建物が看板の代わりに
歯科医院のイメージが変わる安らぎ空間

皆さんは歯科医院にどんなイメージを持っていますか?「緊張する」「痛そう」「ちょっと怖い」といったネガティブな感情をもつ方も多いことでしょう。そんな歯科医院のイメージを覆す「木の温もりに包まれた空間で、庭の景色を見ながら治療を受ける」歯科医院を作ったのは、関西を中心に様々なジャンルの建物を手掛けるYYAの吉野さんでした。

この建築家に
相談する・
わせる
(無料です)

木の温もりと庭の景色で
患者さんがリラックスできる空間に

和歌山県第二の都市田辺市。この街にオープンして間もないのに、多くの患者が訪れる評判のよい歯科医院がある。患者さんから「居心地がよく落ち着く」「素敵な建物だ」と言われることも多いという建物を作ったのは、これまで関西を中心に、住宅、店舗、オフィス、公共施設など、大小様々なジャンルの建物の設計に携わってきた、YYAの吉野さん。

施主のTさんご夫妻は共に歯科医師。芦屋と神戸元町でそれぞれ歯科医院を営まれていたものの、奥様のご実家に近い和歌山県で新たに歯科医院を開くことを決断された。

その建物の設計を依頼したのが、夫婦共に学生時代から約20年に渡り付き合いのあった建築家の吉野さんだった。歯科医師と建築家というジャンルは違えどお互いの仕事ぶりをリスペクトする間柄。

依頼を受けた吉野さんは、Tさんと共に和歌山県に足を運び候補地選びをスタート。いくつかの土地を巡った中出会ったのが、近くに公園や総合病院もある住宅地で、人目につきやすい場所にあったこの土地。2階からは、太平洋や夏の花火も望めるという、自然環境も豊かな場所だった。

設計にあたり、Tさんが吉野さんに求めたことは、歯科医院として必要な要素を満たす以外は「患者さんが通いやすい歯科医院」であることだったという。

では、吉野さんはどのようにTさんの期待に応えたのだろう。
「まず初めに考えたのは『病院っぽくない建物にしよう』ということでした。私自身が、歯医者の密室感といったものが苦手なので、リラックスできる空間にしようと思いました」と吉野さん。

それを実現する方法として思いついたのが「庭の景色を見せる」というアイデア。診察台の先に大きな窓を設け、植栽の景色を見ながら診察を受けられるのだ。さらに、リラックスできるよう、室内の壁や柱、天井は構造の木材を現しとし、木に包まれるかのような柔らかい空間とする。外壁も同様に国産杉を使うことで、病院や歯科医院にありがちな「白」「無機質」といったイメージを覆すデザインを考えた。

診察室も、あえて一直線上に並べるのではなく、部屋同士の間隔を広くとった上で、半部屋分ずらし、部屋の区切りは、壁ではなく紀州産杉のルーバーとすることで、適度に光を院内に導きつつも、プライバシーは確保するというプランを提案した。

「建物のデザインありきで、その中に診察室を配置したのではなく、患者さんに心地よく診療を受けてもらえることを一番に考えた上で建物のデザインを考えていきました」と吉野さん。

この吉野さんのプランにTさんも「おもしろい!」とコメント。こうして、日本中探してもここにしかない歯科医院が誕生した。
  • 付近には大きな病院もあり、道路からも入りやすい好立地のクリニック。2階からは太平洋も見ることができるという

    付近には大きな病院もあり、道路からも入りやすい好立地のクリニック。2階からは太平洋も見ることができるという

  • 診察室は直線上に並べるのではなく、半室分ずらすことにより、プライバシーに配慮するとともに、正面だけでなく横からも景色を楽しめる

    診察室は直線上に並べるのではなく、半室分ずらすことにより、プライバシーに配慮するとともに、正面だけでなく横からも景色を楽しめる

  • アプローチの先には、待合室が見える。中の様子がわかるため、不安が少ない

    アプローチの先には、待合室が見える。中の様子がわかるため、不安が少ない

  • 建物の裏手は、診察室が並ぶ。2階はプライバシーに配慮し、セットバックすることで裏側の道路からの距離をとった

    建物の裏手は、診察室が並ぶ。2階はプライバシーに配慮し、セットバックすることで裏側の道路からの距離をとった

内覧会から予約が殺到
建物が看板の代わりに

それでは、吉野さんが作った歯科医院を見ていこう。

この建物は、現在は1階が歯科医院、2階はTさんご家族の住居となっている。実はこの2階は、いずれ歯科医院を拡張することを前提としてつくられているという。「配管を仕込んでいたり、内階段の位置も決めてあります。1階で営業を続けながら、2階の工事が可能なように床も二重構造としています」と吉野さん。

