家全体を小さな美術館に!
女性建築家が手掛けた「ギャラリーのある家」

今回の施主であるKさんが要望したのは、大好きなアートを飾るギャラリーと、四季の自然を楽しめる中庭、そして音楽を聴きながら籠れるバーのある家である。設計を担当したのは、女性建築家の及川敦子さん。Kさんの希望を叶える形で完成したのは、中庭を中心に2階建ての建物と平屋を切妻屋根の平屋で繋ぐ、コの字型のプランの住宅だった。中庭の自然とアートが暮らしに溶け込むK邸の魅力を、詳しくご紹介しよう。

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中庭の景色とアートが住まいに溶け込む「コの字型」プラン

中庭からこぼれ出るような緑が印象的な、東埼玉のK邸。こちらに住まうのは、獣医師であるKさんご夫妻と、そのお子さんの3人だ。設計を担当したのは、建築家の及川敦子さん。建築家との家づくりを検討し始めてすぐに、及川さんへの依頼を決めたというKさん。もともとKさんご夫妻と及川さんは、同じ北海道大学出身。面識はなかったが、自然豊かなキャンパスでの学生時代を共有した者同士、自分達の感性をきっと理解して貰えるに違いないという不思議な確信があったのだとKさんは言う。

家づくりがスタートした際にKさんが出した要望は、趣味で集めている絵画を展示できるようにすることと、音楽を聴きながらこもれるバーコーナーを設けること、そして、京都近代美術館の「何必館」のような中庭をつくること、という3点だった。この要望に応える形で及川さんが考えたのが、中庭を中心に向き合う2階建てと平屋を、切妻屋根の平屋で繋ぐというコの字型のプランである。「中庭と庭に向かって解放された吹き抜けを介して、全体がひと繋がりとなる、家族が互いに気配を感じられるような構成を考えました」と話す及川さん。間取りを見ると、2階建ての棟には吹き抜けのダイニングと、この吹き抜けのダイニングに面する形でバーコーナーが設けられている。そしてもう一つK邸を特徴づけるのがダイニングとリビングの間にあるギャラリースペースだ。「どこかに特別な展示用の部屋を設けるのではなく、家全体が小さな美術館としても機能するようなイメージをKさんご夫婦と共有して設計を進めました」と及川さん。さらにこのギャラリーを奥に進んだ先にはリビングが続き、そこから緩衝帯として展示スペースである2つ目のギャラリーを経て、奥のフリールームへとつながっている。各部屋にも絵を飾ることができる壁が設けられており、まさに家全体にアートが溶け込んだような、一体感のある設計だ。
そして2階に上がると、そこには子ども部屋と主寝室が。この2階の高さを思い切って抑えることで、なだらかに平屋とのつながり感を持たせ、2階建てでも平屋のような庭との一体感と親密さを建物の内外に実現している。

K邸の表情をつくっている重要な要素が、中庭である。「中庭に植えたモミジが、表の通りや近隣からも楽しめる構えにしました」と話す及川さん。家の中で過ごしている時にはプライバシーが守られるよう配慮しつつ、外からみたときには庭の緑が街に向かって流れ出す。そんな開かれた空間を意図しているのだそう。どんなに素敵な家でも、周囲から浮いてしまってはもったいない。自分たちの住まいだけで閉じず、周りの環境にもいい影響を与える家づくりをしたい。そんな及川さんの願いがみごとに形になっているといえるだろう。
  • ダイニングとリビングをつなぐギャラリースペース。正面と左手に飾られている絵画もKさんお気に入りの岡野博氏の絵画作品。右手に見えるのは除湿型放射冷暖房(ピーエス)。ちなみにこの家では次世代省エネ基準をクリアする性能を確保した上で、ここと寝室の2箇所に放射冷暖房を設置し、主な生活スペースの環境を穏やかにコントロールしている

    ダイニングとリビングをつなぐギャラリースペース。正面と左手に飾られている絵画もKさんお気に入りの岡野博氏の絵画作品。右手に見えるのは除湿型放射冷暖房(ピーエス)。ちなみにこの家では次世代省エネ基準をクリアする性能を確保した上で、ここと寝室の2箇所に放射冷暖房を設置し、主な生活スペースの環境を穏やかにコントロールしている

