室内を区切るものは壁ではなく、光と影。
美しい景色を、より魅力的に切り取る家

目の前に広がる田園風景と、裏山の間に位置するE邸。ハナトアーキテクツの保科陽介さんと堤理紗さんは、田園と裏山の空気感を繋ぐような家にしたいと考えた。異なる素材を使い分けて両者の特徴を入れ込んだ室内空間には、夏はひんやり冬暖かくと、快適に暮らせる工夫も隠されている。

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木材とコンクリート、明と暗で室内を区切る
メリハリが生んだ居心地のよさ

宮城県にある、三方に山を望むのどかな地域にE邸はある。家の正面には田園がおおらかに広がり、背面にはこんもりとした山が立つ。その間に佇む住宅はモダンな雰囲気の建物ながら、まるで田園と山をつなぎ合わせる役目を担うかのように馴染んでいる。

E邸を設計したのはハナトアーキテクツの保科陽介さんと堤理紗さん。この土地は北側に「山・近景・木々によって生まれた影」、南側に「田園・遠景・明るい光」と、はっきりしたコントラストがある特徴を持つ。こうした立地条件を見た保科さんは「北側と南側、両方の特徴を結び付けるには、どのような建物にすべきかを考えました」という。

まず決めたのは家の構造だ。間取りの軸空間として、廊下を東西に配置。その周りに部屋を置く。そして玄関がある東端部分を山に向けて折り曲げ、前庭と裏庭をつくった。

邸内は、軸空間の廊下を北側の特徴に、その周りの空間を南側の特徴に呼応させている。

「南にある田園側は空が広く明るく、山側はそれに比べれば暗いんですね。光と影のような使い分けをしたかった」と保科さん。軸空間は床材にコンクリートを使用し、壁面も黒い塗装で仕上げてダーク調なのに対し、周りの空間は床がメープル材、塗装も白で明るい雰囲気でまとめられている。さらにはダークな色合いの中でも開放的な雰囲気になるよう、軸空間はあえて天井を高くするなど、高さや空間の広がりのメリハリにもこだわったという。

そこまではっきりと雰囲気を変えた理由は、視覚的に空間を区切るため。「扉はないけれど、何となく区切られている空間の使い方はできます」と堤さんが言うように、この家の室内にはほぼ扉や壁がない。それなのにここからがリビング、ダイニングはあちら、と感覚で区別できるのだ。また、軸空間と周りの空間を一続きにしたことで空調が行き渡り、大きく開口した西側の先端から家中に風が通って換気しやすいというメリットも生まれた。

扉や壁をできるだけ省いたつくりにしたおかげで、予算も抑えられたという。「予算は多くのケースで直面する問題です。室内を合理的に使う、余分なものを付けないつくり方は優先順位の高い解決方法です」と保科さんは話す。
  • 外観は室内と色味を反転させた。周りの空間はダークグレー、その上に乗るように見えるライトグレーの部分は軸空間の2階にある書斎。離れた場所から見たとき景観と馴染むバランスを探したという。「書斎部分が明るい色だからこそ、家のシルエットが映える」と保科さん

    外観は室内と色味を反転させた。周りの空間はダークグレー、その上に乗るように見えるライトグレーの部分は軸空間の2階にある書斎。離れた場所から見たとき景観と馴染むバランスを探したという。「書斎部分が明るい色だからこそ、家のシルエットが映える」と保科さん

  • 家の西サイドを正面から見る。広い壁面の低い位置にある二つの窓は、机を置いたときに外が見える高さに配置した子ども部屋の窓。庇を省いた代わりに壁を厚くし、窓を奥へと押し込んだ。窓の横からスロープのように壁が戻り、そこで生まれた陰影が建物に表情を生んでいる

    家の西サイドを正面から見る。広い壁面の低い位置にある二つの窓は、机を置いたときに外が見える高さに配置した子ども部屋の窓。庇を省いた代わりに壁を厚くし、窓を奥へと押し込んだ。窓の横からスロープのように壁が戻り、そこで生まれた陰影が建物に表情を生んでいる

