キーワードは調和。建物は風景に溶け込み
近隣の人々との交流が生まれる2世帯住宅

尾道市の向島に、特徴あふれる2世帯住宅が誕生した。外観は周辺の景色に溶け込み、近隣の人々との交流が生まれ、2世帯が適度な距離感を感じられ、家族全員が毎日の生活を楽しめ、コストを抑えた家。それらすべてを実現し、“ひろしま住まいづくりコンクール 2023 新築部門最優秀賞”も受賞したこの作品をご紹介しよう。


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本土から島への移住だからこそ意識した、
周囲の風景や人々の生活に馴染む家

この作品を設計したのは、一級建築士事務所 HaMAo(ハマオ)の原山さんと村上さんだ。

お施主様からの要望は、最初の段階では
・2世帯住宅で、世帯間の共有部分は浴室と脱衣室のみ
・駐車スペースを3台分確保したい
・子供のための広い収納スペース確保
以外には特になかったという。

そこでお二人はお施主様との会話を繰り返し、当初の要望にはなかった提案をしてプランを作り上げていったそうだ。

この作品のポイントは、その土地にどのような家を作るかというコンセプトと、建物自体のプランにある。そこでまず、主なコンセプトからご紹介しよう。

お二人は土地探しの段階から関与していたため、その環境に対してどのような建ち方をするのかという点から検討を始めた。鍵となったのは、里道の存在だ。

この土地は角地で、一辺が細い里道に、もう一辺が生活道路に接している。この里道を境界に、その先は緩勾配の山側となり、古くから建つ大きな家が続く。里道を挟んだ隣家も、2mの擁壁の上に建てられている。そしてもう片方はこの土地も含めて平地で、田畑を分筆した宅地に比較的小さな新しい一戸建てが立ち並ぶ。

このように土地の形状や建築時期が違う、いわば異なる風景が交わる場所に、どのような家を建てればよいのか。お二人が出した結論は、まったく新しい要素を持ってくるのではなく、既に存在する多様な状況をつなげ合わせるような、いわば周囲との調和を持つ家を建てるというものだった。

具体的には、周辺の新しく比較的小さな住宅と合わせてボリュームを2つ(寝室棟、リビング棟)に分割し、その間に階段室を設ける構成とした。これにより、一つの大きな塊で周囲に圧迫感を与えることを避け、違和感のないボリュームにすることができる。

また、里道と接する土地の境界に柵などは設置せず、土地がそのまま里道に繋がるものとした。まるで土地を提供し、里道が大きく膨らんでいるようなイメージだ。これには理由がある。里道を通る、古くから近所に住む人々と円滑にコミュニケーションがとれるようにという配慮だ。後述するが、1階の親世帯にあるリビングの角には掃き出し窓があり、縁側のように里道を歩く人が立ち寄ってくれればという想いから生み出されたアイデアだ。

本土から島へ移住する際、特に考慮すべき項目のひとつが、元から住む人々との関係性であろう。移住後、できるだけ円滑に交流ができる家にしたい。そのためには違和感や圧迫感のある家ではなく、ふらりと人々が立ち寄れるような家が望ましい。

お二人が考えたコンセプトは、島に移住した後の住まい方までを考えたものだったのだ。
  • 周辺環境。写真左側には比較的新しい家が並ぶ。家全体を2つにわけ、新しく建てられた周囲の家とボリュームが同じようになることを意識したのがよくわかる。切妻屋根は周囲に多く、色も周囲の家と近いものを使うなど、周囲に溶け込むプランとなっている

    周辺環境。写真左側には比較的新しい家が並ぶ。家全体を2つにわけ、新しく建てられた周囲の家とボリュームが同じようになることを意識したのがよくわかる。切妻屋根は周囲に多く、色も周囲の家と近いものを使うなど、周囲に溶け込むプランとなっている

  • 大きく張り出した庇は、きれいに手入れされた隣家の植栽とのつながりや平面的な広がりを考えて設置された。里道をはさんだ隣家の擁壁は2mの高さがあるため、まるで庇が隣家の地面につながっているように感じられる。同時に里道と敷地の、ゆるやかなつながりも実現している

    大きく張り出した庇は、きれいに手入れされた隣家の植栽とのつながりや平面的な広がりを考えて設置された。里道をはさんだ隣家の擁壁は2mの高さがあるため、まるで庇が隣家の地面につながっているように感じられる。同時に里道と敷地の、ゆるやかなつながりも実現している