  • 中庭を望むリビングスペース。リビングの後ろには水回りを配置、さらに右に進むとダイニング、左に進むとフリースペースへとつながるコの字構造となっている

    中庭を望むリビングスペース。リビングの後ろには水回りを配置、さらに右に進むとダイニング、左に進むとフリースペースへとつながるコの字構造となっている

  • 1階と2階が一体感を持ってつながるよう、吹き抜けの高さを抑えるとともに、ギャリースペースや階段前のホールも天井を低く抑えているのが特徴

    1階と2階が一体感を持ってつながるよう、吹き抜けの高さを抑えるとともに、ギャリースペースや階段前のホールも天井を低く抑えているのが特徴

将来お母様と同居することも見据えた「二世帯設計」

実は及川さんは、木材に人一倍のこだわりを持っている。このためK邸でも、柱や梁、垂木といった構造材や、一部の床天井などにふんだんに無垢の地域材が使用されているのが特徴だ。使われている無垢材は、八溝杉や飯能の杉、ヒノキ、サワラ材など実にさまざま。「せっかく無垢材を使うなら、素材が生きるような設計がしたいと考え、木造の架構がそのままインテリアの質となるよう工夫しました」と及川さん。無垢材特有の居心地の良さを引き出すのもお得意で、1階の床には肌で触って温かみを感じるという理由で杉材を使用した。「そのかいあってか、奥様も家のなかでスリッパをはかなくなったそうなんです。もともと機械いじりが好きだというお子さんも『やっぱり木はいいね』と話しているそうです」と、及川さんは嬉しそうにほほ笑んだ。

このように、見た目だけでなく、住む人の心地よさを考えた住まいづくりを心がけている及川さん。細かいこだわりは他にもある。たとえば洗濯室やパントリーといった、裏方のスペースにもゆとりを持たせているのもその1つ。ここにしっかりスペースが確保されているからこそ、物が溢れることなく、アートが生きる空間を整えることができるのだという。さらにK邸は将来お母さまとの同居も想定した2世帯プランとなっており、平屋のフリールームと2階建て部分のファミリーの吹き抜けスペースとは適度な距離感を持って、それぞれの居場所が確保されるように考えられている。「エアコン、ドア下に防音パッキンも設けて生活習慣の違いにも配慮しています」と及川さん。このように細かいところに目が行き届くのも、及川さんの設計の魅力といえるだろう。

こうして完成した住まいに引越して1年半余りがたったKさん。その居心地の良さからか、近所に暮らすお母様が、毎週食事にいらっしゃるようになったそう。「この家に住みだしてから、妻がよく『うちが1番落ち着く…』とつぶやいています。私たちのこだわりポイントや希望を細かく聞いていただいたうえで、我々が考えていたもの以上の提案をしていただきました。満足のいく家ができた実感があります」と話すKさん。今も大好きなアートと美しい中庭の景色に囲まれ、充実した日々をおくっていらっしゃることだろう。
  • ゆっくりとプライベートな時間を楽しめるバーコーナー兼ステレオコーナー。コンパクトながらベンチもつくり、落ち着いてくつろげる空間となっている

    ゆっくりとプライベートな時間を楽しめるバーコーナー兼ステレオコーナー。コンパクトながらベンチもつくり、落ち着いてくつろげる空間となっている

  • クローゼットも備えた2階ホール。吹き抜けを挟んで向かい合うかたちで子ども部屋と主寝室が配置されている

    クローゼットも備えた2階ホール。吹き抜けを挟んで向かい合うかたちで子ども部屋と主寝室が配置されている

  • 2階の主寝室。天井は低いところで1800㎜に抑えられ、屋根裏部屋のような雰囲気に。落ち着いてゆっくりと休める空間となっている

    2階の主寝室。天井は低いところで1800㎜に抑えられ、屋根裏部屋のような雰囲気に。落ち着いてゆっくりと休める空間となっている

間取り図

  • 1F間取り図

  • 2F間取り図

基本データ

施主
K邸
所在地
東埼玉
家族構成
夫婦+子供1人
敷地面積
305.29㎡
延床面積
179.39㎡
予 算
5000万円台