眺望を味わい尽くす、没入感ある大開口。
構造体を外へ出したシンプルかつ豊かな家

絶景に魅了され、崖の脇の土地を購入されたお施主さま。建築家の中野さんは安全を確保しながら景色を楽しめる家にしようと考えた。また、家具をたくさんお持ちで、魅力的に見せたいというご要望もあり、スキップフロアを採用した開放的な空間をつくり上げた。それを実現したのは「構造体のアウトソーシング」だ。

この建築家に
相談する・
わせる
(無料です)

構造体をアウトソーシングしたシンプル空間
家具のレイアウトが楽しくなる家

福岡県太宰府市、見晴らしのよい場所に家はある。施主であるYさま夫妻の「一戸建てが欲しい」という夢を、この上ない形で叶えたのは、中野晋治建築研究室の中野晋治さんだ。

予算もあったことから当初の希望だった福岡市内はなかなか難しいと判断、近郊まで範囲を広げてみてはとアドバイスしたところ、この高台の土地が見つかったという。素晴らしい見晴らしにYさま夫妻も中野さんも一目で魅了され、ほぼ即決した。

一般的にはマイナスに感じられることも多い崖に面した立地のためそのぶん価格も抑えられており、懸念のひとつだった予算もクリア。「安全につくることは問題なくできますから」と中野さん。経験豊富な建築家らしい、力強い言葉だ。さっそくこの眺望のよさを取り入れた建築にしようと、プランニングが始まった。

完成したのは眺望に向けて壁一面を開口し、スキップフロアを取り入れた2階建ての家。

室内は1階から2階まで、まるごとワンルームのような空間に仕上げた。柱や壁を極限まで減らし、がらんどうといってもいいくらいにシンプルに計画したのは、Yさまの暮らしぶりを反映したからとのこと。家具を扱う仕事をされているYさまご主人は、ご自分でもたくさんの名作と呼ばれる家具をお持ちだそうだ。それらの家具を配置しやすく、より魅力的に見せられるよう、ダイニングを1階に、リビングは階段を少し上がった1.5階にと分けながらも、余計な線や壁を室内に出さないよう考慮した。

ただ、それではどうしても家は構造的に弱くなってしまう。そこで、家を支えるための梁や柱を室内の外に出してしまうという驚きの手法で心配を払しょくした。中野さんが「構造体のアウトソーシング」と呼ぶことからもわかるように、外から家を支えるイメージだ。大きく張り出した梁のぶんまで屋根を延長したことで、ゆとりあるテラスができたことも、暮らしに更なる豊かさをもたらした。

崖に対する対策はどうだろうか。スキップフロアの利点がここでも生きる。見晴らしのよい崖側の半地下に寝室を配置。寝室が地面の下に下がったことで、杭の長さも短くなった。安全を確保しながらコストダウンも実現。お施主さまが求める安心や安全を、驚きと共に叶えた。
  • 外観。梁や柱が外に出たユニークなデザイン。柱や壁を極力少なくした家を外側から支える役割を担っている。大きく張り出した屋根が軒となり、使い勝手よいテラスとなった。「将来壁を張れるだけで増築も可能です」と中野さん

    外観。梁や柱が外に出たユニークなデザイン。柱や壁を極力少なくした家を外側から支える役割を担っている。大きく張り出した屋根が軒となり、使い勝手よいテラスとなった。「将来壁を張れるだけで増築も可能です」と中野さん

  • 崖側から見た外観。眺望に向けて壁の一部をガラス張りにした。豊かに日射が入るうえ、室内は仕切りの少ないデザインのため、家は明るく暖かいという。建物の最左はテラス。隣家との間にワンクッション入れて適切な距離を取り、視線を気にせず暮らせるように計画した

    崖側から見た外観。眺望に向けて壁の一部をガラス張りにした。豊かに日射が入るうえ、室内は仕切りの少ないデザインのため、家は明るく暖かいという。建物の最左はテラス。隣家との間にワンクッション入れて適切な距離を取り、視線を気にせず暮らせるように計画した

  • テラス。室内をシンプルに整えるため、家を支える構造体を家の外へ出した。梁や柱の影も美しい

    テラス。室内をシンプルに整えるため、家を支える構造体を家の外へ出した。梁や柱の影も美しい

まるでガラス張りの壁。絶えず印象が変わる
表情豊かな眺望はスキップフロアならでは

家を建てるならここだ、と大きな理由になった眺望。中野さんのその取り入れ方、向き合い方が面白い。眺めて楽しむという以上に、風景や空が生活の一部として感じられるのだ。

秘密は、眺望に向けて大きく開口した窓にある。LDKから1.5階まで階段を上がった先にある窓は、窓というより壁をガラス張りにした印象。「景色との間にレイヤーを挟みたくありませんでした」と中野さんが語るように、サッシによってフレーミングされることない風景を眺めていると、まるで自分がその中にいるような気持ちになる。

また、季節や時間によって変化し続ける景色を、さらに意図的に多角的に見せることで暮らしを彩り豊かなものにしようと考えたという。家の中を移動すると、同じ窓からでも見える風景が少しずつ変わる。スキップフロアとしたおかげで、高さが半地下、1階、1.5階、2階と細かに変化し、シーンもバリエーション豊富に切り替わっていくのだ。

