基礎断熱、パッシブ換気で居心地も省エネも
配置の妙で誰もが快適に過ごせるこども園

幼稚園からこども園に生まれ変わるため、0~2歳児を受け入れる新園舎のプランニングを依頼された建築家の一原さん。他の園のリサーチに加え、経験豊富な保育士たちからの意見もくみ取りながらプランニングをスタート。省エネはもちろん、使い勝手のよい、園児も職員も快適に、安全に過ごせる園舎を完成させた。

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徹底的なリサーチと現場の生の声を聞き実現
優れた動線にもなる「トイレ」

アプローチの坂道を登っていくと、大きく張り出した楕円の庇が印象的な建物がある。その奥には楕円の庇に呼応するような正円の壁面と、三角屋根のシンボリックな建物が。ここは、北広島かおり幼稚園。今回は、壁面の大きな十字架が園児や親を温かく迎え入れてくれる、手前の新園舎を紹介する。

設計を担当したのは、株式会社ホリゾンアーキテクツ一級建築士事務所の一原寿寛さん。新園舎は幼稚園から認定こども園へと移行するため、0~2歳児の園舎が必要になったことからプロジェクトがスタートしたとのこと。

一原さんはまず既存の園舎との関係性を考慮し、正円と三角という特徴的デザインと調和しつつ、躍動感も感じられる楕円のモチーフを外観に取り入れた。色調についても、白を基調とした既存園舎に合わせて、木材の壁面を柔らかく明るい色で仕上げている。

今回の幼稚園の設計にあたっては、最高の子育て環境の提供を目指すために、これまで複数の幼稚園に携わり経験豊富な元保育士という方にアドバイザーとして入ってもらったとのこと。生の声を聞き、また他の園での事例も参考にしながらプランニングを進め、1階に園児室や厨房、2階に職員室を備えた2階建ての園舎が完成した。

内部の要となったのは、1階トイレの位置だ。0歳児、1歳児の保育室と多目的ホールの中心にあり、それぞれの部屋とダイレクトに繋がる出入口が設けられている。2歳児の保育室からも1歳児室を最短距離で抜けてアクセスでき、保育に関するすべてのエリアとトイレが直接繋がっている。

というのも、0~2歳児がトイレに行くときには必ず介助が必要。どこの部屋からでも手間なくトイレに連れて行ったり、おむつ替えができたりすることが重要だった。さらに、職員は複数の保育室を行き来しながら保育をしている場合もあり、トイレも動線のひとつとして移動しやすい状況を整えたかったという。「非常に優れた動線として、職員さんたちから好評をいただいています」と一原さん。ご要望から、十分な量のおむつなどをストックできる収納も用意。動線としてだけでなく、トイレそのものの使い勝手も申し分ない。

職員にとっては働きやすく、園児にとってはストレスなく安心して過ごせるこども園。多くの幼稚園や保育園のリサーチをしたそうだが、それらを咀嚼し自分の設計として落とし込んだからこそ、こんなにも新園舎が誰からも好評を得ているのだろう。
  • 新園舎(右)。既存の園舎(左)の丸い壁面に呼応しつつ躍動感も感じられるように、楕円のモチーフを取り入れた。色調も合わせて明るくし、全体的な調和を図った

    新園舎(右)。既存の園舎(左)の丸い壁面に呼応しつつ躍動感も感じられるように、楕円のモチーフを取り入れた。色調も合わせて明るくし、全体的な調和を図った

  • 外観。園舎の横幅いっぱいに庇を深く出し、日射をコントロール。建物右側、十字架の両脇にはそれぞれ保育室があり、庇があることで光を柔らかく室内へ届けられる。外壁は明るい色で塗装。梁や柱は濃い茶色で塗装し、構造の力強さを表現した

    外観。園舎の横幅いっぱいに庇を深く出し、日射をコントロール。建物右側、十字架の両脇にはそれぞれ保育室があり、庇があることで光を柔らかく室内へ届けられる。外壁は明るい色で塗装。梁や柱は濃い茶色で塗装し、構造の力強さを表現した

