快適に暮らす、子どもが遊ぶ。
大きな木の下で家族が集う、秘密基地

「秘密基地のような家」がテーマのN邸。中心に尖った屋根を擁する個性的な外観もインパクトがあるが、屋根の下にはなんと「大きな木」があるという。設計した井上孝紀さんは、その木の下に家族が集う様子を思い描き、小さなお子さまがいらっしゃるNさまご家族の皆が住みやすい家をつくり上げた。

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家の中心には大きなシンボルツリー。
家族が集う「秘密基地」

家の真ん中に、にょきりと生えた三角錐。その左右にある屋根もそれぞれ高さが違う。山形県鶴岡市にあるN邸は、近所の人たちから「完成するまで家だとは思わなかった」といわれるほど特徴的な外観をしている。特徴的というだけでは足りないかもしれない。あれはなんだろう? 家の中はどうなっている? と好奇心を刺激され、想像力が掻き立てられるような家なのだ。

それもそのはず、N邸のテーマは「秘密基地のような家」。お施主であるNさまご夫妻は、家の中で子どもたちが、また家族皆で遊べるようにしたいというイメージを「秘密基地」という言葉に込めたという。

N邸を設計した井上孝紀建築設計事務所の井上孝紀さんは「まず、秘密基地というテーマから、シンボルとなるものを家の中につくりたいと考えました」と話す。そして生まれたのが、高さ約6m、直径54cmもある杉材の大きな大きな柱だ。柱の途中からは、木が枝を伸ばすように梁が伸びていく。三角錐を構成する梁は大地に根付く木のシルエットを思わせ、さながら大樹のようだ。

家の中につくった大樹状の柱。井上さんは「秘密基地というからには、この形が外から見えてもおもしろい」と外観にも反映させた。その目論見は大正解。今では、お子さまの友達が興味津々で遊びに来るようになり、お子さまも誇らしげなのだとか。

中央に三角錐が見える外観からもわかるように、家のど真ん中に柱はある。1階のリビングから柱のてっぺんまでが見通せるほか、1階の浴室の天井に抜けがあり、そこからも柱の頂部が見える。家のどこにいても柱が見えたり、柱の気配が感じられたりするようにしたのは、大きな木の下に家族が集うイメージからだ。また、1階から2階に上がる階段は、柱の周りを回るようなつくりになっている。階段を上がるとまず両親の寝室があり、柱を挟んで反対側に子ども部屋。その間は1段1段がステージのような幅も深さもゆったりとした3段の階段で繋いでいる。それぞれの居室から出てくると、自然と大樹の伸びやかな枝の下にいることになるのだ。

ステージ状の階段部分には書棚を設けてあり、家族がそれぞれ好きなときに読書にふけることもあるという。「寝室と子ども部屋の間の階段はゆったりとしていますから、使い方にも可能性が広がります。また親と子どもで過ごす場所が少し離れて位置するので、家族がそれぞれ部屋から出てきてそこで出会うわけです。そうすることで、暮らす人々の自然なコミュニケーションが生まれやすくなるのではないかと考えました」と井上さんは語る。

柱が家の中心にあることで、日々の暮らしに大切な安心感を得ることができ、また家族間のコミュニケーションも円滑になる。大樹のような柱は建物にインパクトを与えているだけではなく、家族を温かく包み込んでいるのだ。
  • 1階リビングから大樹状の柱を見上げる。柱から出た梁と三角錐の梁により大きな木のように見える。柱は太く立派で、N邸のシンボルツリーとしてふさわしい。柱が乾燥によって割れるのを防ぐため、あらかじめ背割りをし、その割った部分にも目立たないよう木材を入れた

    1階リビングから大樹状の柱を見上げる。柱から出た梁と三角錐の梁により大きな木のように見える。柱は太く立派で、N邸のシンボルツリーとしてふさわしい。柱が乾燥によって割れるのを防ぐため、あらかじめ背割りをし、その割った部分にも目立たないよう木材を入れた

  • 1階浴室。天井の一部がくり抜かれ、大樹状の柱の頂点が見える。視線が抜けるため空間を広く感じられるのに加え、蒸気も浴室の外に出ていくので冬は加湿の役割も果たす。「大きな木の下で暮らしているということも感じられます」と井上さん

    1階浴室。天井の一部がくり抜かれ、大樹状の柱の頂点が見える。視線が抜けるため空間を広く感じられるのに加え、蒸気も浴室の外に出ていくので冬は加湿の役割も果たす。「大きな木の下で暮らしているということも感じられます」と井上さん

