レンジフードも照明を組み込んだ特注品だ。大きなワンルームに小さな四角い箱がいくつもあるイメージで、大きな気積の中に変化を出している

    キッチン(左奥)と納戸(中央奥)。北側だがハイサイドライトから光が入り、曇りの夕方でも明るい。キッチンはオーダーメイドで、レンジフードも照明を組み込んだ特注品だ。大きなワンルームに小さな四角い箱がいくつもあるイメージで、大きな気積の中に変化を出している

  • ダイニング(右)とトイレ・水回り(中央奥)。ダイニングの照明は、ゴールドの色で他のパイプ類と統一している。照明は左右に動かすことができるオリジナルで、奥の黒い部分も収納と飾り棚を兼ねたオーダーメイドだ

    ダイニング(右)とトイレ・水回り(中央奥)。ダイニングの照明は、ゴールドの色で他のパイプ類と統一している。照明は左右に動かすことができるオリジナルで、奥の黒い部分も収納と飾り棚を兼ねたオーダーメイドだ

  • 玄関からは、正面の壁により内部が見えない。しかし角を曲線にカットした効果で、ハイサイドライトと吹き抜けの空間を感じられる。高さも幅も、入念に計算して設置した。照明のソケットは真鍮のパイプで手作りだ。コストカットのために、室さん自身が作業することも多いという

    玄関からは、正面の壁により内部が見えない。しかし角を曲線にカットした効果で、ハイサイドライトと吹き抜けの空間を感じられる。高さも幅も、入念に計算して設置した。照明のソケットは真鍮のパイプで手作りだ。コストカットのために、室さん自身が作業することも多いという

撮影:八代写真事務所(YASHIRO PHOTO OFFICE)

基本データ

作品名
宇佐の家
所在地
大分県宇佐市
家族構成
夫婦+子ども
敷地面積
231.42㎡
延床面積
88.19㎡
予 算
2000万円台