さらに、LDKの掃き出し窓からはテラスが隣接する。内部から梁が繋がり、室内の延長とも捉えられるテラスだが、絶景の見え方ははっとするほど全く違う。あえて美しく切り取らずに、自然や街並みそのものを見せるという方法により、暮らす人がより強く「この土地に住んでいる」という実感が得られると中野さんは考えている。

住まう人と自然との関係を反映している部分はほかにもある。この高台までは、いくつかの坂道を抜ける。スキップフロアは、その地形の特徴を表現してもいるのだという。例えばリビングから1,5階に向かう階段は、右と左で蹴上げの高さも踏板の幅も違う。外の世界にある傾斜も常に一定ではないからだ。さらに、できる限り仕切らずに計画した室内は、数多く設けられた窓から入る光が思いもよらない場所を明るくすることもある。互いに影響し合い、ひとつの空間をつくる。「これも、木や水や動物などが共存する自然と同じですよね」と中野さん。

この家は、自然の中に身を投じ、自然とともに暮らす家でもあるのだ。
  • 1階ダイニングから、1.5階リビングを見上げる。壁を切り取ったような開口は、自然との距離を近くする

    1階ダイニングから、1.5階リビングを見上げる。壁を切り取ったような開口は、自然との距離を近くする

  • 1.5階、リビング。階段の上は子ども室、下はダイニング。子ども室は腰壁で仕切られ、ダイニングにいる人とコミュニケーションが取りやすい。大らかな空間では、家具のレイアウトを考えるのも楽しそうだ。画像奥、道路側にも視線が届かない高い位置に窓を設けた

    1.5階、リビング。階段の上は子ども室、下はダイニング。子ども室は腰壁で仕切られ、ダイニングにいる人とコミュニケーションが取りやすい。大らかな空間では、家具のレイアウトを考えるのも楽しそうだ。画像奥、道路側にも視線が届かない高い位置に窓を設けた

  • 2階子ども室から1.5階リビング、眺望を見る。下から見上げると空が見えていたが、階段を上がると街を見下ろす風景に。1.5階の高さにあるおかげで、窓からすぐに地面が見えず浮遊感がある

    2階子ども室から1.5階リビング、眺望を見る。下から見上げると空が見えていたが、階段を上がると街を見下ろす風景に。1.5階の高さにあるおかげで、窓からすぐに地面が見えず浮遊感がある

理想の住まいに驚きを加えたプランニング。
家づくりスタートから暮らしが楽しみになる

家と自然との関係を大切に考える中野さん。同じように家と周囲に与える環境への影響についても熟考した。せっかくの絶景を独り占めせず、共有することで近隣の人々にとっても気持ちのよいエリアにすべく建物の配置を決めたという。

建物を片側に寄せ、家へ向かう最後の直線の延長線に視線の抜けをつくった。おかげで、前を通る人たちはいつでも目の前に広がるパノラマを楽しむことができる。さらに、家の中を視線が抜けるように窓を配置し、新しい家が建った威圧感も解消した。新築の家ながら、すでに地域に溶け込んでいるのはこういった理由があるからだ。

プランを提案するときは、なぜ最終的にこの計画に至ったかを経過とともに説明する。プロセスをひとつひとつ見せてもらえるため、わかりやすいと評判だ。「こんな暮らしがしたい」というお施主さまの希望と、敷地の特徴などをすべて取り込み、表現する。今回も、スキップフロアや中2階、テラスの採用で、お施主さま想像通りの暮らしができる家をサプライズとともに実現した。

今回一緒に家づくりをすることになったのは、ご主人と中野さんが仕事上でのお付き合いがあったことがきっかけだそうだ。ここからが驚いてしまう。ご主人が、依頼を考えている建築家がいると中野さんのことを伝えると、奥さまもインスタグラムを通して中野さんをご存じで、それは素敵だと返されたというのだ。つくる家はもちろん、家づくりに対する考え方などの波長も合い、楽しく家づくりができたという。

この家に引っ越しされた後、ご夫妻はインスタグラムで暮らしぶりを紹介されているのだそう。「それだけ家を気に入り、暮らしを楽しんでくださっているということでしょう」と中野さんは嬉しそうに話してくれた。
  • 半地下、寝室。半地下といえども窓のおかげで閉塞感がなく、そして明るい。崖に面している家だが、この部分を半地下にしたことで強度を高めるための杭を短くすることが可能になり、コストダウンにも繋がった

    半地下、寝室。半地下といえども窓のおかげで閉塞感がなく、そして明るい。崖に面している家だが、この部分を半地下にしたことで強度を高めるための杭を短くすることが可能になり、コストダウンにも繋がった

  • 1階ダイニング。隣家との間にテラスや駐車スペースを設け、視線が気になりにくいようにした。画像左の階段は、1段目を椅子と同じ高さに計画。居場所の1つにもなる。また踏板の幅が広い奥側は上部が開き、収納も兼ねている

    1階ダイニング。隣家との間にテラスや駐車スペースを設け、視線が気になりにくいようにした。画像左の階段は、1段目を椅子と同じ高さに計画。居場所の1つにもなる。また踏板の幅が広い奥側は上部が開き、収納も兼ねている

撮影:八代写真事務所(YASHIRO PHOTO OFFICE)

間取り図

  • 平面図

  • 断面図

基本データ

作品名
高台の窓と架構
施主
Y邸
所在地
福岡県太宰府市
家族構成
夫婦+子供1人
敷地面積
181.92㎡
延床面積
84.51㎡