高低差のある土地をあえて活かす
設計の力で、ウイークポイントを強みに

高低差のある土地に住宅を建てる際は、切土や盛土で整形するのが一般的。しかし、あえて土地の形状を活かし、高低差を室内で解消するという方法で見事に難問を解決したのは、中尾英己建築設計事務所の中尾さんと重盛さんでした。

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高低差という土地のウイークポイントも個性
設計の力で魅力ある空間に

神奈川県川崎市の住宅地にK邸はあった。土地の上にぽんと箱を置いたかのような陸屋根のシンプルな外観をもつこの家は、その外見とは裏腹に、複雑かつ計算され尽くした構造をもつ家なのだ。

この家をつくったのは、中尾英己建築設計事務所の中尾さんと重盛さん。中尾英己建築設計事務所のモットーは「シンプルにつくりこむ」だというが、この家はまさにそれを具現化した代表例といえるだろう。

実はこの家が建っている土地は、高低差がある土地。東西2方向道路で、約1.6メートルの高低差があり、さらに南北方向にも傾斜があった。通常こういった高低差のある土地の場合、切土で土地のレベルを下げるか、盛土や擁壁で高くする、地下部分を車庫にするなどで、土地を平坦に整形した上に家を建てるのが一般的だ。実際、ハウスメーカーが手掛ける物件では、そういうものが多い。

しかし、中尾さん・重盛さんは、K邸の土地の形状をあえてそのまま生かすという方針をとった。
「私たちは、それぞれの土地に合った設計をすることを大切にしています。ウイークポイントとも思える高低差も、その土地の個性なのです。弱点があれば、それをいかに設計の力で解決できるかが腕の見せ所です」と中尾さん。

悩んだ末に導き出されたのが、高低差を室内の床のレベル差で解消するというアイデア。一見、シンプルな箱型に見えるこの家は、実は地中の基礎の部分はゾーンによって高さが違っているのだ。
  • 裏側も傾斜のある土地。外壁の一部を張り出させ、光や風の通り道として細長の窓を設けた。

    裏側も傾斜のある土地。外壁の一部を張り出させ、光や風の通り道として細長の窓を設けた。

  • 正面も右に向かって傾斜していることがわかる。エントランスから数段上った先に玄関がある

    正面も右に向かって傾斜していることがわかる。エントランスから数段上った先に玄関がある

ゾーンごとの数段の階段が
気づかぬうちに室内を回遊

では、実際にどのように高低差を解消したのか見ていこう。K邸の土地の一番低いところは、エントランスを兼ねた正面左側のガレージスペース。2段ほど階段を上った先には、中庭が。その中庭を回り込むように玄関があり、2段上ってキッチンスペースへ。

その先にあるリビングダイニングスペースはさらに1段分高くなっている。これは、段差の解消はもとより、キッチンと一体となったダイニングテーブルとの高さ調整でもある。立って使うキッチンと、座って使うダイニングテーブルは、本来適正な高さが違う。床の高さを1段分変えることで、どちらも快適に使用できるようにするというアイデアでもあるのだ。

中庭を回り込むようにして広がるリビングの先には、さらに2段ほど階段を上り、洗面や浴室といった水回りのスペースを設けた。こうして1階の端ともいえる浴室は、いつのまにかガレージスペースよりも半階分高いところに位置するようになった。こうなったことで、本来、道路側に浴室を設けることはプライバシー的にはばかられることも多いが、高い位置にあることやさらに目隠し塀を設けていることで、人目を気にすることなく換気用の窓を設置できるようになった。

さらに数段上った先、ガレージスペース上には、ロフトつきのファミリークローゼット。2手に分かれて数段上った先には、2階にあたる子供部屋と寝室が設けられている。

室内の床のレベル差で高低差を解消するというアイデアは、実は他にもメリットがあった。
「半階分、地中に埋まっている部分があるので、斜線規制にかからずに施主のリクエストである陸屋根を実現できました。また、断熱という面でも効果が大きいんです」と重盛さん。

