保育園園舎の建て替えプロジェクト
新しい学び舎に響く子どもたちの歓声

大分県別府市にある認可保育園「リトルメイト」。創設から約20年、園舎建て替えにあたり白羽の矢が立ったのが、建築設計事務所YRADの田中悠希さんと榎本亮祐さんのおふたりだ。施主である園長先生が長年温めてきた具体的かつ多岐にわたる要望に、おふたりはどのように取り組んだのでしょうか。

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長年温めてきた園舎の建て替え
要望を叶えるため一歩ずつ前へ

東に広がる別府湾から西にそびえる鶴見岳へと続く傾斜地に、「LITTLEMATE」は立っている。ここは0歳から5歳までの未就学児童が通う私立の認可保育園。創立されたのは約20年前とのこと。赤い屋根も印象的な平屋の既存園舎を建て替える依頼が、知人を通じてYRADに持ち込まれたという。

「お施主様である園長先生は、園舎を建て替える構想を長年温めてきました。それだけにご要望は多岐にわたり、また建物や空間、設備などにも明確なイメージを持たれていました」と、YRADのおふたり。
園長先生の要望は、例えば、「屋上庭園を作りたい」「シンボルツリーのある中庭」「光と風を感じる園舎」「既存園舎の園庭や保育室が狭かったので、建物内外に遊戯スペースを確保したい」「空中遊具(エアープレイス)がほしい」「防犯的に外に対して閉じたいが閉塞的な印象を与えたくない」などなど。

ただ、その要望をイメージ通りにすべて叶えることは、限られた予算と敷地面積、さらには法的な縛りがあり、実現することが難しいと思える部分もあった。それでも「園長先生とヒアリングを重ね、思い描くイメージや想いをひとつ一つ汲み取り、同時に法的にクリアするよう整理していきました。法的に難しいと思われたところも代替案を何度も提案し、一歩ずつ前に進めていきました」と話す。

次の章では、多岐にわたる施主の要望をどのように実現したのかを具体的に見ていこう。
  • 東側と北側が接道した敷地に立つ「LITTLEMATE」。鶴見岳から別府湾に向け傾斜した土地に合わせるように、東面ファサードを低く抑え、奥(西)へ向かって高くなるよう建物をレイアウト。周囲に圧迫感を与えないように配慮した

    東側と北側が接道した敷地に立つ「LITTLEMATE」。鶴見岳から別府湾に向け傾斜した土地に合わせるように、東面ファサードを低く抑え、奥(西)へ向かって高くなるよう建物をレイアウト。周囲に圧迫感を与えないように配慮した

  • 1階保育室から階段室、中庭を望む。保育室は東側一面がガラス張りになっていて明るく開放的。ぬくもりの感じられる木製サッシを採用している。外から、中庭→階段室→保育室とレイヤーにレイアウトすることで、プライバシーを確保すると同時に空間に奥行きが感じられる

    1階保育室から階段室、中庭を望む。保育室は東側一面がガラス張りになっていて明るく開放的。ぬくもりの感じられる木製サッシを採用している。外から、中庭→階段室→保育室とレイヤーにレイアウトすることで、プライバシーを確保すると同時に空間に奥行きが感じられる

  • 1階保育室の別アングル。写真右側の扉の奥に収容スペースやトイレ、スロップシンクなどをまとめて配置、扉を閉めるとスッキリした印象に。天井にはカーテンで部屋を間仕切りできるようレールを設置。保育園ならではの細やかな工夫だろう

    1階保育室の別アングル。写真右側の扉の奥に収容スペースやトイレ、スロップシンクなどをまとめて配置、扉を閉めるとスッキリした印象に。天井にはカーテンで部屋を間仕切りできるようレールを設置。保育園ならではの細やかな工夫だろう

子どもたちの正直な言葉が
プロジェクトの成功の証

敷地面積は約280㎡(約85坪)。決して大きくないスペースを最大限に活用するため、スクエアな矩形の建物を敷地のぎりぎりまで広げてレイアウト。「限られた敷地で必要とされる空間を確保し、遊戯スペースをいかに多く取れるのかを考えました。平面かつ立体的にスペースを確保しながらも、中で過ごす園児や保育者たちにとって複雑にならないよう配慮しました」と話すとおり、中庭を中心にコの字型に配置された建物の屋上部分に屋上庭園と北側棟の2階にもテラスを設け、園児たちが元気に外遊びできる場所を確保した。

既存園舎の建て替えにあたり、必要とされる空間を確保するため建物を立体的にプランニングするとともに、WRC構造(鉄筋コンクリート壁式構造)を採用。「RC構造(鉄筋コンクリート構造)の場合、どうしても柱や梁が太くなってしまい、少なからず内部空間を圧迫していまいます。それに比べ面(壁)で建物を支えるWRC構造はデッドスペースが少なく、限られた空間を有効利用できます。一方、開口を自由に増やすことが難しいのですが、構造設計者に相談しながら最大限に開口部を設けました」。