  • 雨は屋根の傾斜によって流れ、奥の切れた部分からまとめて落ちる。樋が不要になり、すっきりとした外観に

    雨は屋根の傾斜によって流れ、奥の切れた部分からまとめて落ちる。樋が不要になり、すっきりとした外観に

裏庭からの光がやさしい軸空間
夜間の電気を利用して、家の中はずっと暖か

寒さが厳しいイメージの宮城県で、仕切るものが少ない室内空間というと寒さ対策が気になるところだ。そこでハナトアーキテクツの2人は中心を走る軸空間に蓄熱式床暖房を設置し、家全体を暖めるという大胆な方法を採用。夜間に蓄熱しておくと、日中も暖かく過ごせるという。木材よりもコンクリートのほうが長時間熱を蓄えることができ、効率的なのだとか。「夏は逆にひんやりとして気持ちがいい空間になります」と堤さん。

周りの空間の南側にはLDKと子ども部屋を横並びで配置した。

田園風景が見渡せるように開口されているリビングは、ほかの空間よりも床のレベルが一段下げられている。建物のすぐ向こうに道があり、プライバシーに配慮した結果だ。リビングでソファに座ってくつろいでいると、自然と目線が空へと抜ける。しかし外からは座っている人の姿も見えないという。冬はソファの背面にあるコンクリートから床暖房の熱が放たれ、背中もぽかぽかなのだとか。

大きな窓があるダイニングでは四季折々に美しい田園を眺めながら、食事を楽しめる。しかしキッチンは壁面の裏に隠し、調理しているところを外から見られないようにした。家庭の暮らしを大切にされるE様ご家族のことを考え、間取りは開放的でも外に向けてはオープンな雰囲気にせず、それでいて十分に景色を楽しめるバランスを見極めたという。

LDKには軸空間の大きく開口した窓を通して、裏庭からも光がはいる。直接的に差し込む南からの光と違い、北からの光は天気や太陽の高さに左右されにくく、安定した明るさで室内を照らす。

外観は色味を室内空間と逆転させており、裏庭は薄いグレーの壁面で囲われている。堤さんは「光が壁に反射するので、庭全体がさらに明るくなります」といい、「立派な桜の木があり、より色濃く四季を感じられる裏山ですから、LDKからも近景を楽しんでほしいという思いもありました」とこの場所に大きく窓を開けた理由を説明してくれた。

2人のお子様が大きくなったときのために、子ども部屋は将来真ん中で仕切れるようあらかじめ天井にレールを仕込み、窓、照明、コンセントなどをシンメトリーに配置している。さらに、プライバシーが確保できるようにリビングとの間に中庭を挟んだという。ちょっと離したこの距離が、思春期を迎えたお子様にとっては嬉しいものになるだろう。

軸空間の半ばにある階段を上がると書斎に続いている。扉がなく適度に人の気配が感じられる細長い室内は、程よいこもり感で落ち着く空間だ。軸空間のほかの部分と同じくダーク調にまとめられた室内も、さらに深い安らぎを感じさせる。しかしながら窓が三方にあるため昼間は十分に明るく、使い勝手の良い一室になった。「落ち着けるように、集中できるように、照明やエアコンなどの気配はできるだけ消しています」と堤さん。

最初の段階では、E邸は平屋にしようと考えていたそうだが、書斎だけ2階に上げた理由を聞いてみた。まず、読書が趣味のE様がじっくりと本を読む時間に適した空間にしたいという理由がひとつ。それから、そのうちお子様が集中して勉強がしたいときにも使うようになる可能性もある。これらを考慮すると、ほかの空間とは近すぎず遠すぎずな距離である2階にあったほうが使い勝手がいいのではないか、と考えたからという。

今だけでなく将来を見据えたプランニングは、暮らしやすさに加えて家に対する愛着を深めることにもつながるだろう。
  • 軸空間からLDKを見る。リビングは床レベルを下げ、外からの視線に配慮した。左に見える山の輪郭をなぞるように開口し、日ごとに移ろう田園風景と山の美しさを余すことなく感じられる。切り取り方によって、見慣れた風景が特別なものになるという

    軸空間からLDKを見る。リビングは床レベルを下げ、外からの視線に配慮した。左に見える山の輪郭をなぞるように開口し、日ごとに移ろう田園風景と山の美しさを余すことなく感じられる。切り取り方によって、見慣れた風景が特別なものになるという

