仲間を迎え入れる「門」のような家。
美意識を形にした家具職人の離れ

建築家の石嶋寿和さんが仕事仲間の家具職人のためにつくったのは、職人が作品を生み出すアトリエであり、親しい人たちをもてなす場でもある「離れ」。来客を迎え入れる門のような外観デザイン、気品と温かみを併せもつ和の空間など、施主さまの思いをくみ取った石嶋さんの家づくりに迫る。

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縦格子が美しい凛とした佇まい。
里山に抱かれ寄り添う2つの家

狭山湖にほど近い、ぶどう畑が広がる丘陵地に、laboratory.co.ltdを主宰する家具職人・漆職人の田中英一さんの自邸兼アトリエは佇む。

今回ご紹介するのは、もともとあった母屋の並びに建てられた「離れ」である。設計を担当したのは石嶋設計室代表の石嶋寿和さん。母屋が手狭になり新たに離れを建築することになったとき、田中さんは仕事仲間であり、友人でもある石嶋さんに設計を依頼した。

石嶋さんはいう。「最初に考えたのは母屋との関係性。南側の隣接した敷地に建てますから、母屋の日照環境を考慮する必要があります。また、長閑な里山の景色の中で2つの建物がどのような佇まいを見せるかも、大切にしたいと思いました」

一方、施主である田中さんからは「門のような家にしたい」というリクエストがあった。石嶋さんはこの言葉を聞き、「田中さんはプロ顔負けの料理の腕前をもち、仕事仲間や友人を招いて手料理をふるまう機会が多い方。『門』というコンセプトは見た目だけでなく、『来客を迎え入れる』という思いも含まれるはず」と解釈した。

そこで石嶋さんは、玄関として4枚の縦格子戸を中央に配し、左右を白い塗り壁にする和風のシンメトリーなデザインで正面の外観を設計。訪れる人を迎える、まさに「門」そのものの佇まいをつくり上げた。

外観については、母屋の存在をふまえて「夫婦」というキーワードも意識していたという。母屋よりも奥まった場所に離れを配したのもその一例。これは位置をずらしてそれぞれの日照を確保することが目的だったが、「夫(母屋)を支える妻(離れ)」のイメージもある。

さらに、構造体を表に出した猛々しい印象の母屋に対し、離れは白い塗り壁と細い縦格子で清楚かつ上品な表情に。屋根は母屋の前下がりを「夫の挑戦・前進」ととらえ、離れは前上がりの屋根で「ものごとを毅然と受け止める妻」に見立てた。

「思いを込めた作品を一つひとつ丁寧な手仕事でつくり出す田中さんは、今、非常に注目されている若手職人の1人。そして奥さまは、彼をニコニコしながら支えるおおらかな方。そんなお2人を見ているうちに、2つの家で関係性を表現してみたくなったんです」と石嶋さんは話す。

なだらかな丘陵地に並ぶ2つの家は似ている部分と対照的な部分のバランスが絶妙で、「2つで1つ」といった温かみが漂う。ぶどう畑に1人佇んでいた母屋にお嫁さん(離れ)が来た──。離れの竣工時、建築にかかわった職人仲間はそういって喜びを分かち合い、オープニングパーティーでは「祝 結婚」の花を贈呈したという。
  • 左が母屋、右が石嶋さんの設計による離れの『むすひ』。日照に配慮して2つの建物の位置をずらし、『むすひ』は敷地の奥に配置。2つの家は夫婦のように仲良く寄り添って佇む

    左が母屋、右が石嶋さんの設計による離れの『むすひ』。日照に配慮して2つの建物の位置をずらし、『むすひ』は敷地の奥に配置。2つの家は夫婦のように仲良く寄り添って佇む

  • 『むすひ』は、「門のような家」との要望に応え、繊細な縦格子を中央に入れたシンメトリーなデザイン。まさに門そのものといいたくなる佇まいで来客を迎え入れる。苔と石の階段ののぼり口にある鉄のオブジェは、施主の田中さんの友人である鉄作家・小沢敦志さんの作品

    『むすひ』は、「門のような家」との要望に応え、繊細な縦格子を中央に入れたシンメトリーなデザイン。まさに門そのものといいたくなる佇まいで来客を迎え入れる。苔と石の階段ののぼり口にある鉄のオブジェは、施主の田中さんの友人である鉄作家・小沢敦志さんの作品

  • 4枚の縦格子の引き戸を開けると、正面にカウンターキッチンが現れる。カウンターの中では施主の田中さんが自慢の腕をふるった料理で来客をもてなす。迎え入れてくれるうれしさや高揚感、高級割烹のようなほどよい緊張感が特別な時間を演出する

