あえてのセオリー破りが叶えた
光が降り注ぎ、風が通り抜ける家

南北に長く南北からしか有効な採光が望めない土地においては、南面にリビングなどの主要な部屋を、北側に水回りや個室を置くのが一般的。そんなセオリーを打ち破り、LDKを南北に貫通させるというゾーニングで、光が降り注ぎ風も通り抜ける家をつくったのは、自然環境を巧みに取り入れた家づくりを行う建築家、TAWs DESIGNの田辺さんでした。

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採光が望めるのは南北のみ
長い敷地でどのように光と風を取り込むか?

荒川を越えたらすぐ東京都というアクセスの良さや、豊かな緑、数多くの公園などにより、特に子育て世代にとって「住みよい街」として人気の埼玉県戸田市。家の裏手にあたる南側には、緑豊かな遊歩道が延びるという抜群の立地にY邸がある。この家を手掛けたのは、土地の持つ自然環境を上手に取り込んで、快適な暮らしを実現する建築家、一級建築士事務所TAWs DESIGNの田辺誠史さん。

田辺さんがY邸を手掛けることとなったきっかけは、日ごろから付き合いのある工務店からの紹介。もともとY邸の施工を依頼された工務店が、田辺さんに設計を紹介してきたのだという。一般的な工務店は様々な建築家と仕事を共にする。そんな中で、田辺さんに設計を依頼したということは、田辺さんの設計力、デザイン力、そして仕事のしやすさという点を信頼しているからに他ならない。田辺さんは、プロからも選ばれる建築家だといえる。

こうして始まったY邸の住まいづくり。日ごろから「土地の声を聞く」ことを大切にしている田辺さんは、この土地を見てどのようなことを感じたのだろう。

「敷地の南側には、鉄道の高架が延びていました。しかし、敷地との間に遊歩道があり、抜け感は悪くない。街路樹や生垣の緑も感じられる土地でした。東西には家が建ち並び光が入らない。どうやって家の中に光を採り込むかがカギになると思いました」と田辺さん。

しかもこの土地、遊歩道部分よりも80cmほど低くなっている。そのため直感的に「2階リビングがベストではないか?」と感じたという。

もともとYさんご夫妻の要望は「明るくて、冬暖かく・夏涼しい家」という大前提のほかは、「ロフトがほしい」「キッチン周りにモールテックスを使いたい」「大容量のシューズクローゼットがほしい」という程度で、たくさんの要望があるわけではなかったという。

「私は、要望がない人はいないと思っています」と田辺さん。施主や家族が住まいづくりに対して何も思うことがないのではなく「内なる要望に気づいていない」「要望をうまく表現できない」のだと。だからこそ「内なる思いを探っていく作業を大切にしている」と田辺さんは語る。

そうして思いを引き出し、それに対して解決策を提案、施主とのやり取りを重ね、プランを煮詰めていくのが、田辺流。

今回のY邸においては「2階建ての1階リビング案」「3階建て案」と共に「2階建て2階リビング+ロフト案」の3プランを提案。田辺さんの当初の読みどおり、2階リビング案に落ち着いたという。
  • Y邸の南側には、緑豊かな遊歩道が延びる。約80cm低くい1階は遊歩道の生垣がフェンスの役割。2階のバルコニーの手すりもルーバーとすることで、視線は遮りつつ風は通す。

    Y邸の南側には、緑豊かな遊歩道が延びる。約80cm低くい1階は遊歩道の生垣がフェンスの役割。2階のバルコニーの手すりもルーバーとすることで、視線は遮りつつ風は通す。

  • グレーのジョリパットで落ち着いた外観のY邸。片流れの屋根とすることで、ロフトスペースを生み出し、採光・通風用の高窓も設置できた。

    グレーのジョリパットで落ち着いた外観のY邸。片流れの屋根とすることで、ロフトスペースを生み出し、採光・通風用の高窓も設置できた。

  • 開放的なリビングは、セオリー破りの南北に延びるゾーニング。ロフトや高窓によって、光が降り注ぎ、風が通り抜けるLDKとなった。

    開放的なリビングは、セオリー破りの南北に延びるゾーニング。ロフトや高窓によって、光が降り注ぎ、風が通り抜けるLDKとなった。

リビングを南北に延ばしたゾーニングで
光も風も、家族の絆も

では出来上がったY邸を見ていこう。Y邸の外観は、落ち着きのあるグレーのジョリパット仕上げ。片流れの屋根とすることで、ロフトスペースを確保するとともに、採光・通風のための窓の設置を可能とした。