  • 楕円の庇がおおらかに被さる「みんなの広場」。上部を丸く抜き雨や雪はしのぎつつ、庇の下が暗くならないよう工夫。十字架を挟み、それぞれの窓は1歳児室(左)と2歳児室(右)。玄関を使わず、この窓から出入りすることも。夏は日陰に、冬は積雪しないエリアとして重宝している

    楕円の庇がおおらかに被さる「みんなの広場」。上部を丸く抜き雨や雪はしのぎつつ、庇の下が暗くならないよう工夫。十字架を挟み、それぞれの窓は1歳児室(左)と2歳児室(右)。玄関を使わず、この窓から出入りすることも。夏は日陰に、冬は積雪しないエリアとして重宝している

  • みんなの広場は「外の教室」と一原さん。棚をイメージしてニッチを設け、縁をカラフルに塗装した

    みんなの広場は「外の教室」と一原さん。棚をイメージしてニッチを設け、縁をカラフルに塗装した

肌ざわりよい素材と、心地よい環境
長い時間過ごすからこそ、家庭的な居心地を

新園舎は、園児たちが心地よさを得られる空間づくりにも力を入れた。

触れる部分には優しい素材をと、床にはカバ材を使用。さらに床下には床暖房システムと基礎断熱が入っており、北海道の厳しい冬でも床が暖かい。園児たちはいつでも裸足で園舎の中を走り回っている。

また、ホールや保育室など園児が過ごす部屋に関してはパッシブ換気を取り入れた。冬は基礎断熱における床下暖房の空気が室内にも回り適温を維持する。また、夏は上部へ抜ける風の流れが感じられてとても気持ちがいいという。

園舎のような建物では費用や効率の関係上、これまで採用されることが少なかったかもしれないが、実は基礎断熱もパッシブ換気も、省エネ基準が厳しい北海道の一般的な住宅ではよく取り入れられている。夜間まで子どもを預かることもあるこども園。そうでなくても、一日のうち長い時間を過ごすからこそ、家のような居心地にしたいと一原さんは考えた。

家のような居心地を追求したのは、素材や断熱性能だけではない。園舎は明るい色にまとめられ、室内の「虹の道」に面する窓や、外部の「みんなの広場」のニッチの縁はカラフルに塗られている。加えて、保育室は外部に大きく張り出した庇によりコントロールされた自然光が降り注ぐ。また多目的ホールはハイサイドライトから柔らかく間接光が広がり、穏やかな空間を演出している。この空間は、1、2歳児のお昼寝部屋としても使用。間接光の入り方は絶妙で、明るすぎた場合のためにブラインドも考えたが、最終的には必要がなくなった。

快適な環境で日差しを浴びながら一日を過ごせる。きっと園児たちにとって通うのが楽しみなこども園に違いない。
  • 1階廊下は「虹の道」と呼び、多目的に使えるスペースに。窓のカラフルさやランダムな配置が楽しい。窓の外には散歩道が見え、道行く人たちと手を振り合うなど交流も。保育室へ持ち込まず、廊下の日当たりがよい場所やパッシブ換気で上がってくる暖気を活用し、コートなどを干す

    1階廊下は「虹の道」と呼び、多目的に使えるスペースに。窓のカラフルさやランダムな配置が楽しい。窓の外には散歩道が見え、道行く人たちと手を振り合うなど交流も。保育室へ持ち込まず、廊下の日当たりがよい場所やパッシブ換気で上がってくる暖気を活用し、コートなどを干す

  • 1階廊下。画像右の開口は調理室。高性能の基礎断熱を取り入れたうえ、床には無垢材を採用。塗装も足触りがよいものにこだわった。園児が気持ちよさそうに裸足で走り回るのはもちろん、職員もスリッパを履かず靴下でいることが多いのだそう

    1階廊下。画像右の開口は調理室。高性能の基礎断熱を取り入れたうえ、床には無垢材を採用。塗装も足触りがよいものにこだわった。園児が気持ちよさそうに裸足で走り回るのはもちろん、職員もスリッパを履かず靴下でいることが多いのだそう

