周辺環境との程よい距離感をもたらす
「バッファー」というアプローチ

住宅街に家を建てる場合、周辺環境との“距離感”は実に悩ましい。光が入り、風通しもいい家は快適だが、外から丸見えではプライバシーが守れない。壁で囲めば外からの視線は防げるが、閉塞的で近隣にも排他的な印象を与えかねない。そんな相反する要素をバランスよく実現した好例が、この「house in jonan」ではないだろうか。

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相反する要望に応えるため
「閉じ過ぎず、開き過ぎず」

「house in jonan」が建つ土地は、もともとお施主さんが平屋暮らしをしていた場所。その頃はカーテンをほとんど閉めっぱなしで、家の中に光が入ってこないような生活をされていたそうだ。そういった背景もあって、今回家を建て替えるにあたり「お施主さんの一番のご要望は、『周囲からの視線が気にならないようにしたいが、光や風を感じる生活もしたい』ということでした」。そう話すのは、YRADの田中さんと榎本さん。

土地の東南には隣家があり、西側は店舗。北側は道路を挟んで保育園が所有する広々とした駐車場だ。一見開放的だが、駐車場の先には1000戸を超える県営住宅が建っている。気心が知れた近隣住人の視線はそれほど気にならないが、「朝夕の保育園児の送迎や、隣地店舗の来客からプライバシーを守る配慮が求められました」という。また、県営住宅からはやや距離があるものの、1000戸を超える視線は心理的なプレッシャーとなっていた。

「プライバシーに配慮した閉じた空間と、自然が感じられる開かれた空間。その相反する要望に応えるため、居住空間を2つの庭で挟んだプランを提案しました」と、YRADのおふたり。構成としてはコートハウスだが、ただのコートハウスではなく、道路側に環境のバッファーとなるような境界=前室を配置。この前室によって住空間にレイヤーが生まれた。内と外を緩やかにつなぐ空間でありながら、周辺環境からの視線や喧騒を緩やかに遮る役割を果たす。

「建て替えの計画だったこともあり、もともとこの場所に住んでいたお施主さんが、これまでに育んできた地域との関係性も考慮しながら、周辺環境との距離の取り方を考えました」と話すように、外部と内部の境界となる道路側の外壁には大きな開口を設けた。この開口の位置が絶妙だ。1階の窓と2階の窓のほぼ中間の高さにあり、外部からの直接的な視線はカット。居住空間においては時に地窓、時にはハイサイドとなり、プライバシーを守りながらも心地よい風や光を内部に届ける。また、開口を設けたことで文字通り開かれた印象を与え、外部を拒絶せずに周辺環境と“つながった”住居となっているといえよう。
  • 道路に面した建物北側からのアングル。外壁はセメントの質感を生かした無垢の外壁材「SOLIDO」を千鳥張りに。経年によって風合いが変化するのも楽しみのひとつだろう

    道路に面した建物北側からのアングル。外壁はセメントの質感を生かした無垢の外壁材「SOLIDO」を千鳥張りに。経年によって風合いが変化するのも楽しみのひとつだろう

  • 玄関側の東面も「SOLIDO」を採用。元々の地形を活かし、建物は道路や駐車場から一段上がっている

    玄関側の東面も「SOLIDO」を採用。元々の地形を活かし、建物は道路や駐車場から一段上がっている

  • 建物内の西側から東側(玄関側)を見る。玄関ホールもLDKも床材は統一。同素材・同色のタイルを張り、空間の繋がりに連続性をもたせている。LDKの天井は合板仕上げ

    建物内の西側から東側(玄関側)を見る。玄関ホールもLDKも床材は統一。同素材・同色のタイルを張り、空間の繋がりに連続性をもたせている。LDKの天井は合板仕上げ

シンプルで無駄のないコンパクトな設計
家事や仕事の動線にもフレキシブルに対応

外玄関を潜り前庭に足を踏み入れると、かなり明るいことに気付く。側壁に設けられた開口に加え、天窓もあるためだ。光や風、そして雨も入ってくる“外”なのだが、同時に“内”となる曖昧な空間。外玄関を閉めると、内玄関やキッチンに面した窓を開けっ放しできるのもポイントだ。「お施主さんは、普段は窓を全開にして住まわれているようです。外玄関を閉めてしまえば、防犯の面でも安心ですし」と。

