市街化調整区域にある高低差1.4mの変形敷地
土地の制約を特徴として捉え、活かした邸宅

三重県員弁郡のとても制約が多い土地に、個性的な邸宅が誕生した。この土地は市街化調整区域にあり、土地の中に四日市市と員弁郡の行政境界がある。さらに高低差が1.4mもある傾斜地で、変形敷地となっていた。多くの制約を克服して生み出された、この作品をご紹介しよう。土地に制約がある方の参考になれば幸いだ。

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市街化調整区域に家を建てる
まずは自治体との調整から着手

この作品の特徴を要約すると、
“とても制約が多い土地”に、“その土地の制約を特徴として活かしたプラン”の家を建てたことだと言えるだろう。

自分が家を建てたい土地に、何らかの制約があることはよくある。その際、建築家がどのような対応をしてくれるのかは、とても気になるところだ。そのような方にとって、今回の作品を創り出したプロセスはとても参考になるはずだ。なぜならこの土地には複数の制約があり、いわゆる造成された市街の住宅地とは比べ物にならないほど、乗り越えなければならない問題があったからだ。

そこでまず、この土地の制約についてご説明したい。

お施主様が家を建てることを検討していた土地は、かなり広かった。その土地の一角にはお施主様のお父様が経営するクリニックと住居があり、患者様と従業員用の駐車場が併設されている。その他の大部分は、草木が茂る手つかずの場所となっていた。

問題なのはこの土地すべてが、市街化調整区域だったことだ。しかも土地の中を四日市市と員弁郡の行政境界が走っていることが、問題をさらに複雑にしていた。

市街化調整区域に新たな家を建てる場合、設定されているとても多くの厳しい条件をクリアする必要がある。当然、自治体との協議が必要となるが、その協議先が複数になるのだ。

この作品を手がけたのは、葛島隆之建築設計事務所の葛島さんだ。葛島さんはまず、両自治体との協議からスタートした。開発許可が出なければ、家を建てることができないからだ。

両自治体の行政区域内に家を建てる案や、両自治体をまたいで家を建てる案などを用意して協議を続けたが、とても複雑で時間がかかったという。そして最終的に、員弁郡の土地に建築をする案で開発許可を得ることができた。

かなり複雑で大変だったのではないかと葛島さんに聞くと、感想をこう語ってくれた。

「確かに大変でした(笑)。ただ、私は市街化調整区域や、その他の制約がある土地での建築設計経験が多くありました。東海地区の郊外でのプロジェクトが多かったからかもしれません。その経験が活きて、無事に許可を得ることができました」。

「建築家は家の設計を、関連法規に従って行わなければなりません。行政との協議も、場合によっては発生します。ケースによっては複雑で困難なものもあるので、土地に制約がある場合は建築家の経験や得意分野を確認することをお勧めします」。

こうして家を建てる場所が決まった。家を建てる前の段階から、行政との交渉を粘り強く進めてくれる建築家は、制約がある土地での建築を考えている方にとって、非常に心強いパートナーとなるだろう。
  • 敷地全景(鳥瞰)。中央の円形の遊歩道に囲まれた部分が園庭。その右側の三角形の建物が今回の作品。部屋と廊下が蛇行して配置されていることがよくわかる。屋根がない部分が中庭で、その周囲をスロープの廊下で移動する

    敷地全景(鳥瞰)。中央の円形の遊歩道に囲まれた部分が園庭。その右側の三角形の建物が今回の作品。部屋と廊下が蛇行して配置されていることがよくわかる。屋根がない部分が中庭で、その周囲をスロープの廊下で移動する

  • 外観。各部屋が棚田のようになっていることがよくわかる。このため大きな段差もなく、周辺環境に溶け込んでいる。屋根も勾配がある道路と並行に設置されているため、違和感がない。乳白色のガラスがはめ込まれた引戸を閉めれば、プライバシーも確保できる

    外観。各部屋が棚田のようになっていることがよくわかる。このため大きな段差もなく、周辺環境に溶け込んでいる。屋根も勾配がある道路と並行に設置されているため、違和感がない。乳白色のガラスがはめ込まれた引戸を閉めれば、プライバシーも確保できる

  • 子供部屋から見た中庭方向。部屋の床は当然ながら水平だが、中庭沿いに配置された廊下が、スロープとなっていることがわかる。蛇行することで廊下の傾斜をとても緩やかにすることが可能となった

    子供部屋から見た中庭方向。部屋の床は当然ながら水平だが、中庭沿いに配置された廊下が、スロープとなっていることがわかる。蛇行することで廊下の傾斜をとても緩やかにすることが可能となった

  • 放射状の梁は中庭に向かって配され、中庭の先に園庭が見える。中と外のつながりを感じられる、豊かな景色だ

    放射状の梁は中庭に向かって配され、中庭の先に園庭が見える。中と外のつながりを感じられる、豊かな景色だ

高低差のある変形敷地に家を建てる
土地の制約をメリットに変えるプラン

こうして家を建てる場所が決まった。しかしその場所には、別の制約があったのだ。建築予定地は細長い三角形の変形敷地で、しかも傾斜地だった。高低差は1.4mほどあり、接している道路も緩やかな坂道となっている。

お施主様の要望は平屋だったため、敷地を最大限に活用する必要がある。その場合、一般的にはフラットに造成する手法が取られることが多い。しかしこれでは、道路に出るために階段を作る必要が出てくる。

お施主様からはもう一点、クリニックとの関係性を重視したいという要望が出されていた。今回建築しない広大な土地は、クリニックで治療中の患者様から見える位置にある。そこからの眺めが良いことや、一体的に使えること、とはいえプライバシーも確保したいという要望だ。