樹々が生い茂るアプローチを進み、クリニックのエントランスへ進んでいくと、明るい待合室が見えてくる。歯科医院の多くは、待合室は外からは見えにくい。なんとなく不安を覚えてしまうこともあるが、ここはオープンになっているため、心理的に安心して院内に入ることができるだろう。

待合スペースは、明るく開放的。木のぬくもりに包まれた室内と、庭の景色も楽しめるため、リラックスして診察を待つことができる。中央の目の届きやすいところに、キッズスペースがあるので、子連れでも安心して通えるだろう。

そしてやはり何と言っても、一番心地よい場所は診察室だ。診察台に座ると、目の前に庭の樹々が見えてくる。ここに植えられている樹々は、和歌山県に自生しているものが中心。造園家と吉野さんそしてTさんご夫妻で樹種を選定。それぞれの部屋に違った植物を植えたのだという。訪れる度に違った植物、四季折々で違った表情を楽しめるのだ。

木に包まれた柔らかい空間で、庭の景色を楽しみながらリラックスした状態で診察を受けられる。この環境は、治療に伴う痛みすら和らげてくれるに違いない。

こうして誕生したクリニックは、オープン前の内覧会の段階で多くの来訪者があり、そのほとんどが診察予約を行っていったという。

これは言い換えれば、建物が看板の役割を担ったということ。吉野さんの建築の力は、人々をも魅了するのだ。

「開院する前は、固定概念にとらわれない建物で患者さんに受け入れてもらえるか不安もあった」とTさんは語る。しかし蓋を開けてみると、多くの患者さんが訪れ、「通いやすい」「居心地が良く落ち着く」「素敵な建物だ」と、嬉しい声が寄せられているという。

Tさんは「新しいスタイルの歯科医院を作ることができ、最高のスタートを切ることができた」と感謝のコメントを寄せてくれた。

この大満足の結果には、吉野さんの仕事のスタイルが多いに関係している。吉野さんは、仕事をする際、徹底的に施主に寄り添う姿勢を大切にしている。Tさんとも散歩や山登りを一緒にしながら、ブレストや開業の思いを話したという。それは、他の施主でも同様に、じっくりと対話を重ね、時には食事を共にするなどして関係性を築いていくという。そうすることで、本当に叶えたいことを捉えるのだ。

また、吉野さんは「フラットに考える」ということも大切にされているという。これまでのセオリーや常識といった固定概念を取り払い、本質を追求して考える。そうすると、今までになかったようなアイデアが生まれる。

吉野さんは、これまで住宅や店舗、公共施設といった様々なジャンル、木造から鉄骨造まで様々な材質の建物を経験してきたという。

豊富な経験と類まれなるアイデアを持った上で、しっかりと下ごしらえをするからこそ、施主の思いを実現し、期待以上の建物を作り上げられるのだ。

吉野さんは、次はどんな建物で、あっと驚かせてくれることだろう。
  • 診察室の仕切りは、紀州産杉を使ったルーバーに。適度にプライバシーを確保しつつ、室内に光を導く

    診察室の仕切りは、紀州産杉を使ったルーバーに。適度にプライバシーを確保しつつ、室内に光を導く

  • 視線の先に、庭の樹々が見える開放的な診察室。四季折々違った表情を見せる木を見ながらリラックスして治療を受けられる

    視線の先に、庭の樹々が見える開放的な診察室。四季折々違った表情を見せる木を見ながらリラックスして治療を受けられる

  • 2階の現住居スペースは、シンプルな1ルーム仕様。将来クリニックを拡張する予定のため、配管も施工済み。営業しながらの工事にも耐えられるよう二重床にもしてあるという

    2階の現住居スペースは、シンプルな1ルーム仕様。将来クリニックを拡張する予定のため、配管も施工済み。営業しながらの工事にも耐えられるよう二重床にもしてあるという

  • 夜になると室内からの光が建物をぼんやりと照らし、行灯のような雰囲気に

    夜になると室内からの光が建物をぼんやりと照らし、行灯のような雰囲気に

  • 明るく、木のぬくもりに包まれる待合室。庭の景色も眺められ、リラックスして診察を待つことができる

    明るく、木のぬくもりに包まれる待合室。庭の景色も眺められ、リラックスして診察を待つことができる

  • 建物の裏手は、診察室が並ぶ。2階はプライバシーに配慮し、セットバックすることで裏側の道路からの距離をとった

    建物の裏手は、診察室が並ぶ。2階はプライバシーに配慮し、セットバックすることで裏側の道路からの距離をとった

撮影:太田拓実

間取り図

  • 1階フロア

  • 2階フロア

基本データ

作品名
森の歯科
施主
T様
所在地
和歌山県田辺市
家族構成
夫婦+子供2人
敷地面積
323.96㎡
延床面積
180.10㎡