  • 建築中の様子。三角錐とその下の柱など、複雑なつくりをしているため現場で職人が手刻みした木材で作業が進められた。こうした複雑な設計でも、詳細な図面をつくり施工会社に丸投げせず相談しながら進めることで、しっかりとした、よりよいものができあがる

    建築中の様子。三角錐とその下の柱など、複雑なつくりをしているため現場で職人が手刻みした木材で作業が進められた。こうした複雑な設計でも、詳細な図面をつくり施工会社に丸投げせず相談しながら進めることで、しっかりとした、よりよいものができあがる

  • 2階、寝室側から子ども室方向を見る。広さがある階段は、家族が交流する場でもある

    2階、寝室側から子ども室方向を見る。広さがある階段は、家族が交流する場でもある

ひとつの工夫に役割を複数持たせ
広く、暮らしやすく、一年中快適な家を実現

1階のリビングから目線を上げると、2階のステージ状の階段、さらに柱の頂点と天井までが見える。大樹を表す三角錐によって家の天井が高く、吹き抜けのようでもある家のつくりは開放感たっぷりでとても広々した印象だ。しかし、井上さんによればそんなに広くはないのだという。

ではなぜ、広々と感じられるのだろう。まず、リビングや水回りを集めた1階には動線に回遊性を持たせ、どこからどこに行くにもアクセスしやすくしたことでゆとりが生まれた。さらに、1階から2階に上がり、寝室、子ども部屋と続く階段も柱をぐるりと回り込むように計画。スキップフロアにも似て境界線があいまいになり、空間をひとつに感じられるようになっているからこそ、開放的で気持ちよく過ごすことができるのだ。

また先述の通り浴室からも柱の頂点が見えるようにしたり、脱衣室の天井を抜いたりすることで視線の抜けも意識し、1階でも圧迫感を感じない。さらにはリビングとウッドデッキをフラットに繋げ室内が拡張するような連続性を持たせた。

それだけではない。浴室の抜けにより蒸気もそこから抜けていく。毎日お風呂に入ることを利用して、強力な加湿器のような機能を担っているのだ。冬、寒さからくる乾燥が厳しい山形県でも、家の中をこれで快適に保つことができるのだという。ほかにも、広く感じさせるのと同時に違う役割を持つ箇所がある。張り出した2階の下に位置するウッドデッキは、雨の日はもちろん冬の間に雪が降っても外に出られる便利な空間だ。子どもたちが遊ぶこともあるだろう。

また、上昇してくる暖気を循環させるよう、柱の上部にシーリングファンを設置。冬暖かく快適な家というNさまご夫妻のご要望をこれらの工夫で実現した井上さん。「雪が降る地域に必須なのが風除室です。冬、寒い空気が玄関を開けたときに室内に入らないようにするためのものですが、N邸では玄関と室内を仕切る建具を引き戸にし、片方に寄せられるようにしました。夏はそこを開け放ってファンを回しておけば涼しいですよ」
  • 駐車場から玄関を見る。写真奥、茶色の扉が玄関、右の黒い扉はシューズクロークに続く。シューズクロークの右側に駐輪場も設けた。軒を深く取り、天候が悪いときでも車や自転車を雨や雪から守る

    駐車場から玄関を見る。写真奥、茶色の扉が玄関、右の黒い扉はシューズクロークに続く。シューズクロークの右側に駐輪場も設けた。軒を深く取り、天候が悪いときでも車や自転車を雨や雪から守る

  • 北側の外観。縦格子の箇所は駐輪場。屋内にある大樹状の柱の三角錐をできるだけ生かした外観は、遠くからも目を引く。お子さまたちにとっても自慢の家となった

    北側の外観。縦格子の箇所は駐輪場。屋内にある大樹状の柱の三角錐をできるだけ生かした外観は、遠くからも目を引く。お子さまたちにとっても自慢の家となった

  • 外観。中心のリビングの窓を挟み、右には駐車場や玄関が、左はウッドデッキがある。中心の三角錐を挟んでアシンメトリーな屋根を持つユニークでオリジナルな外観は、なんとも好奇心を刺激される。まさに「秘密基地」というテーマにぴったり

    外観。中心のリビングの窓を挟み、右には駐車場や玄関が、左はウッドデッキがある。中心の三角錐を挟んでアシンメトリーな屋根を持つユニークでオリジナルな外観は、なんとも好奇心を刺激される。まさに「秘密基地」というテーマにぴったり

同じ要望でも敷地が違えば佇まいは変わる。
自分にぴたりと合った家に住んで欲しい

N邸は木材が多く使用されている。ただ使用されているわけではなく、大樹状の柱と三角錐の構成からは力強さも感じられるなど、木材の魅力も存分に感じられる家だ。

「最近の部材はプレカットがほとんどなのですが、N邸は組み方が複雑なのでそれができません。工務店では模型で検討したうえ、手刻みで組み立てていきました」と井上さん。それだけ高い技術を持つ職人が必要になるわけだが、井上さんは設計から施工までを井上さん自身が手配しワンストップで行うという。