  • 数多く配置されたガラスから漏れる光が美しい。ガラスの配置は、外からの視線を遮るように設計されている

    数多く配置されたガラスから漏れる光が美しい。ガラスの配置は、外からの視線を遮るように設計されている

  • 外観夕景。建物内から漏れ出る光が美しいだけでなく、1階にある親世帯のリビングから漏れる光が写真右側の里道を明るく照らす効果もある。照明がなく暗かった里道が明るくなったと、近隣の方にも好評だそうだ

    外観夕景。建物内から漏れ出る光が美しいだけでなく、1階にある親世帯のリビングから漏れる光が写真右側の里道を明るく照らす効果もある。照明がなく暗かった里道が明るくなったと、近隣の方にも好評だそうだ

外と内の境界を感じず、回遊性があり、
多様な空間体験ができるプランとは

次に、具体的な家のプランをご紹介しよう。前章で周辺環境との調和を持つというコンセプトをご紹介した。これだけを聞くと、従来からある一般的な外観や間取りの家を想像するかもしれない。しかしこの家のプランはまったく異なる。むしろ独創的で、見たこともない、計算されつくされたものなのだ。ほぼすべての場所に、多くのアイデアが取り入れられている。ここではすべてを紹介しきれないので、ぜひ写真の説明文もご参照いただきたい。

近隣住居とボリュームを近くするために、寝室棟と住居棟を階段室で繋ぐことを前提に、このプランは作られた。鍵となるのは階段室だ。

親世帯と子世帯は1階の脱衣室で繋がるが、基本的には玄関も別でありそれぞれが独立した住空間となっている。一方で独立しながらもお互いの気配を感じ取れるよう、階段室には様々な工夫が施された。玄関と親世帯ダイニングの間には型板ガラスの大きな円弧窓が設けられている。このすりガラス越しに、両親は子世帯の出入りを感じることができる。また、階段室の上部にはトップライトがあり、とても明るいスペースとなっている。ここから形板ガラスを通して1階北側の親世帯のダイニングに光を取り込むという、実用性も確保している。

2階の子世帯の大きな特徴は、回遊できる動線と、廊下を450mm上げた浮床としてそのすべてを収納スペースとしたこと、そして大きな庇とリビングの壁を浮かせて地窓としたことだ。

回遊できる動線とは、寝室棟と居住棟を結ぶ、階段室上部のブリッジ(渡り廊下)だ。この2棟は階段室で繋がっているが、それだけだと寝室から長い距離を移動しなければキッチンへ行くことができない。そこで寝室の近くに、キッチンへ移動できる動線を作ったのだ。これは利便性を考えてのことだが、一番喜んでいるのはお子様だそうだ。階段室とブリッジを使い、ぐるぐると走り回って遊ぶことができるのだ。

廊下の浮床は、収納スペース確保のために考案された。浮床の下は、すべてが収納スペースとなる。これは冒頭でお伝えした、ウッドショックの影響で収納スペースをできる限り減らすというコスト削減に寄与している。

大きな庇とリビングの壁に設けられた地窓は、外の風景を借景として取り込むために考案された。里道の先には2mの擁壁があり、その住居の庭にはよく手入れされた美しい緑がほぼ同じ高さで広がっている。地窓から大きな庇越しに見える隣家の緑は、庇が地面のように感じるため、まるで1階から見る庭のようだ。

1階の親世帯の特徴は、さきほど触れたリビング角の掃き出し窓とダイニングの円弧窓だろう。

掃き出し窓の部分はまるで縁側のようで、大きな庇の効果もあり、里道を歩く人がつい立ち寄りたくなるような場所となっている。

円弧窓の効用は、光を取り込む効果だけでなく、程よい距離感で2世帯が生活することができる点で素晴らしいアイデアだと感じた。玄関が別で共用部分が少ない2世帯住宅の場合、お互いの気配を感じられることはあまりない。その点で、子世帯が出入りする気配を感じ、親世帯の照明がついているだけで在宅であることがわかるなど、さりげなくお互いの存在を感じられるメリットは大きいのではないだろうか。
  • 子世帯の玄関から見た階段室。この作品を構成する素材やデザインが融合している、象徴的な場所だ

    子世帯の玄関から見た階段室。この作品を構成する素材やデザインが融合している、象徴的な場所だ

  • 階段室の左側に設けられた、脱衣室への入口。ドアの開く向きは中が見えないようにするなど、ガラスを多用した開放的な玄関であるからこその工夫もなされている。また外と中のつながりを意識し、壁は外壁と同じ素材を使用している。色使いも美しい

