鉄筋コンクリートと木造のいいとこ取り
宙に浮くキューブ

鉄筋コンクリートの冷たさと木の温もりを感じる家。施主からリクエストされた、一見相反する2つの要素。「融合させるのではなく、内包する」という一見斬新とも思えるアプローチをとった、建築設計事務所可児公一植美雪の仕事ぶりに迫る。

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施主の秘めたる要望を探り
引き出し、超える建築家

神奈川県鎌倉市の住宅地にその家はあった。この家の第一印象は、宙に浮くルービック・キューブ。鉄筋コンクリートのフレームで1面9つのマスを形づくり、その中に木造の建物が収まっている様がルービック・キューブを思い起こさせる。

もともとこの土地は傾斜があり、擁壁によって盛土されていたが、今回はその土地の一部を掘り下げたため、キューブが地面に埋まっているようにも、浮いているようにも見えるのだ。

実はこの建物、3階建てのように見えて地下1階地上2階建て。道路から宙に浮かせたような構造とすることで、2階でありながらも3階並の高さとすることができたのだ。
2階にはLDKを設置。高さを出せたことで通常の2階建てでは見ることができなかった、海の眺望も実現した。1階は、ホールと寝室。そして宙に浮いたような半地下部分は、車庫スペースとしてだけでなく、地下の庭として緑化したり子どもたちの格好の遊び場ともなっているという。

もともと都内に住んでいたという施主のY様ご家族。代々住み続けた土地を離れ、ご主人の趣味でもあるサーフィンの聖地ともいえるこの地に居を構えることにしたのだった。
当初、Yさんが家に求めた要素は「サーフィン後に直接お風呂に入れる動線」「明るく風通しの良いLDK」そして「コンクリートの冷たさと、木の温もりのある家」という3つだったという。

「最初の打ち合わせではリクエストが多くなかったのですが、話をしていくうちに、実はいくつも叶えたい要望はあって、ただその実現は難しいと思われ口を閉ざされていただけだったことがわかったのです」(可児さん)

例えば、直線や直角が好きで角が丸いものは好まないこと、金属の質感が好きでなかでも溶融亜鉛めっきがお好みであることなど、いくつもの秘めたこだわりをもたれていたのだという。

施主の要望を叶えるのが、建築家の最大の仕事であるとするならば、施主の秘めたる要望を上手く引き出すというスキルも、よい建築をつくる上で必須のものといえる。可児さんは「この人だったら自分の思いを叶えてくれるのではないか?」と感じさせ話したくなる雰囲気を持っている。そして何より、その要望を叶えるアイデア力を持っている建築家だ。

「コンクリートと木造」は、構造体を鉄筋コンクリート、内外装を木材でというのがオーソドックスなパターンであろう。しかし、可児さんは構造体と壁を完全に分離し、鉄筋コンクリートのフレームに、木造の部屋を内包するという斬新なアイデアを提案した。

一見すると、デザイン性を重視したと感じられるかもしれないが、実はそうではない。このキューブ状のフレーム構造や柱の間隔を工夫することで、コンクリートの柱としては細いものにすることができ、構造強度を保ちつつ、木造住宅並みのコストに抑えることを叶えたのだ。

「壁は構造に影響しないので、将来部屋を増設したいとなった場合には、箱を足してあげるように簡単に増設できるようになっています」(可児さん)
と、将来の部屋の増設にまで考えが及んでいるデザインなのだ。

「お客様の要望を叶えるうえで、お客様が想像していたものがあるとするならば、自分たちはそれを超えるアイデアを出していきたいと思っていますし、そこに面白さを感じています」(可児さん)

1つの斬新なアイデアで、デザイン性、機能性、ローコストまで実現してしまう。そんな魔法のような建築が建築設計事務所可児公一植美雪の真骨頂なのだ。
  • 基壇状の土地を上手く使い、宙に浮くような構造とすることで、湘南の海が望める高さに

