曲面壁で、居心地も明るさも
家族が集う光あふれるナチュラル空間

事業用だったスペースを住居にリノベーションした施主さま一家。設計を担当した酒井宏文さんは既存建物の構造を生かし、LDKに曲面壁を取り入れた。曲面壁は一般の住宅では珍しいが、空間の使い勝手や居心地にどんなメリットをもたらしたのだろうか?

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テーマは家族の団らん
店舗バックヤードを住居にリノベ

信州南部に位置し、雄大な自然と清らかな水に恵まれた飯島町。その市街地に立つ『飯島の家』は、70代の施主さま夫妻と息子さん、施主さまの弟さんの大人4人が暮らす住宅だ。

かつて施主さまはこの地で食品スーパーを営んでおり、『飯島の家』は1階に店舗のバックヤード、2階に施主さま一家の住居が入った建物だった。しかしスーパーを閉業後、1階も住居にリノベーションすることに。このとき施主さまが望んでいたのは「家族が団らんできるスペースをつくること」。既存の2階住居は複数の廊下を介して部屋が細かく分かれており、家族が同じ空間に揃うのが難しい住まいだったのだという。

「プランニングでは、大人4人でくつろいでいただけるスペースを、しっかりつくってさしあげることが重要だと考えました」と話すのは、設計を担当した酒井建築計画事務所の酒井宏文さん。どことなくかわいらしさのあるモダンな作風や、自然素材を使った空間の住み心地の良さに定評がある建築家だ。

そんな酒井さんが手がけた新空間は、南向きのLDKを中心に据えたプラン。LDKの東側には玄関・客間・PC室や水まわり、西側には家族の寝室が並んでいる。

このプランについて「ご家族が顔を合わせる機会が増えるよう、あえて廊下を設けずに、LDKを通ってから自室や洗面へ向かう間取りにしました」と酒井さん。

そしてこのプランにはもう1つ、居心地や使い勝手を良くする大きな注目点が存在する。それは、『飯島の家』の最大の個性ともいえるLDKの曲面壁。酒井さんは既存建物が鉄骨造であることを生かし、アールの壁、すなわち曲面壁で、LDKとその他の空間を仕切ったのだ。
  • リノベーション後の『飯島の家』。外壁は上品なグレーで塗装され、庇も透過性のある屋根材に替わり、明るく軽やかな印象に一変。木製の玄関ドアは杉でつくり、玄関まわりの外壁もグレーに塗装した杉を使用。木の温かみも感じられるナチュラルモダンな外観に生まれ変わった

    リノベーション後の『飯島の家』。外壁は上品なグレーで塗装され、庇も透過性のある屋根材に替わり、明るく軽やかな印象に一変。木製の玄関ドアは杉でつくり、玄関まわりの外壁もグレーに塗装した杉を使用。木の温かみも感じられるナチュラルモダンな外観に生まれ変わった

  • リノベーション前の『飯島の家』。1階は、以前に営業していたスーパーのバックヤードとして使われていた。出入口付近には運搬車両のための車寄せがあり、日差しを遮る大きな庇が付いていて、建物1階にはあまり光が入らなかった

    リノベーション前の『飯島の家』。1階は、以前に営業していたスーパーのバックヤードとして使われていた。出入口付近には運搬車両のための車寄せがあり、日差しを遮る大きな庇が付いていて、建物1階にはあまり光が入らなかった

  • 南の外観。奥はテラス。庇の素材は透過性のある屋根材に変更。明るい日差しが室内にもしっかり届く

    南の外観。奥はテラス。庇の素材は透過性のある屋根材に変更。明るい日差しが室内にもしっかり届く

曲面壁で面積配分をコントロール
それぞれの空間を思い通りの広さに

鉄骨造の建物は木造に比べ、構造上、柱や壁の位置に制約を受けにくいため間取りやデザインの自由度が高く、曲面壁をつくりやすい。とはいえ、なぜLDKに曲面壁を取り入れたのか。

目的の1つは、「各スペースの面積配分です」と酒井さん。LDKの両サイドの壁を曲面にすれば、LDKの横幅は、曲面に沿って広くなったり狭くなったりする。酒井さんはこれを利用し、

「LDKの南側は大きい窓に面した家族みんなでゆったり座れるソファスペースにしたいから、壁のカーブを広げて幅広に」
「PC室は日常的に使える場所につくりたいから、壁のカーブでLDKの幅を狭めて、隣に少しこもれるPC作業スペースを確保」