これらを総合的に考えて葛島さんが出した結論は、“造成はせずに各部屋の高さを変える”というものだった。非常に珍しいプランなので、ぜひ図面と写真をご参照いただきたい。

各部屋は土地の傾斜に合わせて作られるため、高さに差が出る。その部屋間の移動は、スロープにした廊下を利用する。部屋の配置を蛇行させることでスロープの距離を長くし、傾斜を緩やかなものにする。蛇行している部分は中庭とし、くつろげる空間とプライバシーを確保。さらには階段を使用せずに、すぐに外に出られるというプランだ。

これであれば、お施主様の要望をすべて満たすことができる。なぜ、このように特徴あるプランを生み出せたのだろう?葛島さんは、このように答えてくれた。

「私は昔から、自然の風景を見るのが好きでした。時間が経っても残っているものには、何らかの合理的な理由があると思うからです。もちろん、そのような風景から得た発想は、建築にも活かすことができます」。

「今回の発想の元となったのは、“棚田”です。“棚田”は大掛かりな造成をせず、効率的に水平面を確保しています。棚田の部分が各部屋となり、その間に作られた曲がりくねった緩やかな山道がスロープになったのです」。

今回の作品名は“Rural House”だ。田舎の家という意味だが、その名には葛島さんの想いやこだわりが込められていると感じた。
  • キッチンからリビング方面を望む。中庭の扉を開けると道路の先にある周辺の自然を眺めることができる。すばらしい開放感だ。複数設けられた中庭の中心を向く放射状の梁が、外への意識を誘う

    キッチンからリビング方面を望む。中庭の扉を開けると道路の先にある周辺の自然を眺めることができる。すばらしい開放感だ。複数設けられた中庭の中心を向く放射状の梁が、外への意識を誘う

  • リビングから見たキッチンと中庭。中庭の先には園庭を眺めることができる。道路側と園庭側にあるどちらの中庭からも、自然を感じることができる贅沢な環境だ。廊下の扉はマグネットボードで、お子様の玩具やメモなどを貼り付けることができる

    リビングから見たキッチンと中庭。中庭の先には園庭を眺めることができる。道路側と園庭側にあるどちらの中庭からも、自然を感じることができる贅沢な環境だ。廊下の扉はマグネットボードで、お子様の玩具やメモなどを貼り付けることができる

  • 中庭から見たリビング。その先にある中庭の奥に主寝室。窓際は縁側のように使うことも可能だ

    中庭から見たリビング。その先にある中庭の奥に主寝室。窓際は縁側のように使うことも可能だ

家から一歩出ると、そこにあるのは公園
セミパブリックの園庭が自宅にある豊かさ

広大な園庭についても触れておこう。お施主様から要望があった、今回家を建てないエリアだ。葛島さんはこの土地を整備し、園庭とした。大きな木を中心に円形の遊歩道を作り、患者様やお子様がくつろいだり遊んだりすることができる場所に生まれ変わった。

遊歩道は建物の真横を通っている。中央の大きな木にはブランコなどが設置され、お施主様の子どもは中庭から出るとすぐに遊ぶことができる。この場所は患者様と家族しか使用しないので、セミパブリックの園庭が家の前にあると言えよう。

この園庭に意識が向くよう、家の中にも工夫が施されている。各部屋の梁は中庭を向くように配置されており、無意識に中庭を感じることができる。中庭は園庭に接しているので、家の中から園庭まで、外の気配を感じ取ることができるのだ。

お施主様からの感想も、
「子どもが外で遊ぶことが多くなりました」
「友人を呼んでBBQをすることが増えました」
「患者様から、治療中に明るい景色が見られるようになったと褒められました」
など、とても満足しているコメントが続いた。

葛島さんは設計の際、常に周辺環境の成り立ちや歴史について考え、調和することを意識しているそうだ。外部環境と共に建築を考える事で、暮らしの幅が広がるという。

「周辺環境の特徴から暮らしを考える事は、間取りやインテリアを考える事とは別の次元での快適性が生まれると思っています」と、その考えを語ってくれた。

制約がある土地に家を建てたい方や、その土地の環境を活かし、仮にデメリットだと思われることもメリットに変えてくれる建築家をお探しの方は、一度コンタクトをしてみてはいかがだろう。
  • 子供部屋からみた中庭と奥にリビング。すぐ外に園庭がある。家と公園がセットになっているような、贅沢な環境だ。すべての中庭には引戸の扉があり、扉を閉めることで視線のコントロールが可能だ

    子供部屋からみた中庭と奥にリビング。すぐ外に園庭がある。家と公園がセットになっているような、贅沢な環境だ。すべての中庭には引戸の扉があり、扉を閉めることで視線のコントロールが可能だ

  • 中庭には2か所、土の部分が設けられている。ここの植栽により、扉を開けた時の園庭からの視線や、他の部屋からの視線を適度にカットすることができる

    中庭には2か所、土の部分が設けられている。ここの植栽により、扉を開けた時の園庭からの視線や、他の部屋からの視線を適度にカットすることができる

  • 園庭側に設けられたどの中庭からも、すぐに遊歩道へ行くことができる。クリニックが休診の休日などには、視線を気にせず、このようにリラックスタイムを満喫することが可能だ

    園庭側に設けられたどの中庭からも、すぐに遊歩道へ行くことができる。クリニックが休診の休日などには、視線を気にせず、このようにリラックスタイムを満喫することが可能だ

撮影:葛島隆之建築設計事務所

間取り図

  • 配置図

  • 平面図

  • 立面図

基本データ

作品名
Rural House
所在地
三重県 員弁郡
敷地面積
248.61㎡
延床面積
112.62㎡
予 算
4000万円台