バルコニーに配置した耐力壁が生み出す
デザインと快適な居住性の可能性

神奈川県相模原市の住宅地に、ひと際目を惹く集合住宅「東林間のアパート [CASA FORESTA]」があります。個性的な市松模様のファサードも印象的なこの建物を設計したのは、KOKO+ inc.の代表で一級建築士の小林 宏輔さん。このユニークな建物が誕生した経緯や思いなどを伺ってみました。

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集合住宅の収益性を確保するため
意匠により周辺物件と差別化を図る

現在、「東林間のアパート [CASA FORESTA]」が建っている場所は、小林さんのお祖父さまが所有していた土地。お祖父さまはすでに現役を引退されていて、古い空き家が残っていた土地を何とかしたいとの相談を請けプロジェクトがはじまった。

「祖父の第一の希望は収益性の確保。最寄り駅から徒歩約3分という好立地でしたが、周りにある同じようなアパートといかに差別化し、入居率及び収益性をどう確保するか、という視点からスタートしました。不動産コンサルティングの会社にも入っていただき、打ち合わせを重ねながら方向性を固めていきました」と小林さん。
 
 集合住宅をプランニングするにあたり、いくつかの課題をクリアする必要があった。まずはオーナー(祖父)がすでにリタイアしていたので、事業としての融資可能額は決まっていたということ。その限られた予算のなかで、事業収支が継続的にプラスを見込めるものを求められた。駅近だったが、東京都心部から1時間程度の郊外ゆえ、相場から期待できる賃料は大きくはない。部屋数を増やすためにも、敷地に対してフルボリュームの建物を建てることがプランニングのベースとなった。また、RCだと融資可能額や収支が合わないため、フィージビリティの観点から木造2階建てという条件が加わった。

 「周辺には意匠的な工夫がなされている物件が少なかったので、長期的に差別化が見込めるように、デザインに注力することも求められました。バルコニーを使って魅力的な建築物にしたいという考えは、意匠設計者としてぼんやりと頭の中にありました。ただ、具体的な姿は見えていなかったですね」と、小林さんはプランニング当初のことを振り返る。

 個性的な市松模様のファサードは、構造設計者からのアドバイスがきっかけだったという。「前面道路が南に面した土地でしたので、構造設計者から『耐力壁を前面に出して、その耐力壁をデザインするのも手だよ』という提案をいただき、一気に前進した感じですね。バルコニーの外側を耐力壁とすることで、デザイン的にも周りのアパートとの差別化を図れたと同時に、バルコニーに面した壁一面を窓にするで、明るい開放的な室内環境もつくることができました」と小林さん。
 
 「戸建住宅と集合住宅は、建物を建てる目的が大きく異なります。戸建住宅は発注者がそこに住むことを前提としているのに対し、集合住宅は必ずしもそうではありません。戸建住宅はクライアントの嗜好が強く反映された意匠になるはずですが、集合住宅はその多くが設計者に委ねられ、デザイナーズマンションとしての価値を高める意匠を検討する必要があります」と話すとおり、「東林間のアパート [CASA FORESTA]」は、小林さんの建築設計士としてのアイデアと意匠が色濃く反映されているといえよう。
  • バルコニーに特殊な構造の耐力壁を配置。構造木材で格子を組み、耐力壁として成立させるために構造用合板をはめている。採光と目隠しを兼ねた磨りガラス畳のポリカーボネイト板も使用 

    バルコニーに特殊な構造の耐力壁を配置。構造木材で格子を組み、耐力壁として成立させるために構造用合板をはめている。採光と目隠しを兼ねた磨りガラス畳のポリカーボネイト板も使用 

  • 耐力壁が一般的なアパートとは異なる外観上の特徴をつくり出すと同時に、その分、室内側の外壁面をすべてガラス張りにすることで、明るく快適な室内空間をも実現している

    耐力壁が一般的なアパートとは異なる外観上の特徴をつくり出すと同時に、その分、室内側の外壁面をすべてガラス張りにすることで、明るく快適な室内空間をも実現している

  • 左の白い壁部分が水回り、グレー部分が居住空間となっている。室内空間の高さを変えるため、結果的に差し掛け屋根の採用になったという

    左の白い壁部分が水回り、グレー部分が居住空間となっている。室内空間の高さを変えるため、結果的に差し掛け屋根の採用になったという

  • 1階の居間。バルコニー側の壁全面がガラス窓になっていて、非常に明るい空間を実現している

    1階の居間。バルコニー側の壁全面がガラス窓になっていて、非常に明るい空間を実現している

土地に根を下ろし、風景の一部となる
次世代に受け継がれる建築を目指して

外観も個性的なら、室内も輪をかけてユニークだ。建物北側の玄関を入るとまず廊下があり、その並びに洗面や風呂、トイレといった水回りをコンパクトにレイアウト。天井高はおよそ2100mmと低く抑えられている。これにも狙いがある。廊下の先にある扉を開けるとその狙いに気付くはずだ。扉の向こう側に足を踏み入れると、天井の高い開放的な空間が現れる。バルコニー側の壁一面には大きな窓が設けられ驚くほど明るい。低から高、陰から陽、そのギャップがすこぶる面白い。 