弱点とも思えた土地の高低差という個性が、強みに変わったのだ。
  • 5.5mもの長さのあるダイニング一体型の特注キッチン。ダイニングスペースは1段高くなっており、キッチンの立つ位置とダイニングの座る位置を、絶妙に調整している

    5.5mもの長さのあるダイニング一体型の特注キッチン。ダイニングスペースは1段高くなっており、キッチンの立つ位置とダイニングの座る位置を、絶妙に調整している

  • 洗面所は洗濯コーナーも兼ね、物干し場ともなるテラスへの扉やタオルウォーマーを設置した

    洗面所は洗濯コーナーも兼ね、物干し場ともなるテラスへの扉やタオルウォーマーを設置した

  • 吹き抜けのあるLDKは、中庭や高窓からの光が反射し、明るく開放的な空間。階段を2段上った先は洗面所とお風呂場

    吹き抜けのあるLDKは、中庭や高窓からの光が反射し、明るく開放的な空間。階段を2段上った先は洗面所とお風呂場

中庭と吹き抜けが開放感と
家族の一体感をもたらす

室内で土地の高低差を解消するというアイデアを実現するのに大きく役立っているのが、中央の中庭だ。

Kさんご夫妻の最初の要望としてあったのが、「皆が集まれるLDK」と、「玄関から必ずLDKを通って各部屋に行くという動線」という家族の一体感を大切にしたいという思い。

設計にとりかかった重盛さんは、高低差の解消と動線を両立させる階段の位置や段数などに悩んでいた。そんなときに、中庭を設け、ぐるりと回遊しながら上っていくというアイデアを伝えたのが、中尾さんだったのだという。

中尾英己建築設計事務所では、どの案件においても師匠である中尾さんの1人の考えだけでなく、スタッフ全員でアイデアや意見を出し合うスタディーという作業を欠かさない。中尾さんが培ってきた経験と実績から導き出されるアイデア、若いスタッフのフレッシュなアイデアが融合したプランを提案するのだという。こうするからこそ、施主の要望に叶う満足度の高い建物が実現するのだ。

この中庭というアイデアは、高低差の解消や、家族の動線問題の解決だけでなく、室内に明るさや通風をもたらすことにも大いに役立っている。K邸では、プライバシーに配慮し、外に面した窓は少なめな設計。しかし、中庭があることで室内に光が降り注ぎ、驚くほどに明るい開放的な空間になっている。さらに、キッチンで作業していながら、帰宅する家族がわかるというメリットもあるのだ。

実はKさん、このプランの図面を最初に見た時には、「この家の素晴らしさが理解できなかった」という。素人が、ぱっと見ただけではわからないほど、このプランは複雑、かつ緻密に練り込まれたものなのだ。

またきっと、この家を外から見た人、訪れた人も「素敵な家」「開放的な家」だとは感じても、実はこの家が、高低差を上手に解消している複雑な設計であることはわからないだろう。

それでもいいのだ。住まう人の要望が叶い、健やかに暮らせることが何よりも重要なのだから。

中尾英己建築設計事務所は、これからもシンプルにつくりこんでいく。
  • 子供部屋は、1つの大きな空間を扉で仕切る形に。窓や中庭からの光が入り明るい

    子供部屋は、1つの大きな空間を扉で仕切る形に。窓や中庭からの光が入り明るい

  • 吹き抜けは子供部屋とつながり、1階にいても2階の様子が感じられる工夫も

    吹き抜けは子供部屋とつながり、1階にいても2階の様子が感じられる工夫も

  • 中庭を通じて、キッチンからエントランスが見える。炊事をしながら家族の帰宅もわかる

    中庭を通じて、キッチンからエントランスが見える。炊事をしながら家族の帰宅もわかる

  • 土地の上に箱を載せたような、シンプルな陸屋根のK邸。実は中は複雑な設計。

    土地の上に箱を載せたような、シンプルな陸屋根のK邸。実は中は複雑な設計。

撮影:傍島利浩

基本データ

作品名
生田の家
施主
K邸
所在地
神奈川県川崎市
家族構成
夫婦+子供3人
敷地面積
182.22㎡㎡
延床面積
158.35㎡㎡
予 算
5000万円台

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