  • E邸で最も開けた場所であるダイニング。正面、三角形に開口された窓の左は直接庭に出られるドア。「昔は近所の人たちが玄関を使わずに、直接茶の間に来ることが普通にあって」と保科さん。そういうコミュニケーションを残したいと敢えてここにドアをつくったという

    E邸で最も開けた場所であるダイニング。正面、三角形に開口された窓の左は直接庭に出られるドア。「昔は近所の人たちが玄関を使わずに、直接茶の間に来ることが普通にあって」と保科さん。そういうコミュニケーションを残したいと敢えてここにドアをつくったという

  • キッチンは外から見えないよう、東側の壁面のうらに配置した。リビングまで続く窓の上下は、すべて収納棚として使用できる。手前、ダークな色合いでまとめた軸空間はLDKなどがある周りの空間よりも天井が高いため、裸電球を垂らしている

    キッチンは外から見えないよう、東側の壁面のうらに配置した。リビングまで続く窓の上下は、すべて収納棚として使用できる。手前、ダークな色合いでまとめた軸空間はLDKなどがある周りの空間よりも天井が高いため、裸電球を垂らしている

  • 各居室をつなぐ軸空間。西側(写真奥)の先端を開口し遮る扉を省いたことから、室内が広々と感じられる

    各居室をつなぐ軸空間。西側(写真奥)の先端を開口し遮る扉を省いたことから、室内が広々と感じられる

こんなにいいところだったんだ
地元特有のよさを再認識する家づくり

実はE邸は保科さんのお兄様のご自宅で、保科さんが生まれ育った場所でもあるという。ハナトアーキテクツの2人は、美しい景色やその土地ならではのよいところも、長くそこで暮らしていると当たり前になってしまいがちと指摘する。

例えば、書斎から絵画のように見える趣のある木小屋はご両親のお家の一部で、築200年以上経っているのだという。向こうに見える山の稜線をなぞるようなデザインで開口したリビングからの景色は、はっとするほど美しい。外観も北側の山に合わせて屋根に傾斜がかかっていて、家の後ろにある桜の木をより際立たせている。

どんなふうに見えるか、何が見えるか。場所の価値を再認識するような見せ方を熟考し、その結果「こんなにいいところだったんだ」と言ってもらえたらうれしいと語る。

2人は普段から、相手のことを知ることに重きを置いて家づくりをしているという。プランニングは初回のヒアリングをもとに複数の案を出し、選ばれたものからさらにいくつかの案に派生させる。「なるべく可能性を広げて、一番理想になるものを絞り込んでいくのがやり方」だという。2人は日本に拠点を移す以前はアメリカで長く活動しており、可能性の種は多く持っているのではないかという。スタイルに固執せず、お施主様それぞれの個性に合った家をつくりたいと考えている。

「コミュニケーションをとりながら、一緒にやりましょう」と話す2人とつくる家は、最初の想像を超えたものになるだろう。お施主様の「好き」に、ハナトアーキテクツによって見出されたその土地ならではの美しさや、その場所の価値が加わるからだ。
  • ダイニングから軸空間、裏庭を見る。北側からの光は、日の高さや天候に左右されず安定しているのが常だという。E邸の場合、南から山にバウンスする光もありさらに明るい空間となった。「自然を感じられる眺めも素敵なので、大きく開口しました」と堤さん

    ダイニングから軸空間、裏庭を見る。北側からの光は、日の高さや天候に左右されず安定しているのが常だという。E邸の場合、南から山にバウンスする光もありさらに明るい空間となった。「自然を感じられる眺めも素敵なので、大きく開口しました」と堤さん

  • 本棚もとりつけた書斎。細長く、読書に適した落ち着きがある。正面の窓からはご実家の木小屋が見える

    本棚もとりつけた書斎。細長く、読書に適した落ち着きがある。正面の窓からはご実家の木小屋が見える

撮影:鳥村鋼一

基本データ

施主
E邸
所在地
宮城県
家族構成
夫婦+子供2人
敷地面積
432㎡
延床面積
112㎡
予 算
3000万円台