  • 1階、園児も親も利用できる待合コーナー。正面の棚は靴棚。プレートには、モチーフである楕円形を取り入れた。画像右「せんせいのへや」の扉を開けると、2階への階段がある

    1階、園児も親も利用できる待合コーナー。正面の棚は靴棚。プレートには、モチーフである楕円形を取り入れた。画像右「せんせいのへや」の扉を開けると、2階への階段がある

高性能の基礎断熱は省エネに直結。
新園舎は今、新時代のシンボル的な存在に

普段の家づくりでも、省エネに力を入れている一原さん。心地よさを導く基礎断熱やパッシブ換気もそれを意識していることは当然だ。

将来的には、壁面太陽光発電と蓄電池も取り入れたいとのこと。「省エネ法も義務化されました。北海道基準の断熱・気密仕様を加えたこの3つが揃えば、冷暖房エネルギーをZEB基準より大幅に削減できるのです」と一原さん。その結果イニシャルコストは15~20年で取り戻せる程度だという。北海道という極寒の地ではなくても、長く使用する建物においてこれは質の良い財産を得られることだともいえるだろう。

快適に、のびのび過ごせる新園舎。外での活動がしやすい工夫もされている。大きな楕円の庇がシンボリックな「みんなの広場」がそうだ。保育室が室内の教室なら、みんなの広場はいわば外の教室。夏には外遊びで一息つく日陰となり、冬は雪が積もらないエリアとして便利に活用できる。また、十字架の上など人が集まりやすい場所を狙い、いくつかの開口を計画。天候を問わず、自然に人が寄る雰囲気をつくりあげた。

北海道の中でも、子育ての環境づくりに定評がある北広島市。様々な意見やアイデアを取り入れて完成したこの新園舎には、今、他の園が参考にするため視察に来ることも多いという。さらに市の担当者からも、子育て政策に合致しているとして評価を得たそうだ。園児の募集に対する申し込みも増え、幼稚園から認定こども園に生まれ変わったことを喜ばしいと感じている人は多いとのこと。

「町や環境にいい影響を与えているのであれば、こんなに嬉しいことはないですね」と、一原さんは嬉しそうに語る。しかしそれは、一原さんがきちんと求められているものを見極め、確実に表現できる力を持つ建築家だからだ。
  • 1階多目的ホール。吹き抜け上部は水色の塗壁で空を表現。手仕事ならではのムラが色調に複雑さを加えている

    1階多目的ホール。吹き抜け上部は水色の塗壁で空を表現。手仕事ならではのムラが色調に複雑さを加えている

  • 2歳児室。壁面にはシナベニヤを採用。園児が触れる部分の優しい質感にこだわった。棚の上はマグネットボード。色を壁面と揃え、うまく溶け合わせている。背面に1歳児室、トイレへと抜けられる動線がある

    2歳児室。壁面にはシナベニヤを採用。園児が触れる部分の優しい質感にこだわった。棚の上はマグネットボード。色を壁面と揃え、うまく溶け合わせている。背面に1歳児室、トイレへと抜けられる動線がある

  • トイレ。右壁面の仕切り戸は1歳児室、正面は1歳児室の前室から2歳児室まで繋がる。1歳児室への戸の向かいの戸はホールに続く。背面には0歳児室の仕切り戸もあり、全ての部屋がトイレと直結。園児をトイレに連れて行くことはもちろん、トイレ自体が動線となり移動が楽になった

    トイレ。右壁面の仕切り戸は1歳児室、正面は1歳児室の前室から2歳児室まで繋がる。1歳児室への戸の向かいの戸はホールに続く。背面には0歳児室の仕切り戸もあり、全ての部屋がトイレと直結。園児をトイレに連れて行くことはもちろん、トイレ自体が動線となり移動が楽になった

撮影:佐々木育弥

間取り図

  • 1F 平面図

  • 2F 平面図

  • 配置 1階 平面図

基本データ

作品名
北広島かおり幼稚園 新園舎
所在地
北海道北広島市
敷地面積
868.87㎡
延床面積
317.75㎡