というように、各空間の広さをコントロールしたのである。

曲面壁といってもカーブは非常にゆるやかなので居心地の違和感は全くなく、むしろ仕切りが柔らかく感じられ、おおらかな心地よさのある空間に仕上がった。また物理的に天井高を高く確保できなかったそうだが、南の庭に向かって視界が広がることで開放感も生まれている。

思い通りの面積配分を実現するだけでなく、空間のデザイン性や快適性も向上させた一石二鳥のこのプラン、酒井さんの設計スキルの高さを感じずにはいられない。

  • 玄関ドアは酒井さんがデザイン。玄関土間に自然光が入るよう、ドアの上部には横長のガラス窓を入れている

    玄関ドアは酒井さんがデザイン。玄関土間に自然光が入るよう、ドアの上部には横長のガラス窓を入れている

  • LDKとひと続きのテラスは、「洗濯物を干す場所が欲しい」というリクエストに応えたもの。しかし酒井さんは単なる物干しスペースにせず、庭の手入れがお好きな施主さまが庭を眺めてくつろぐこともできるよう、広めのテラスを計画した

    LDKとひと続きのテラスは、「洗濯物を干す場所が欲しい」というリクエストに応えたもの。しかし酒井さんは単なる物干しスペースにせず、庭の手入れがお好きな施主さまが庭を眺めてくつろぐこともできるよう、広めのテラスを計画した

明るさ・広さで居心地良く
家族が自然に集まるスポットをつくる

曲面壁で居心地の良いスペース配分を実現したのは前述の通りだが、家族が集うLDKは、採光にも厚い配慮がなされている。

実は、リノベ前の1階は日当たりが良いとは言い難い空間だった。南向きの窓はあったが庭を挟んで隣の建物が迫っているし、大きめの庇も付いていて、日差しが遮られていたからだ。

そこで酒井さんは庇の素材を透過性のある屋根材に変更し、光を採り込む大窓も設置。さらに、曲面壁は白い漆喰で仕上げ、「光を通す庇×白壁の反射光」の相乗効果で明るさを創出した。

こうして広さと明るさを得たLDKには、酒井さんの設計で生み出された「家族でくつろげる居心地の良いスポット」がいくつもある。

例えば窓際に造作した、大人4人が余裕で座れるL字のソファ。ここは庭の緑と陽光に包まれる公園のベンチのようで、居心地抜群の特等席。その傍らには、のんびり日向ぼっこできる屋根付きのテラスもある。

また、施主さまは魚をさばくのがお得意で、奥さまも息子さんも料理がお好きという話を聞いた酒井さんは、「キッチンも団らんの場になる」と重視。庭を眺められるダイニングとキッチンをLDKの中央に置き、オリジナルのアイランドキッチンをデザインした。このキッチン、2つのカウンターが並行する造りで空間にゆとりがあり、複数の大人が一緒に調理可能。ダイニングと合わせて、家族で「食」を楽しめる魅力的なスポットとなっている。
  • 白い曲面壁の反射光で明るさが増したLDK。ヒノキ合板の天井は少し低めだが、透明感のある白の塗装で軽やかさ、広がりを演出。造作のテレビ台とつなげた柱部分(写真奥中央)やソファまわりを除き、庭側は上下左右ぎりぎりまで大きく開口。庭との一体感がとても高い

    白い曲面壁の反射光で明るさが増したLDK。ヒノキ合板の天井は少し低めだが、透明感のある白の塗装で軽やかさ、広がりを演出。造作のテレビ台とつなげた柱部分(写真奥中央)やソファまわりを除き、庭側は上下左右ぎりぎりまで大きく開口。庭との一体感がとても高い

  • LDKの内装は、天井がヒノキ合板、壁が左官塗りの漆喰、床が無垢のホワイトオークと、自然素材を多用。LDK内にはキッチン、ダイニング、ソファ、テラスなど、気分や好みで選べる魅力的な居場所が多く、傍らにはPC室もある

    LDKの内装は、天井がヒノキ合板、壁が左官塗りの漆喰、床が無垢のホワイトオークと、自然素材を多用。LDK内にはキッチン、ダイニング、ソファ、テラスなど、気分や好みで選べる魅力的な居場所が多く、傍らにはPC室もある

  • LDKの造作ソファは、大人4人が余裕で座れる大きさ。窓際の背もたれの上には壁がなく、振り向けばすぐに庭があるので、まるで公園のベンチにいるかのよう。室内にいながら屋外の爽やかな心地よさを味わえる