    階段室の左側に設けられた、脱衣室への入口。ドアの開く向きは中が見えないようにするなど、ガラスを多用した開放的な玄関であるからこその工夫もなされている。また外と中のつながりを意識し、壁は外壁と同じ素材を使用している。色使いも美しい

  • 階段を登っていくと、右にある地窓からリビング越しに外の風景が見えてくる。お客様が必ず驚く場所だという

    階段を登っていくと、右にある地窓からリビング越しに外の風景が見えてくる。お客様が必ず驚く場所だという

  • 階段上部から見た玄関。ブリッジは寝室側とキッチンを結び、回遊動線を実現。お子様からも大好評だそうだ

    階段上部から見た玄関。ブリッジは寝室側とキッチンを結び、回遊動線を実現。お子様からも大好評だそうだ

子供が走り回り、近隣の方が遊びに来る
早くも実現した、理想の移住生活

お施主様の感想をお伝えしよう。

「子供の友達が遊びに来て、楽しそうに走り回っています。ブリッジによる回遊性や、浮床などの高低差がアスレチックのような遊び方を実現していると感じます」
「日中はとにかく家が明るく、夜は家から漏れる光が里道を照らす行灯のようで、周囲も明るくなったと近隣の方から好評です」
「トップライトから見える星がきれいだと、子供が喜んでいました」
「オープンハウスの時に、近隣の方が見学に来たり、子連れで来た方は子供が走り回ったりして遊んでいました。近隣の方に馴染むという目標は、早くも実現し始めていると感じます」

いかがだろう。コンセプトとして描いた理想と、多くのアイデアが詰まった家のプランで想定した生活が早くも実現し、とても満足されている様子が目に浮かぶ。

さいごに、HaMAo(ハマオ)のお二人がこだわっていることをご紹介しよう。
「2人でやっているのが、長所だと思っています。たとえば2人の考え方やプランが違うとします。当然、そこで議論が始まります。その会話の中で、より良い解決策が生まれてくることがたくさんあるのです。さらに、その対話にお施主様も入ることで、お施主様にとって最適な案が生まれてきます。ですので、お施主様との対話をとても重視しています」

「どのような土地に建てるのかも、常に意識しています。どのような場所であっても、家や建物が建つと周囲に影響を与えます。ですので、その土地の歴史や環境を十分に調べて、周囲との調和が必要な場合には調和を重視することなどを考えます」

今回の作品は、まさにこのこだわりが形になったものだと言える。

興味を持たれた方は、いちどコンタクトしてみてはいかがだろう。
  • ダイニングから見たリビング。青色の部分が、高くなっている浮床。廊下であるだけでなく、下部に収納ができ、リビングに食い込んでいる場所は腰掛けにもなる。リビングと左側の浮床がある廊下側にはドアで仕切られていないため、広さを感じるだけでなく自由な使い方ができる

    ダイニングから見たリビング。青色の部分が、高くなっている浮床。廊下であるだけでなく、下部に収納ができ、リビングに食い込んでいる場所は腰掛けにもなる。リビングと左側の浮床がある廊下側にはドアで仕切られていないため、広さを感じるだけでなく自由な使い方ができる

  • リビングから見た、ダイニングとキッチン。多くの窓と階段上部のトップライトにより、照明がなくてもこの明るさを確保している。ダイニング右の壁にある作り付けのスタディースペースでは、仕事や勉強などができる

    リビングから見た、ダイニングとキッチン。多くの窓と階段上部のトップライトにより、照明がなくてもこの明るさを確保している。ダイニング右の壁にある作り付けのスタディースペースでは、仕事や勉強などができる

  • リビングからみた子供部屋方向。リビングから階段室、その先にある子供部屋まで扉での仕切りはない。そのため、子供の様子も常に感じることができる。浮床が手前にあるので、子供部屋が仮に散らかっていてもリビングからは見えない設計となっている

    リビングからみた子供部屋方向。リビングから階段室、その先にある子供部屋まで扉での仕切りはない。そのため、子供の様子も常に感じることができる。浮床が手前にあるので、子供部屋が仮に散らかっていてもリビングからは見えない設計となっている

間取り図

  • 間取り図1階

  • 間取り図2階

  • 断面図

  • 配置図

基本データ

作品名
向島(むかいしま)の家
所在地
広島県尾道市
家族構成
夫婦+子ども2人+両親
敷地面積
189.84㎡
延床面積
121.18㎡
予 算
2000万円台