将来は店舗、文化教室、事務所にも変更可能
ライフスタイルの変化を想定した2世帯住宅

神奈川県藤沢市に、独創的な2世帯住宅が誕生した。湘南の気候を感じられ、大きな邸宅が残る街並みに溶け込んでいる。しかしこの作品の最大の特徴は、将来自由に建物の使用方法を変更できる点だ。そのため、特殊な構造を採用している。2世帯住宅を考えている方にとって、とても参考になる事例をご紹介しよう。

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将来の使用方法が変わることを
最初から想定した設計

この作品を設計したのは、株式会社 矢野建築設計事務所を兄弟で経営する、矢野泰司さんと矢野雄司さん。

お施主様の依頼は、両親が住んでいた土地に2世帯住宅を建てたいというものだった。

主な要望は2つ。

・これまで手を加え続けてきた奥庭と、敷地の特徴を活かした計画にしてほしい
・湘南の気候を適度に感じられる、内外が連続した計画にしてほしい

というものだった。

それらの要望を実現するプランとするのはもちろんだが、この作品の最大の特徴は別にある。

“将来、ライフスタイルが変わっても自由に対応できるプラン”を、矢野さんたちが提案したことだ。

その内容は、単に間取りの変更ができるといったものではなく、建物の使い方自体を変えられるという大規模なものだ。

たとえば近い将来に介護が必要となった場合、親世帯は1階で暮らし、必要に応じてスロープを設置して移動できるように考えられている。

さらに時が流れた将来、道路に面した南側をカフェ兼住宅として貸し出す。あるいは1階をすべて貸し出し、レストランやショップとして活用する。または地域に開放したライブラリーや文化教室として活用することなども想定した。

いかがだろう。このように大幅な用途の変更を想定した2世帯住宅は、かなり珍しいものだ。

そのため、構造は綿密に計算された独特なものとなっている。詳細は省くがその概要は、垂直に建てられた頑丈なRC壁柱を採用して地震力を負担。その上部や側面に軽い木架構を自由に架け替えることを可能としたため、極論を言えば部屋を増やしたり減らしたりすることもできる。

さらに、親世帯と子世帯の建物はテラスで繋がった回遊動線となっている。また、各階に出入り口があり、テラスに庭から階段で直接行くことができる。これであれば複数の用途で同時利用でき、大きなレストランとして活用することもできる。

なぜ、このように長期的なライフスタイルの変化を視野に入れたプランとしたのか。その背景を、矢野さんはこう解説してくれた。

「単純に、建物を長く使ってほしいからです。せっかく色々と考えて建てた家が、ライフスタイルの変化で使いづらくなる。そうした状況にならないよう、他の作品でも将来を考えて柔軟な使い方ができるように考えています」。

確かに2世帯住宅は遠い将来、住む人が変わり、その時点で使いづらいものになってしまうケースも多い。家を建てる時の状況だけではなく、数年後、数十年後を見据えたプランであれば、そうしたリスクは少なくなる。とても良く考えられた事例ではないだろうか。
  • 左が奥庭。正面が親世帯で右側が子世帯。2棟は屋根付きのテラスでつながっている。変形敷地の特性を活かし、角度をつけた配置。その結果、視線やプライバシー、採光の面でも問題がないプランとなった

    左が奥庭。正面が親世帯で右側が子世帯。2棟は屋根付きのテラスでつながっている。変形敷地の特性を活かし、角度をつけた配置。その結果、視線やプライバシー、採光の面でも問題がないプランとなった

  • 2棟をつなぐ大きな屋根付きテラス。高さがある奥庭の緑を眺めながら、湘南の空気を感じることができる

    2棟をつなぐ大きな屋根付きテラス。高さがある奥庭の緑を眺めながら、湘南の空気を感じることができる

  • 道路から見た敷地。高低差を活用したプランだ。左の駐車場は将来、室内化することも可能な設計だ

    道路から見た敷地。高低差を活用したプランだ。左の駐車場は将来、室内化することも可能な設計だ

  • エントランス。左が子世帯、右が親世帯の玄関。立派な奥庭の一部が通路の先に見える

    エントランス。左が子世帯、右が親世帯の玄関。立派な奥庭の一部が通路の先に見える

  • 子世帯のダイニング。スキップフロアの先にリビングが見える。右側の奥に見えるのは、テラスと親世帯の棟

    子世帯のダイニング。スキップフロアの先にリビングが見える。右側の奥に見えるのは、テラスと親世帯の棟

  • 子世帯のリビング。奥様が音楽の先生なので、グランドピアノが設置され、その背後はすべて収納となっている。庭の存在感に拮抗するため天井は3.8mと高くし、収納の壁面も大きなものとした

