行政も納得!
安全と癒しを、街と住み手に提供した奥の手とは!?

  O邸では敷地内にあった土留め(どどめ)を直す必要に迫られていました。通行人の安全確保には不可欠な工事でしたが、莫大な費用がかかるうえ、O邸には特に得るところがありません。ところが、建築家の窪田浩之さんが提案した、ある工夫をしたことで誰もが納得のいく改修工事になりました。

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崩れそうな土留めを通行人と家主のための庭へ

 Oさんご夫婦が長年、住んでいた家は聖蹟桜ヶ丘の高台の上に建っていた。リビングからは街を一望でき、遠くには富士山も見える。今は家業を手伝っている息子さんが子どもだった頃からずっと住んでいる場所で、築40年ほどにはなるが建物もコンクリートのしっかりした造り。この家を離れるという考えは持ってはいなかった。月日が経って、O家を悩ませたのは家ではなく、敷地内にある土留めだった。家から下を通る道路までは20m以上の段差があり、傾斜の途中に土留めがつくってあった。土留めは垂直に建てた塀のようなもので、土留めと傾斜面でできた三角形のスペースには土が盛ってあった。下はバスも通っている道路で、土留めが壊れれば通行人にも被害が及ぶ。古くなった土留めが危険なので修繕をするようにと行政からも指摘されていた。とは言っても敷地内にある土留めは自前で工事をしなくてはならない。ハウスメーカーをいくつも回ったが、古くなった土留めを撤去するだけで1千万円近くかかるという。さらに、つくり直せば5千万という見積もりもあった。良い場所だけに売ってしまうことも考えられないではなかったが、愛着のある家は手放すには惜しかった。

 そんな折、山梨と東京で活動している建築家の窪田さんに出会った。窪田さんの自宅兼事務所には苔やつわぶき、シダ類が群生する緑の壁があった。自然な壁面緑化に惹かれて話し始めると、話題は家の話へ。本当に土留めをつくり直さないといけないのか、古い土留めさえ撤去すればそのままでも問題はないのではないかと素朴な疑問をぶつけた。窪田さんは当時をふりかえってこう言う。「ハウスメーカーさんには難しいと言われたそうですが、お金をかけずに安全対策をするならば、土留めを撤去して法面(のりめん)に戻すという老沼さんの考えは僕も正解だと思いました。そこで、調査をさせていただいたところ、30度の傾斜を残し、芝を植えて処理する方法で充分だということが分かりました」さらに、中庭のある家を多く手がけてきた窪田さんは、こんな提案もした。「土留めに土を盛って平らな庭をつくっていたので、この方法では庭が斜めになって見えなくなってしまいます。そこで、小さいコンクリート塀を建てて内側の壁面を緑化して部屋から緑を楽しめるようにしました。塀の脇には園路もつくって歩けるようにしてあります」。塀から少しだけ頭を出す家との調和をとるように、道路側には石を張って仕上げた。

 土留めの修繕費用を最小限に押さえて、ここに住み続けたいと考えていたOさんご夫婦にとって、家のリフォームまで予算内におさまる窪田さんの提案は理想的なものだった。長年、親しんだ家に手を入れて、緑の庭を眺めながら気持ちよく住み続けることができる。東京都もリフォーム後の状況を見て安全を確認し、「こんな方法もあるんですね」と評価した。近所からも傾斜地を覆う芝と、石張りの塀から垣間見える風格ある家は「立派になりましたね」と評判だ。今あるものを活かして、そこに住む人の生活までデザインするのが設計だと話す窪田さん。ここに生活するOさん一家の暮らしもしっかりと描ききった。
  • 小さなコンクリート塀には鉄平石を張って、外からも雰囲気よく見えるように。園路もつけて歩けるようにした。

    小さなコンクリート塀には鉄平石を張って、外からも雰囲気よく見えるように。園路もつけて歩けるようにした。

  • 壁面緑化。植物の植え方で自然に見えるようにしてある。老沼邸の塀の内側にもこのような壁面緑化を設置している。

    壁面緑化。植物の植え方で自然に見えるようにしてある。老沼邸の塀の内側にもこのような壁面緑化を設置している。

  • リフォーム前のO邸。

    リフォーム前のO邸。

家族とともに年をとった家を大切に

 敷地の整備を工夫したことで家のリフォームにも予算が回せることになった。古いものは古いものらしくて良いというご主人の考えもあって、長年、暮らしてきた元の家を活かすことに。断熱性能をあげて暮らしやすく、全体の印象としては落ち着いた空間に変え、部屋は大きくまとめて、ゆったり過ごせるようにした。

 景色のいい2階はコンクリートの壁を抜いて、30畳近くあるリビングをつくった。主に、応接間として使うことを想定しており、キッチンも扉のなかに隠せるようになっている。もともとが気持ちの良い部屋をさらに開放的にしたリビングは評判も上々だという。元々1階にあったLDKはそのまま残して、普段使いのリビングとして使い分けることにした。寝室を1階に移したので、いずれ階段が辛くなっても1階だけで生活できる。緑の好きなO邸にいつの間にか増えていた鉢物は整理してバルコニーにまとめた。家を隠す大きな塀がなくなったので、柵をつたうツル植物は外からもよく見える。

 以前の家もよく知る、ご主人の妹さんはリフォーム後にO邸を訪れ、その変貌ぶりに感心した。ちょうどリフォームを考えていた妹さんはすぐに窪田さんを紹介してもらったそう。それほど大掛かりな工事はしていないと窪田さんはいうが、空間の質は大いに上がったのだということが窺いしれるエピソードだ。
  • 2階のリビング。床は落ち着いた色のウォールナットを選び、壁も左官でしっとりした雰囲気に

    2階のリビング。床は落ち着いた色のウォールナットを選び、壁も左官でしっとりした雰囲気に

  • 以前の2階から1階へ降りる階段の様子。

    以前の2階から1階へ降りる階段の様子。

基本データ

施主
O邸
所在地
東京都多摩市
家族構成
夫婦+子供1人
敷地面積
1,000㎡
延床面積
330㎡
予 算
2000万円台