    LDKの造作ソファは、大人4人が余裕で座れる大きさ。窓際の背もたれの上には壁がなく、振り向けばすぐに庭があるので、まるで公園のベンチにいるかのよう。室内にいながら屋外の爽やかな心地よさを味わえる

熱環境や自然素材もコストバランスに配慮
「どう暮らしたいか」を形にする家づくり

最後に、酒井さんのコストへの配慮についてもご紹介したい。

今回のリノベーションでは、家庭用エアコン1台で広範囲の室温を快適に保つことができるような断熱方法と床下エアコンを採用している。冬の気温が氷点下になる信州でとても大事な熱環境の対策において、今回、酒井さんが床下エアコンをセレクトしたのは建物の状況とコストに鑑みてのことだった。既存建物の床下を調べた際、床下エアコンシステムが効果を発揮しやすい状態だとわかったため、提案したのである。

新生活ではストーブの灯油を運ぶ負担が激減し、トイレや洗面脱衣室も寒くなく、身体への負担が減りご高齢の施主さまは大変喜んでくださっているとのこと。既存建物の特徴を的確に捉え、コストを含め、効率的な対策を取ってくれるのはうれしい限りだ。

また酒井さんは、「綿や麻の服が心地いいのと同じで、住宅も自然なものを使ったほうが気持ち良く暮らせると考えています」と、内装に自然素材を多用する。

だが、こちらについても「ご予算の兼ね合いがある場合は、よく使う場所を優先して自然素材にするなど、コストバランスを取る方法も提案させていただいています」と、頼もしい言葉。『飯島の家』もLDKの壁は漆喰の左官塗りだが、ほかの部屋は適宜、珪藻土クロスを用いるなどしてメリハリをつけ、良質なものを厳選しながらコスト圧縮を図っている。

事前の打ち合わせでは常に、どんな暮らしがしたいか、どんな時間を過ごしたいか、施主の話にじっくり耳を傾けるという酒井さん。間取りを具体的に指定されたときも、なぜそうしたいかを丁寧にヒアリングするという。

そうやって得た多くの情報から導き出すアンサーは、『飯島の家』の曲面壁のように個性的なプランになるケースもあるだろう。

けれどその真意と目的を聞けば、望む暮らしにぴったりハマり、必要以上のコストもかけない「住まう人にとっての最適解」だと納得するに違いない。とことんカスタマイズされたアイデアで、自分がしたい暮らしがかなう理想の住まいを手に入れる──。酒井さんとなら、そんな家づくりも夢ではない。
  • 写真手前がシンクのあるアイランドキッチン、奥の壁付けがコンロのカウンター。奥さまも息子さんも料理を楽しみ、施主さまは魚をさばくとの話を聞いた酒井さんは、複数人で作業できる広いキッチンをデザイン。食器棚を置かなくてもいいように、収納もたっぷりつくった

    写真手前がシンクのあるアイランドキッチン、奥の壁付けがコンロのカウンター。奥さまも息子さんも料理を楽しみ、施主さまは魚をさばくとの話を聞いた酒井さんは、複数人で作業できる広いキッチンをデザイン。食器棚を置かなくてもいいように、収納もたっぷりつくった

  • キッチンのすぐ横には、施主さまがパソコン作業をするためのPC室がある。建具はないが曲面壁で柔らかく仕切られており、LDKとの一体感、適度な独立感のバランスが絶妙。ちょっと1人になれる秘密基地のような空間だが、LDKにいる家族の気配も感じられる

    キッチンのすぐ横には、施主さまがパソコン作業をするためのPC室がある。建具はないが曲面壁で柔らかく仕切られており、LDKとの一体感、適度な独立感のバランスが絶妙。ちょっと1人になれる秘密基地のような空間だが、LDKにいる家族の気配も感じられる

  • 大きなアイランドキッチン、ダイニングテーブル、窓際のソファまで、団らんにふさわしいスポットが豊富

    大きなアイランドキッチン、ダイニングテーブル、窓際のソファまで、団らんにふさわしいスポットが豊富

  • リノベーション前の1階内部。いくつもの空間に分けられ、在庫置き場や総菜の調理場、事務所などがあった

    リノベーション前の1階内部。いくつもの空間に分けられ、在庫置き場や総菜の調理場、事務所などがあった

撮影:SHUN FUKUDA

基本データ

作品名
飯島の家
所在地
長野県上伊那郡
家族構成
夫婦+弟+子ども
敷地面積
621.73㎡
延床面積
(改修部分)137㎡
予 算
2000万円台