    基壇状の土地を上手く使い、宙に浮くような構造とすることで、湘南の海が望める高さに

  • 夜になり室内の明かりが灯ると、建物がランタンのように美しさを際立たせる

    夜になり室内の明かりが灯ると、建物がランタンのように美しさを際立たせる

  • 玄関はあえて2階に。階段はYさんお気に入りの亜鉛溶融めっき製

    玄関はあえて2階に。階段はYさんお気に入りの亜鉛溶融めっき製

  • 床下部分は、駐車場や庭(植栽にて緑化)としての機能をもたせるとともに、子どもたちの格好の遊び場にも

    床下部分は、駐車場や庭(植栽にて緑化)としての機能をもたせるとともに、子どもたちの格好の遊び場にも

2人の頭脳から生み出される
唯一無二の住宅

建築設計事務所可児公一植美雪は、実は可児公一さんと植美雪さんのご夫婦のユニット。夫婦の設計士ユニットには、夫がメインで設計を行い、妻がアシスタントとして図面に落とし込むといった役割を分担していたり、「このクライアントは夫、こちらは妻が」という担当別だったりすることも多いが、可児さんと植さんは分業をせず、必ず2人で合作するという。

「ウチはどのクライアントの仕事も必ず2人でアイデアを出し、議論をします。立場も上下はなく対等なので、より説得力のある方の意見が採用されます」(可児さん)

「それぞれ、大事だと思っているポイントが違っていたりするので、議論することはよい気づきにもなるんです」(植さん)

2人で議論を重ねられたプランは、顧客に提案する前にいわばすでに一度揉まれているのだ。

1つの建築で得られる設計料は、2人で担当したからといって2人分になるわけではない。経営面を考えると、非合理的のように感じるが、このスタイルを変えるつもりはないという。

「時には晩ごはんの話題が、そのとき手がけている設計のことに及ぶこともあります。それでも、ひとりよがりなアイデアより、2人で議論を重ねたプランのほうが、クライアントにとって最適な提案となると信じているのです」(植さん)
「男女それぞれの立場から、お話することができるのも強みの1つです。また僕がご主人と全体のお話をしている時に、植が奥様とキッチンの相談をするということも多々あり、打ち合わせをスムーズに進ませることもできていると思います」(可児さん)

建築家の作品は、それぞれ独自のカラーがあることが多い。言い換えれば、似通ったものになってしまうことにもつながる。しかし可児公一植美雪の作品は、一見すると同じ建築家の作品とは思えないほど、バリエーションが豊かだ。
一面のコンクリートの白壁が映えるもの、RC構造を取り囲む鉄骨が塔のようにそびえたもの、木の柱がどこか懐かしさを感じさせるものなどなど。そしてどれもが、斬新さも兼ね備えた唯一無二なものとなっている。

2人の頭脳から出されるアイデアは、1+1=2といった単純な計算ではなく、その化学反応によって無限の広がりを見せたものになるのだ。

人生で一番高いオーダーメイドともいえる注文住宅。住みやすさはもとより、デザイン性、そして独創性も兼ね備えた、究極の一点物の家を2人は作ってくれる。
  • シンクの丸みを極力抑えたキッチンは、特注の品。中央にそびえる柱と一体化したベンチの直線が美しい

    シンクの丸みを極力抑えたキッチンは、特注の品。中央にそびえる柱と一体化したベンチの直線が美しい

  • 1階ホールは多目的な用途に活用。天井をあえて仕上げずコンクリートの質感をそのまま楽しむ

    1階ホールは多目的な用途に活用。天井をあえて仕上げずコンクリートの質感をそのまま楽しむ

  • ホール横のテラス。部屋の増設が必要になった際は、ボックス状の部屋を設えることで対応可能

    ホール横のテラス。部屋の増設が必要になった際は、ボックス状の部屋を設えることで対応可能

  • バスルームはサーファーには嬉しい、玄関を通らず直接入れる構造。窓ごしの中庭が露天風呂感を演出

    バスルームはサーファーには嬉しい、玄関を通らず直接入れる構造。窓ごしの中庭が露天風呂感を演出

間取り図

基本データ

作品名
SHICHIRI-Y
所在地
神奈川県
家族構成
夫婦+子供3人
敷地面積
209.58㎡
延床面積
126.22㎡
予 算
3000万円台