「防犯的に外に対して閉じたいが閉塞的な印象を与えたくない」という要望には、園内外を緩やかにつなぐ外壁スリットの位置や数を施主と話し合いながら決めていった。
また、ファサードを低く抑え奥へ向かって建物がだんだん高くなるようにすることで、周囲への圧迫感や閉塞感を軽減するとともに、傾斜した街並みとの調和が生まれた。2階テラスのフェンス越しに園児たちが道行く人々に手を振るなど、近隣とのささやかなコミュニケーションも日常的な光景だという。
中庭にはシンボルツリーとなるシマトネリコを地植え。2階テラスや屋上庭園にも緑があり、子どもたちの情操教育にも好ましい景観をつくり出している。「建物の内外に連続した植栽を設けることで、防犯面にも配慮しながら内と外が繋がるよう計画しました。植栽が地面から屋上まで視覚的に繋がり、緑に包まれた自然豊かな園舎は矩形の外観に柔らかさを与える効果もたらします。また、通りゆく人や近隣住民へ、緑を借りる"借景"ではなく、緑を提供する"貸景"といった概念を持つ建物になって欲しいと考えたからです」とも。

保育室のある西棟は、中庭に面した階段室の壁一面をガラス張りにすることで「園児が光と風を感じる園舎」を実現。外に対して中庭→階段室→保育室がレイヤー構造となり、プライバシーを確保すると同時に空間に奥行きが生まれている。
屋外と保育室のバッファとなる階段室は2階までの吹き抜け空間となっている。この高さを利用し、ネット遊具を設置した屋内遊戯スペース「エアープレイス」に。当初は2階保育室の天井部分にネット遊具をつくりたいとの要望だったが、予算との兼ね合いで今の位置に設置することを提案。結果、単なる階段室ではなく、1階と2階が立体的につながる空間が生まれた。

旧園舎は平屋だったこともあり、保育士さんが体を休める場所もあまり取れない状態だったという。「子どもたちの学び・遊びの空間も大切ですが、保育士さんの働く環境も整えてほしいというのも園長先生のご希望でした。そこで、エントランス棟の2階にスタッフルームを設けました。勤務中に保育士さんがゆっくりする時間はそれほどないらしいのですが、やはり少し疲れたときに気を抜けるとか気持ちを切り替える場所って必要です。そうすることで子どもたちと接するときに”気持ちの余裕”みたいなものも生まれてくるでしょうから」。

「竣工後、『長年思い描いていた夢の園舎が実際に建ち、本当に嬉しいです』との園長先生からのお言葉をいただきました。また園児と触れ合う機会があったのですが、その時に『新しい保育園、大好き!楽しい!』と、子どもたちから嬉しい声も」と、 YRADのおふたりは口を揃える。
いわばエンドユーザーである子どもたちの正直な言葉こそ最高の褒め言葉であり、「LITTLEMATE」プロジェクトの成功を物語っている。


撮影者:矢野 紀行
  • 保育室から続くランチスペース。ガラス窓で仕切られた奥のスペースは厨房となっている。中庭と室内の床がフラットになっているので、小さな子どもでもつまづきにくく安心して出入りできる。季節や時間帯によっては、中庭に降り注ぐ陽光が室内にも届く

    保育室から続くランチスペース。ガラス窓で仕切られた奥のスペースは厨房となっている。中庭と室内の床がフラットになっているので、小さな子どもでもつまづきにくく安心して出入りできる。季節や時間帯によっては、中庭に降り注ぐ陽光が室内にも届く

  • 左から中庭、階段室、保育室。手前の空間がランチスペース。建物はコの字型になっていて、写真奥が玄関や園長室、スタッフルーム、書庫などを集めた棟となっている。2階に見える窓がスタッフルームで、ルーム内にいながら園内にも目が届く

    左から中庭、階段室、保育室。手前の空間がランチスペース。建物はコの字型になっていて、写真奥が玄関や園長室、スタッフルーム、書庫などを集めた棟となっている。2階に見える窓がスタッフルームで、ルーム内にいながら園内にも目が届く

  • シンボルツリーを地植えした中庭から2階テラスを見上げる。中庭は、玄関ポーチ・階段室・ランチスペースの三方向から出入りできる。階段室の外壁は、採光を確保するため2階までガラス張りになっている

    シンボルツリーを地植えした中庭から2階テラスを見上げる。中庭は、玄関ポーチ・階段室・ランチスペースの三方向から出入りできる。階段室の外壁は、採光を確保するため2階までガラス張りになっている

  • 2階へ続く階段はスキップフロアでワンクッション。エアープレイスには2階保育室からアクセスできる

    2階へ続く階段はスキップフロアでワンクッション。エアープレイスには2階保育室からアクセスできる

  • 鉢植えの植栽のある2階テラス。フェンスの高さは1300mmを確保、園児が乗り越えることのないよう安全面もしっかり。足元まで見えるので、子どもたちは道行く人たちに手を降ったり、お話したり

    鉢植えの植栽のある2階テラス。フェンスの高さは1300mmを確保、園児が乗り越えることのないよう安全面もしっかり。足元まで見えるので、子どもたちは道行く人たちに手を降ったり、お話したり

  • 敷地を有効活用するため、屋上には人工芝を敷いたルーフテラスを設けた。広さは約14m✕6m(植栽部含む)もあり、思いっきり走り回ったり、転げ回ったりして体を動かすことができる

    敷地を有効活用するため、屋上には人工芝を敷いたルーフテラスを設けた。広さは約14m✕6m(植栽部含む)もあり、思いっきり走り回ったり、転げ回ったりして体を動かすことができる

基本データ

作品名
LITTLEMATE / 認可保育園リトルメイト
所在地
大分県別府市
敷地面積
279.61㎡
延床面積
277.79㎡