    子世帯のリビング。奥様が音楽の先生なので、グランドピアノが設置され、その背後はすべて収納となっている。庭の存在感に拮抗するため天井は3.8mと高くし、収納の壁面も大きなものとした

40年間手入れされた力強い奥庭を活かし
高低差と変形の敷地に対応するプラン

次に、お施主様の要望への回答をご紹介しよう。

“奥庭と敷地の特徴を活かした計画にしてほしい”という要望については、素材とプランで対応した。

この敷地は、もともと丘があった場所の大きな屋敷の跡地にある。細分化されて現在は住宅街になっているが、土地に高低差があり、古地図にも表記されている道に面し、敷地も変形している。

つまり、一般的な整地された敷地ではないため、制約が多いケースと言える。

もっとも特徴的なのは、お施主様の両親がこれまで40年間手入れをしてきた奥庭だ。大きな岩や樹木があり、さらに高低差がある。一般的な平地に樹木が植えられているのではなく、木々は丘の名残となる斜面に植えられており、山裾の庭園といったイメージだ。

矢野さんたちは現地調査をした時、その奥庭の力強さに圧倒されたそうだ。そこでまず、建物の素材がこの奥庭の力強さに負けないよう、バランスが取れた素材を採用することを決めた。

先述したRCの壁柱は将来的な対応を可能にするためだが、建物の素材としての力強さを確保するためでもあった。コンクリートの壁柱は9本配置され、この奥庭や岩に拮抗する素材として採用されたのだ。

また、この奥庭を毎日眺められるよう、その正面となる敷地の奥側に親世帯の家を配置することにした。

その結果、子世帯は道路側に配置することとなったが、その位置には敷地の高低差が約1.2mあった。そこで採用したプランは、スキップフロア。無理に整地せず、法的な制約もクリアできる合理的なものとした。

変形敷地への対応も、その現況に抗うことなく、柔軟にその特徴を活かした。親世帯の建物と子世帯の建物を敷地の形状に合わせ、角度をつけて配置。結果として、親世帯と子世帯の建物は採光やプライバシーの面で問題がなくなった。

この他にも、すべての場所に考え尽くされた工夫が施されている。ぜひ写真と説明文をご参照いただきたい。
  • 別角度のリビングから見た風景。奥にあるのが親世帯の棟で、その間をつなぐのが屋根付きテラス。左に奥庭の緑が見える。高い天井と全面ガラス、テラスの屋根が室内にまで続くことで、外と中の連続性を感じることができる

    別角度のリビングから見た風景。奥にあるのが親世帯の棟で、その間をつなぐのが屋根付きテラス。左に奥庭の緑が見える。高い天井と全面ガラス、テラスの屋根が室内にまで続くことで、外と中の連続性を感じることができる

  • リビングから奥庭側を見た風景。藤沢駅からほど近い立地とは思えない、緑の自然を感じられる。開口部が大きく、湘南の風や空気に包まれる空間だ

    リビングから奥庭側を見た風景。藤沢駅からほど近い立地とは思えない、緑の自然を感じられる。開口部が大きく、湘南の風や空気に包まれる空間だ

  • 子世帯のキッチン・ダイニング。前面道路にもっとも近く、街に接する場所。床にタイルを使うなど、あえて周辺との距離感を近づけた。とても幅広い造作キッチンは、多人数で料理をすることも可能だ

    子世帯のキッチン・ダイニング。前面道路にもっとも近く、街に接する場所。床にタイルを使うなど、あえて周辺との距離感を近づけた。とても幅広い造作キッチンは、多人数で料理をすることも可能だ

  • 子世帯のドレスルーム。浴室はハーフユニットで、上半分はFRP製。コストを抑えつつ、自由に大きな窓を配置できて水漏れリスクが少ないためによく採用するとのこと。右側はすべて衣服の収納スペース。トップライトは開閉でき、明るさの確保と自然換気に役立っている