施工会社任せにせず、毎回きちんと詳細な図面を準備して、現場にいる職人と話をしながらよりよいものをつくっていくというのが井上さんのスタイル。施工会社はその家に合わせて選択し、常に緊張感を持った状態で仕事ができるようにしているのだそうだ。信頼感と緊張感が共存しているからこそ、素晴らしい家が建つのだろう。

N邸の家づくりでは、大樹状の柱に使う木材をNさまご家族と一緒に見に行ったのだという。材木店では作業風景を見ながら、社長自らが丁寧に説明してくださりお子さまたちも大喜び。あの日に見た切り落とされたばかりの太い幹がこの柱なのだと、Nさまご家族の家に対する思い入れも強くなったという。「地元の材木店さんが気持ちよく協力してくださったからこそできたことですから、ありがたいですね」と井上さん。そんなところからも、信頼関係が伺える。

家は常にオリジナルのものが建てられるべきだと語る井上さん。Nさまご夫妻も、ハウスメーカーなども検討していたそうだが、結局自分たちの思う家が建てられないからと井上さんのもとを訪れたという。

実はN邸にはもう一つ敷地の候補があったが、そこでのプランは現在のN邸と全く違い、大きな柱もなかったのだという。同じ「秘密基地のような家」という要望に対して、敷地の条件や環境によりその場所に合わせて柔軟に計画する。

それは、家族構成や生活スタイル、趣味に対しても発揮される。N邸には、先ほどの水平方向での回遊性に加え、階段以外に1階と2階を繋ぐ梯子があり、垂直方向にも回遊性があるのが特徴的だ。これは、Nさまご夫妻の「家の中で子どもたちが遊べるようにしたい」という要望に応えたもの。また、「子どもらしくやんちゃをしながら、危険なことは危険だと学んでほしい」というご夫妻の教育方針に合わせ、階段のなどの安全対策も必要最低限にしたという。

住み心地に対して、敷地から住む人の考え方まで徹底的にこだわる井上さんの家づくり。お施主さまのイメージを具体的な形にするのが自分の仕事だという。井上さんは最後に「自分にとっての住みやすさが大切です。自分にぴたりと合った家に住んで欲しいですね」と話してくれた。
  • 2階、ステージ状の階段には書棚を設けた。家族の気配が程よく感じられ、落ち着いて読書できる

    2階、ステージ状の階段には書棚を設けた。家族の気配が程よく感じられ、落ち着いて読書できる

  • 2階のステージ状の階段から1階を見る。脱衣室や浴室の天井のくり抜き部分から視線が抜け、空間が広く感じられる。蒸気も浴室から上に抜けるため冬は加湿に役立つ。人の目より高い位置から撮影しているためくり抜きがわかるが、普段の生活動線で浴室まわりが見えることはない

    2階のステージ状の階段から1階を見る。脱衣室や浴室の天井のくり抜き部分から視線が抜け、空間が広く感じられる。蒸気も浴室から上に抜けるため冬は加湿に役立つ。人の目より高い位置から撮影しているためくり抜きがわかるが、普段の生活動線で浴室まわりが見えることはない

  • 1階リビングからその先のウッドデッキまでを見る。ウッドデッキはリビングとフラットに繋げ、また天井を設けたことで、リビングの延長のように感じられる。遊べる家にすべく、垂直方向にも回遊性を持たせたN邸。梯子を上ると子ども室の前に出る

    1階リビングからその先のウッドデッキまでを見る。ウッドデッキはリビングとフラットに繋げ、また天井を設けたことで、リビングの延長のように感じられる。遊べる家にすべく、垂直方向にも回遊性を持たせたN邸。梯子を上ると子ども室の前に出る

  • 1階、洗面脱衣室。Nさまご家族はお子さまが3人、朝は顔を洗うのも順番待ちで大変とのことからご要望があり、洗面台は2つ設けた。洗面台の間にあるパイプ部分にタオルを掛けられる

    1階、洗面脱衣室。Nさまご家族はお子さまが3人、朝は顔を洗うのも順番待ちで大変とのことからご要望があり、洗面台は2つ設けた。洗面台の間にあるパイプ部分にタオルを掛けられる

間取り図

  • 平面図

基本データ

施主
N邸
所在地
山形県鶴岡市
家族構成
夫婦+子供3人
敷地面積
398㎡
延床面積
141㎡
予 算
3000万円台