コンクリート・土・木という素材を共存
将来の家族の暮らし方に配慮した家づくり

不変性の高いコンクリートをコアにして、可変性の高い木造、土壁を組み合わせる設計は、今回紹介するT様邸の実例だけではなく、既掲載のK様邸の家づくりにも共通している。そこには、今の暮らしだけでなく何十年も先の暮らし方や、建物の行く末までを見据えた、建築家・浅井さんの建築思想が深く根付いている。

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津波による被害も想定した上で、
いかに再建しやすい家づくりができるか

「溶ける建築」そう銘打たれたT様邸は、愛知県常滑市大野町にある。大野町は、鎌倉時代から伊勢湾の開運で栄えた港町で、そんな昔の面影が残る街並みや、ここに住む人たちが育むコミュニティなど、未来に残したい大事なことを深く感じられる待ちだったことが、T様が「この街で暮らしたい」と思った理由だった。

T様と建築家の浅井さんは以前からの趣味仲間で、そんなT様から「大野町に家を建てたくて建築家を探している」と話があり、土地探しから一緒にスタートすることになった。
何度も何度も一緒に訪れて街を歩き、古民家イベントを開催したり、地域の祭りにも出向いたり。その中で、空き地や空き家が目につくようになり、放置された空き家には、土壁が雨に打たれて溶けだしているものもあった。

そんな中で、左官職人の松木憲司さんと大野町を一緒に歩く機会があった。松木さんは、溶けだした土壁がこの地域の素材でできていることや、土は、練り直して再び利用できるとことを教えてくれた。それを聞いた浅井さんは、土壁の可逆性を生かすことを考えたという。また、大野町は大地震が起きた場合、1mほどの津波の影響があることを承知しており、被災した場合には建て替えるつもりだという。そこで、家の中心に約20坪のコンクリートの箱を配置し、家族の暮らしのコアとなるLDKを据えることに。コンクリートの箱は井桁状に組むことで、津波のエネルギーを流しながら受け⽌めることができるため、まわりが流されてもコンクリートだけは残り、その後の再建を助けてくれるのだ。ゼロからの再建は困難だが、コアからのスタートなら随分と再建しやすくなる。

T様は、現在はご両親と2人の娘さんとの6人暮らしだが、将来はT様ご夫婦2人になってしまうだろうと言い、大きな家は必要なく、小さな家がほしいというご要望だった。二世帯で暮らすには、少なくとも40坪ほどの広さが必要となるが、ご夫婦2⼈暮らしであれば20坪ほどの広さでも⼗分。そこで、当初の6人暮らしの広さから、将来的に減築しやすい仕組みにも配慮。

それが暮らしのコア空間となるコンクリートの箱を、木造フレーム&土壁で覆うという設計構想だ。コンクリートを木造で覆うことで、コンクリートの劣化を遅らせることもできる。不変的な素材であるコンクリートと、可逆性のある土壁。二つの素材の特性を活かすことで、将来の減築や増築の手助けともなる。
  • 伊勢湾に面した常滑市大野町。T様が気に入って家を建てることを決めたこの土地は海岸から近く、大地震が起こったときには約1mの津波の影響があると言われているため、あえて被災後の建て替えのことも意識して、コンクリートコアを中心とした家を設計した

    伊勢湾に面した常滑市大野町。T様が気に入って家を建てることを決めたこの土地は海岸から近く、大地震が起こったときには約1mの津波の影響があると言われているため、あえて被災後の建て替えのことも意識して、コンクリートコアを中心とした家を設計した

  • 南側の庭から見た平屋外観。外壁には焼杉を使用している

    南側の庭から見た平屋外観。外壁には焼杉を使用している

  • 玄関、三和土、土壁。奥には井桁に組んだコンクリートの一部も見える

    玄関、三和土、土壁。奥には井桁に組んだコンクリートの一部も見える

  • コンクリートコア内部のLDKから東と南の庭を望むシーン。上部のスラブ開口から、木造フレームの棟木を支える柱がコアを貫通している

    コンクリートコア内部のLDKから東と南の庭を望むシーン。上部のスラブ開口から、木造フレームの棟木を支える柱がコアを貫通している

将来にわたっての可変性を大切に
付加価値の高い建築を

LDKを配したコンクリートの箱は、T様ご家族の団らんの場。その外側には、ご両親の居室や⼦ども部屋などプレイベートな居室空間が配置。井桁状に組んだコンクリートは、壁に沿って4つのスリットがあり、外側に居室空間を設けることで外へとつながる構成になっている。家族がLDKに集う際、意識的に開くことで外へ広がる団らんの場が成⽴する。

コンクリートの箱の外側となる⽊造フレームは、構造的な制約が少なく、将来的にどの部分も減築しやすい。例えば、外壁の焼杉の板を外しておくことで、⼤野町周辺の溶けている建築のように、⾬⾵によって⼟壁が溶けて落ちていく。そして、深い軒と土壁の下地となっていた⽵⼩舞だけが残る半屋外空間ができあがる。家の内と外の関係を可変できる仕組みは、暮らす者にとって最小限の生活空間を確保しつつ、将来、また家族が増えるようであれば、そこに溶けた⼟を練り直し、土壁として再生することで、半屋外空間を再び家の内とすることができるのだ。

また設計上、設けた収納は、納戸とロフトのみに。最初から設けてしまうよりも、家具を自身で調達し、好きなデザイン、好きな場所に配することで、ライフスタイルの変化によっても、その時々の状況で変えることができるためだ。ミニマムな暮らしの発想はここにもある。「自分たちで設えを整えていくことも大事なのではないか」と浅井さんは言う。「建築家がやるべきことは、余白を作っておくこと。今だけを考えるのではなく、20年後、30年後の暮らし方はどうなっているか、先を見据えて、常に心豊かに暮らせる家づくりを行うことが建築家の仕事だと考えています」。

さらにT様邸のように、コンクリートの箱を据えることは、個人の家づくりというだけではなく、街のインフラの一つとして残していける価値もあるという。コンクリートの箱が、次世代、次々世代へと継承されていくことを想定したメッセージでもある。「建築で、街のために何ができるか?」を追求している浅井さんだからこそ、より付加価値の高い家づくりを叶えられるのだ。
  • コンクリートコアの内部。井桁状に組まれたコンクリート壁が伸びる先に、外部空間と繋がっている

    コンクリートコアの内部。井桁状に組まれたコンクリート壁が伸びる先に、外部空間と繋がっている

  • コンクリートコアと木造フレームは軸を4度ずらすことで、将来的な木造フレーム部分の可変性を高めている

    コンクリートコアと木造フレームは軸を4度ずらすことで、将来的な木造フレーム部分の可変性を高めている

  • コンクリートコアの外側に、玄関ホールや、T様ご夫婦の部屋・ご両親の部屋・子ども部屋といったプライベートルームを配している

    コンクリートコアの外側に、玄関ホールや、T様ご夫婦の部屋・ご両親の部屋・子ども部屋といったプライベートルームを配している

撮影:トロロスタジオ 谷川ヒロシ

間取り図

  • 間取り図

  • ロフト間取り図

基本データ

施主
T邸
所在地
愛知県常滑市
家族構成
夫婦+子ども2人+両親
敷地面積
619.95㎡
延床面積
133.63㎡