    子世帯のドレスルーム。浴室はハーフユニットで、上半分はFRP製。コストを抑えつつ、自由に大きな窓を配置できて水漏れリスクが少ないためによく採用するとのこと。右側はすべて衣服の収納スペース。トップライトは開閉でき、明るさの確保と自然換気に役立っている

湘南らしさを感じられる
環境配慮型のプラン

さいごに、“湘南の気候を適度に感じられる、内外が連続した計画”についてご紹介しよう。

矢野さんたちは敷地周辺の地域がどのように作られてきたのかを、古地図や現地調査によって徹底的に調べ上げた。

敷地は古くからある邸宅の一部だが、藤沢駅の近くに立地する。駅近くには高層マンションがあり、近隣は閑静な住宅街。さらに、その住宅街は湘南の海まで続く。

このように複数の要素を持つ敷地にとっての最適解を見つけ出すことに注力した。もっとも心がけたのが、周辺地域との距離感だ。

前庭を新たに設け、生活の中で利用する庭、土間、通路、テラス等を街からも見える形とし、内部に大きな開口を設けたことで自然と近隣の人とのコミュニケーションが増えるように注力。

その結果、地域に開いた緩やかなコミュニティが生まれ、安心感がありながらも光や風に満ちた快楽的な暮らし方を実現した。

お施主様の反応をご紹介しよう。

「今まで手を加えてきた奥庭や樹木、街並みを色々な角度や高さで再認識することができました」

「街や各世帯同士で適度に角度があるので、それぞれのプライバシーは確保されながらも気軽に声がかけられる距離感が心地よいです」

「風や光が抜けて気持ちが良いです」

矢野さんたちは、2世帯住宅に限らず、すべての作品で将来のライフスタイルの変化に対応できるように考慮しているという。また、周辺地域の成り立ちを調べ、適度な距離感を持つ家となるように心がけているそうだ。

自分たちの要望を実現するだけでなく、このような提案してくれる建築家をお探しの方は、いちどコンタクトしてみてはいかがだろう。
  • 親世帯のダイニング。重厚な色合いの家具にあわせて、天井や床の色をチョイスした。
子世帯と違う、クラシカルな雰囲気だ。奥庭側のウッドデッキに接し、いつでもその景観を楽しむことができる

    親世帯のダイニング。重厚な色合いの家具にあわせて、天井や床の色をチョイスした。
    子世帯と違う、クラシカルな雰囲気だ。奥庭側のウッドデッキに接し、いつでもその景観を楽しむことができる

  • 親世帯の2階寝室。落ち着く空間とするために、あえて天井は低めに。正面に街の景色が見えるが、RC製の柱があることで適度な距離感となっている。子世帯の棟とは平行でなく斜めの配置なので、右側に大きな窓を設置することもできた。陽の光も入り、湘南の風が吹き抜ける

    親世帯の2階寝室。落ち着く空間とするために、あえて天井は低めに。正面に街の景色が見えるが、RC製の柱があることで適度な距離感となっている。子世帯の棟とは平行でなく斜めの配置なので、右側に大きな窓を設置することもできた。陽の光も入り、湘南の風が吹き抜ける

  • 親世帯の和室。街側だが前庭が設けられているため、視線を感じることがなくプライバシーも確保されている。将来介護が必要となった場合には、この場所を寝室とするなど柔軟な変更が可能

    親世帯の和室。街側だが前庭が設けられているため、視線を感じることがなくプライバシーも確保されている。将来介護が必要となった場合には、この場所を寝室とするなど柔軟な変更が可能

  • 奥庭から見た風景。左が親世帯で右が子世帯。その間を屋根付きテラスがつなぐ

    奥庭から見た風景。左が親世帯で右が子世帯。その間を屋根付きテラスがつなぐ

撮影:Kenta Hasegawa

間取り図

  • 平面図

  • 断面図1

  • 断面図2

基本データ

作品名
鵠沼の家
所在地
神奈川県藤沢市
家族構成
両親+夫婦+子ども1人
敷地面積
283.96㎡
延床面積
199.46㎡