居住空間へつながる引き違い戸の内玄関を開くと、正面にスケルトンの階段が目に入る。木の踏み板とアイアンで構成され、シンプルで軽やかな印象だ。玄関ホールの左手にはご主人のワーキングスペース。右側にLDKがつながっている。

LDKは約15.4帖。南側壁面の全面が中庭に面したガラス窓となっている。「LDKとしてはそれほど広くはないのですが、中庭を含めてリビングのような感覚です」。住居内にいても視線が中庭へと続き、実際の面積以上に広く感じる。中庭側の庇は約1500mmと深いので、雨の日でも窓を開けることができ、外干しした洗濯物も濡れないで済む。「庭側の軒下は、雨が降っている時でも濡れないくらい深さがあるので、そんな時でも椅子とテーブルを出して食事をして過ごすことができます」とは、施主のTさま夫妻の声だ。

1階西側に洗面脱衣室、その南側に風呂をレイアウト。洗面脱衣所の北側にはウォークインクローゼットがあり、脱衣・入浴・洗濯・収納という一連の家事動線を考慮した使いやすいレイアウトとなっている。ウォークインクローゼットにはパントリーも設けられ、冷蔵・冷凍の必要がない食材などをストックしておくバックヤード的な使い方もできる。

2階へ上がると、約8.3帖の広々としたホールがある。一部に畳を敷き、第2のリビングとしても使えるという。ホールの窓の外側にちょうど前庭の天窓がくるため、北側にありながら明るい。2階には3つの洋室とウォークインクローゼットを配置。2階トイレもあるので、いちいち1階に降りる必要がないのもうれしい配慮だろう。

中庭にも出入口があるのもポイントのひとつ。中庭には倉庫があり、ご主人の仕事道具などを収めているとのこと。駐車場から直接中庭へ入ることができるので使い勝手がいい。「居住スペースへのアプローチを2つ設けることで、家事や仕事の動線にフレキシブルに対応できるようにしています」と、田中さんは話す。

平面図を見て改めて気付かされたのは、廊下らしい廊下がないこと。「お施主さんのご要望を踏まえたうえで、予算や土地の形状、広さ、家事動線など、さまざまな要素を鑑み、コンパクトな暮らしを提案しました。そのため、単なる移動のためだけの廊下は極力少なくしようと考えました」と、榎本さん。

「house in jonan」が完成し、Tさまファミリーが新しい生活を送るようになってから、うれしい声が届いた。
「周囲の視線や喧騒を気にせず快適に過ごせています」と、Tさま。奥さまは「キッチンのカウンターに座って、窓越しの開口から見える空を眺めながらゆっくり過ごす時間が好きです」とのこと。さらには、お子さまたちからは「我が家が一番かっこいい!」。
周辺環境と程よい距離感で、心地よい関係性を保ちながら、穏やかでおおらかな生活が、ここ「house in jonan」では育まれている━━。
  • 前室に面した北側にキッチンをレイアウト。前室に設けられた開口部は、1階から見るとハイサイドライト、2階から見ると地窓のような位置付け

    前室に面した北側にキッチンをレイアウト。前室に設けられた開口部は、1階から見るとハイサイドライト、2階から見ると地窓のような位置付け

  • 玄関から入って左手には、約6.8帖のご主人の仕事部屋をレイアウト。掃き出し窓から直接中庭に出ることができる

    玄関から入って左手には、約6.8帖のご主人の仕事部屋をレイアウト。掃き出し窓から直接中庭に出ることができる

  • 夜の前室。開口部から切り取られた空の色が、まるで現代アートのような雰囲気を醸している

    夜の前室。開口部から切り取られた空の色が、まるで現代アートのような雰囲気を醸している

  • 日が落ちて、LDKから中庭を望む

    日が落ちて、LDKから中庭を望む

  • 東側から見た夜の「house in jonan」

    東側から見た夜の「house in jonan」

撮影:矢野紀行

基本データ

作品名
house in jonan
所在地
大分県大分市
家族構成
夫婦+子供2人
敷地面積
280.66㎡
延床面積
127.52㎡