「1階の天井高は3300mほどです。これは居住空間の快適性を実現すると同時に、耐火・防煙性能をクリアするという目的もあります。平均天井高が3m以上あれば天井に木材を使えるので、1階も2階も現し天井にすることができました。コンサルティング会社から要望があったロフト(1階)を確保する必要もありましたし」と小林さん。ロフト上の空間は高さが約1200mmあり、寝室としてはもちろん、第2リビングとしても使えそうだ。

1階5室はロフト付きのワンルーム仕様で単身者向け。2階はLDKプラス個室のある間取りで、夫婦や若いファミリーもターゲット層に想定したレイアウトとなっている。2階は廊下からLDKへ3段のステップを介する。つまり、水回り側とLDKの床レベルが異なり、水回り側がステップ3段分だけ低くなったスキップフロアのような構造となっている。高さの差をつくることで縦方向に変化が生まれ、空間的な広がりをより感じられる効果がある。

キッチンの上部には差し掛け屋根の形状を活かしハイサイドライトを採用。「差し掛け屋根の段差部分をすべてハイサイドライトとする案もあったのですが、あえてキッチン上だけに留めました。結果として室内に陰影が生まれ、いい感じになったと思います」と小林さん。屋根勾配そのままの現し天井と相まって、光と陰の美しいコントラストが日々の暮らしにささやかな潤いをもたらしている。2階も1階同様、バルコニー側はすべて窓が設けられ明るく開放的。バルコニーの隣室との仕切りにも半透明のポリカーボネイトを採用し、明るさにとことんこだわったという。

「建築物をつくる過程には、さまざまな要素が点在しています。予算やクライアントの意向はもちろんのこと、長い間その土地に根を下ろすことになりますから、まずは光や風などの環境条件や敷地が持つポテンシャルを引き出して、心地よい空間をつくることを考えます。一方で、大小に関わらず風景の一部になるという意味で、公益性に資する必要もあります。また、プロポーションを含む建築の幾何学には、古典から現代に至るまで通底した美学があるので、その考え方を大切にしています。建築設計とは、それらの諸要素を整理し統合するためのエンジニアリングだと考えています」と小林さん。

また「賃貸集合住宅では入居者が変わる可能性もありますし、デザインだけでなく居住環境を選択できるような空間づくりが大切。機能面は10年・20年後には時代遅れになってしまいます。しかしそれ以外の部分、とくにで抜かりのない意匠を実現することは、資産を次世代に受け渡すうえで有効な手段だと考えています」とも。
「東林間のアパート [CASA FORESTA]」が竣工したのは2022年3月のこと。建てられてまだ間もないこの建物が風景に溶け込み、その一部となり、やがてこの町になくてはならない“アイコン”となる日もそう遠くない。個人的にはそう思う。
  • 1階居間をバルコニー側から見る。室内の天井高は約3300m、ロフト上部も約1200mmの高さを確保。ロフト面積は約5.4㎡と広々

    1階居間をバルコニー側から見る。室内の天井高は約3300m、ロフト上部も約1200mmの高さを確保。ロフト面積は約5.4㎡と広々

  • 2階の共用廊下。あえて壁を作らずミニマムなデザイン。雨を防ぐため軒の出を1200mm確保している

    2階の共用廊下。あえて壁を作らずミニマムなデザイン。雨を防ぐため軒の出を1200mm確保している

  • 2階廊下部分。水回りはこの廊下横にまとめている。玄関を開けると、隣家の庭に植えられた緑が借景となる

    2階廊下部分。水回りはこの廊下横にまとめている。玄関を開けると、隣家の庭に植えられた緑が借景となる

  • 水回りのある廊下から3ステップ上がった間取りとなる2階のLDK。高さの違いが上下の空間的な広がりも演出

    水回りのある廊下から3ステップ上がった間取りとなる2階のLDK。高さの違いが上下の空間的な広がりも演出

基本データ

作品名
東林間のアパート [CASA FORESTA]
所在地
神奈川県相模原市
敷地面積
26.66㎡㎡
延床面積
282.72㎡㎡