    4枚の縦格子の引き戸を開けると、正面にカウンターキッチンが現れる。カウンターの中では施主の田中さんが自慢の腕をふるった料理で来客をもてなす。迎え入れてくれるうれしさや高揚感、高級割烹のようなほどよい緊張感が特別な時間を演出する

  • 1階カウンターの右手にある田中さんのアトリエ。幅広の窓は内部を木枠とし、漆喰の白壁と馴染ませた

    1階カウンターの右手にある田中さんのアトリエ。幅広の窓は内部を木枠とし、漆喰の白壁と馴染ませた

来客を「受け止める」お店のような造り。
もてなしの心が伝わる上質空間

離れの「門」というコンセプトは、玄関を開けた瞬間にも活きている。縦格子の引き戸を開けると吹抜けの空間にいきなりカウンターキッチンが現れ、来客を迎え入れてくれるのだ。カウンターキッチンの左手は、田中さんの作品であるダイニングセットが並ぶリビング・ダイニング。右手に行くとパソコンや作品サンプルが置かれたアトリエがある。

キッチン奥の階段をのぼった2階は、ギャラリーと2つの和室、浴室という構成。こちらも田中さんの職人らしいこだわりが息づき、ギャラリーでは、田中さんの友人である鉄作家・小沢敦志さんが製作した錆びた鉄板カウンターに作品を展示している。

そして和室のうちの1室は、田中さんの漆工房や子ども部屋などに使える多目的な空間。もう1つの和室は躙り口(にじりぐち)から入る茶室のような造りで、浴室につながる隠し扉もあり、遊び心が満載だ。

しかしやはり、この離れを象徴するのは1階といえるだろう。家族の寝食は母屋でまかなえる分、ここは思いきり「おもてなし」に振り切った潔さがある。

「当初、田中さんは、玄関を入ったら奥までブチ抜いた空間をイメージしていました。でも『門』というコンセプトを貫くなら、玄関を入った正面に主(あるじ)がいるカウンターを設け、お客さまを受け止めてはどうだろう? とご提案したんです」と石嶋さん。

玄関を入ってすぐのカウンターキッチンはこうして生まれ、1階は高級割烹を思わせる上質な空間となった。中でも、カウンターは吹抜けを活かした光の演出を楽しめる特等席。玄関と、玄関の真上に当たる吹抜け上部にあしらった合計8枚の縦格子から燦々と光が入り、レースのような美しい陰影で幻想的なひとときをもたらす。

田中さんは、家具から照明まで、自らの多彩な作品で仕上げたこの離れを『むすひ』と名づけた。「人と人を結ぶ」などの思いを込めた『むすひ』について、田中さん自身は「いらしてくださる方々は皆、『ほどよい緊張感』という言葉を口にします。それは私が最も望んでいたことでもあります」と話す。

石嶋さんは自身の設計スタイルについて、「建築家は芸術家ではないから、僕の我は出しません。施主さまの要望をかなえるために僕がベストと思う提案をします」と語る。

「門」というリクエストに寄り添いながらプロの知識とスキルを活かしたアイデアをプラスして、田中さんが望む凛とした空気感をつくり上げた『むすひ』はその好例。作品を生み出すアトリエとして、仲間を迎え入れるもてなしの空間として、田中さんの暮らしを豊かにする最高の舞台となっている。
  • 1階カウンター前の吹抜け。上下に配された縦格子を通した光が、レースのような美しい影で空間を彩る

    1階カウンター前の吹抜け。上下に配された縦格子を通した光が、レースのような美しい影で空間を彩る

  • 写真奥、カウンターの左手にはダイニング・リビングスペースが広がる。計算し尽くされた照明や採光が、施主の田中さんの作品である家具を引き立てる

    写真奥、カウンターの左手にはダイニング・リビングスペースが広がる。計算し尽くされた照明や採光が、施主の田中さんの作品である家具を引き立てる

  • 和室から道路側の窓を見る。縦長の窓は、前庭の緑を切り取るピクチャーウインドー。すがすがしい木の葉の日本画を飾っているかのよう

    和室から道路側の窓を見る。縦長の窓は、前庭の緑を切り取るピクチャーウインドー。すがすがしい木の葉の日本画を飾っているかのよう

間取り図

  • 1F間取り図

  • 2F間取り図

基本データ

施主
T邸
所在地
埼玉県所沢市
家族構成
夫婦+子供3人
敷地面積
189.96㎡
延床面積
100.14㎡
予 算
5000万円台