邸内に入ると、玄関脇にはご主人のスニーカーのコレクションを収納できる、大容量のシューズクローゼット。廊下を進んだ奥、南側に寝室とワークスペース。眼前には生垣の緑が広がり、とても気持ちの良い空間。1階は南側に居室、続いて洗面浴室・納戸、北側には玄関という配置で、光差す南にメインの部屋、北側に水回りという、いわばセオリーに準じたゾーニングだ。

2階へと上ると、そのゾーニングが一変する。階段を上った先に広がるのが、南北に延びるLDK。そして階段の脇には、子供たちのスタディスペースと、南北の端に子供部屋が配置されている。その上部は大きなロフトにもなっている。このゾーニング、セオリーどおりであるならば、南にLDK、北に子供部屋を並べるところ、田辺さんは90度回転させた配置とした。

南北にリビングが長いと、せっかくの南からの光が、リビングの奥まで届かないのでは?と思うかもしれないが、心配ご無用。バルコニーからの光だけでなく、天井付近の高窓からの光、さらにはロフト側からも光が下りてくる。北側にも同様の窓があり、想像以上に明るく開放的な空間となっているのだ。

「ロフトを設け2階3層の構造としています。こうすることで、光はもちろんですが、高窓で重力換気できます」と田辺さん。

田辺さんの柔軟な発想による「セオリー破り」のゾーニングが、光が降り注ぎ、風が通り抜ける快適な家を実現した。

Yさんも「住んでみて、想像以上にエアコンを使わず快適に過ごすことができている」とコメントを寄せてくれた。

このゾーニングには、さらなるメリットももたらした。それはキッチンの配置。セオリー通りであれば、キッチンの裏手に子供部屋となってしまうが、田辺さんのプランだと、キッチンが2階の中心近くに位置する。キッチンにいる奥様の視線の先には常に、リビングはもちろん、南北の子供部屋やスタディーコーナーにいる子供たちの様子が見える。さらにはロフトにいるときですら、その存在を感じ取ることができる。まさにこの家の司令塔ともいえる場所に、キッチンを置くことができたのだ。

このゾーニングは、採光・通風という家の快適性だけでなく、家族の絆も育んだ。田辺さんのアイデア力には驚かされる。

田辺さんは、住まいづくりにおいて「環境」「家族」「思い」という3つの要素を複合的に考えプランニングを行っているという。「環境」とは、その土地の形状、光や風、寒暖など。「家族」とは、家に住む人の構成や関係性、性格など。「思い」とは、新居で叶えたいことやほしい設備などを指すという。

「この土地がもっと細長かったら、別な方法で採光を考えたかもしれませんし、住む人が違っても今とは別のゾーニングになっていたと思います」と田辺さん。

田辺さんはこれからも、施主それぞれに応じた究極の1点モノの住まいをつくりだしていく。
  • リビングの北側もいくつも設けられた窓からの光で驚くほど明るい。

    リビングの北側もいくつも設けられた窓からの光で驚くほど明るい。

  • 奥様がキッチンに立っていても、両サイドの子供部屋、スタディーコーナー、ロフトに眼が届くゾーニング。

    奥様がキッチンに立っていても、両サイドの子供部屋、スタディーコーナー、ロフトに眼が届くゾーニング。

  • 奥様こだわりのキッチンは、回遊できるアイランド型で、モールテックス塗り。

    奥様こだわりのキッチンは、回遊できるアイランド型で、モールテックス塗り。

  • 子供部屋からはしごで上るロフトは、7畳以上もある広さ。子供の遊び場・収納としての役割はもちろん、光や風の通り道でもある。

    子供部屋からはしごで上るロフトは、7畳以上もある広さ。子供の遊び場・収納としての役割はもちろん、光や風の通り道でもある。

  • 南北に対称に設けた子供部屋。上部がロフトへの吹き抜けで光も降り注ぐ快適空間。

    南北に対称に設けた子供部屋。上部がロフトへの吹き抜けで光も降り注ぐ快適空間。

撮影:吉田 誠

間取り図

  • 平面図_01

  • 平面図_02

  • 平面図_03

  • 断面図_01

  • 断面図_02

  • 断面図_03

  • 断面図_04

  • 断面図_05

  • 断面図_06

基本データ

作品名
光が注ぎ風が通る住まい
施主
Y邸
所在地
埼玉県戸田市
家族構成
夫婦+子供2人
間取り
4LDK+ロフト
敷地面積
106.78㎡
延床面積
122.02㎡
予 算
4000万円台