平屋が浮いた!
地面につけないメリットが、こんなにあるの?!

長年、住んだ場所を離れたくないと、地元の昭島市に見つけた土地はすぐ真横まで隣の家が迫った商業地。それでも、明るい平屋に住みたいという要望に、建築家の小林進一さんは平屋をそのまま持ち上げてしまうという大胆な発想で応えました。

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地面に接しない平屋、という発想が明るさと風通しを生んだ

「住み慣れたところを離れたくない」と、住まいの近くに家を建てる場所を探していた建築家の小林さんのご両親。小林さんは「もっと都心の方がいいよ」と薦めたが、親しくしている人も多い昭島に終の住処を定めることにした。

 近くに見つかった土地は建物が混み合った商業地域にあり、すぐ横まで隣家がせまっていた。「明るい平屋に住みたい」というご両親の希望を叶えるには、隣の家と距離をとり中庭をつくって光をとりこむのがいいだろうと小林さんは考えた。ところが、それでも周囲の建物の影になって、明るいというには至らない。そこで、小林さんが考えたのは平屋を浮かせてしまおうということだった。


「もともと、ベースの地盤が道路よりも1mほど高くなっている土地でしたから、少し浮かせれば2階建てぐらいの高さになるんです。持ち上げることで明るさを補えるほか、いくつかのメリットがありました」と小林さんは説明する。

 道路側の少し低くなった部分に車が置けることがまずひとつ。建物を浮かせたことで中庭に下からも空気が入り、風通しが良くなるという利点もあった。また、通行人の視線よりも高い位置にくるため道路側にリビングを持ってくることもできる。「昭島市は都内でも数少ない、地下水を水源としている地域です。一義的な目的ではありませんが、雨水が浸透する地表面を残すことで、水の循環に多少なりとも貢献できるという側面もありました」。

 建物を浮かせることで、中庭をつくるだけでは足りなかった明るさが確保され、風通しやプライバシーなど、さまざまなメリットが得られた。通常なら必要のない床の部分まで断熱をしなければならずコストはあがったが、それを上回るだけの良さがあった。

 工事が始まって下の部分ができてくると、小林さんは道路に面したLDKの角からは、遠くまで見渡せて、見晴らしのいい場所であることに気付いた。そこで、元々の設計にはなかったが、急遽、窓をつけることにした。ローカウンターをつけ、椅子を置いて外を眺められるようにした窓辺の席は、今ではお父さんの指定席になっている。「時間はあるので、よくここに座って外を眺めています」と小林さん。建物を持ち上げたことで、お父さんのお気に入りの場所もできた。


「明るい平屋に住みたい」というご両親の希望をもとに、平屋を浮かせるという大胆な発想の設計をした小林さん。ご両親にとっては見慣れた家と大きく印象が異なっており、どんな反応をするだろうと緊張感をもって見守ったが「思ったより抵抗なく受け入れてくれた」という。

「面白いこともあって」と、話してくれる小林さん。「近所の方には珍しかったようで、母が下で掃除をしていると話しかけられることもあると言ってました。犬の散歩中に『何犬ですか』と話が始まるように、『この建物は何ですか? 前から気になっていて』と言われるそうです」。地面から浮かせた明るい平屋は、ご近所の何気ない会話を生み出す効果まであったようだ。
  • 中庭に面した大きな窓や天窓から光をいっぱいにとりいれたLDK。室内も中庭の壁もまっ白で、より明るく感じさせる

    中庭に面した大きな窓や天窓から光をいっぱいにとりいれたLDK。室内も中庭の壁もまっ白で、より明るく感じさせる

  • 黒で統一した配管や構造の丸い柱が並ぶ不思議な空間。その中央には、ここからは家だと主張するように門扉が立っている

    黒で統一した配管や構造の丸い柱が並ぶ不思議な空間。その中央には、ここからは家だと主張するように門扉が立っている

  • キッチンからダイニングの方を見て。仕切りがなく、広々と感じられる

    キッチンからダイニングの方を見て。仕切りがなく、広々と感じられる

オリジナルの障子や置き畳、長年親しんだ和の要素もふんだん

地面から浮いた特徴的な外観の家には、中庭から階段を上がって玄関に入る。中庭を囲む部屋はどこも、白い壁のモダンなインテリアだ。それでも、窓にはカーテン、冬にはコタツで過ごしてきたご両親は、同じ暮らしかたを維持したくなるだろうと考えた小林さん。新しい家にもこれまでの感覚で住んでもらえるよう、細部にも工夫をした。

「リビングには最初、畳を敷きたいという話がありました。決して広くはないスペースのなかで、用途が限られてしまう畳を敷いてしまうのはどうだろうと考えて。半畳敷きの置き畳を薦めました。冬は畳を敷いてコタツを置いていますが、夏は畳をしまって広く使えます」と小林さん。

 大きな窓にはあらかじめ、障子をとりつけた。ランダムに桟を並べたストライプの障子は、この部屋の雰囲気に合わせて小林さんがデザインしたオリジナルの障子。ふんわりと優しく光を通す障子は、破れにくい和紙を使ったり、太鼓張りにして断熱効果や防音効果も持たせたりと機能性にも富んでいる。
お母さまが嫁入り道具で持ってきたタンスも部屋に合わないと理由で処分するわけにはいかない。寝室にタンスがすっぽり入る押し入れをつくり、活用してもらうようにした。

 ご両親が新しい家にすんなり馴染めたことは、こうした配慮があったことも無縁ではないだろう。

【小林進一さん コメント】
突き当たりがあると狭く感じるので、グルっと回れて行き止まりのないかたちにした。洗面から浴室、キッチンまで水周りの動線も良い。物干の風通りの良さには中庭の窓が一役買っている。建物を浮かせたことで床まで断熱が必要になりコストはあがったが、それ以上にいくつものメリットがあった。
  • LDKの大きな窓には、Kさんがデザインして建具屋さんにつくってもらった障子。鋸目の入った、ザラッとした風合いの床材は足触りが良く、ご両親も気に入っている

    LDKの大きな窓には、Kさんがデザインして建具屋さんにつくってもらった障子。鋸目の入った、ザラッとした風合いの床材は足触りが良く、ご両親も気に入っている

撮影:Kanta Ushio

基本データ

施主
K邸
所在地
東京都昭島市
家族構成
夫婦
敷地面積
146.32㎡
延床面積
89.01㎡
予 算
3000万円台