防火地域の10坪の土地に豊かな空間を
不可能を可能にした「天空の光庭」という発想

家づくりはときに、厳しい現実に直面することがある。土地条件や予算により、ハウスメーカーから「その条件では無理」と言われ、思い描いていた家を諦めたり妥協したという人も多いことだろう。Oさんもそうなりかけた1人。そんなOさんの救世主となったのは、キトキノアーキテクチャの小林玲子さんだった。

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横がダメなら上から光を!
前例のない発想で審査機関と何度も折衝

日本有数の繁華街新宿。そこから少し歩いた地域、オフィスやマンション、商店などの中小のビルが立ち並ぶ一角にその住宅はある。わずか10坪、周囲を建物に囲まれた土地に建つ木造3階建てのO邸だ。

もともとこの地にあった2階建ての古い家を取り壊し、建て替えたいと思っていたOさん。建て替えの条件は、以前の家よりも床面積を大きくできる3階建て、できるだけ自然光を取り入れられること、そしてもちろん、それを限られた予算内で実現すること。

この条件を、数件のハウスメーカーに相談したところ「土地が狭くて難しい」「2階建てにしかできない」「予算的に厳しい」と、Oさんが思い描いていた家ができないという現実に直面したという。

「諦めざるを得ないのか?」「無理なのか?」と悩む中「建築家であればなんとかしてくれるかもしれない」との思いを持ち、知人を介してたどり着いたのが、キトキノアーキテクチャの小林さんだった。

Oさんと対面した小林さん、この土地の第一印象として「10坪しかない土地で床面積を確保し、窮屈さを感じない家とするか、さらには光をどうやって取り入れるかが、カギになる」と感じたという。

この難問を解決する方法として小林さんが思いついたのが「スキップフロア」だ。スキップフロアとは、1.5階や2.5階といった段差のあるスペースをつくることで、上下階をシームレスに繋げる手法。

スキップフロアとすることで、上下階方向に視線の抜けができる。それにより実面積以上の開放感を得られる。また、上部からの光を下へ降ろすことができ、少ない窓を有効活用できる。さらには、天井や床下に収納を確保できるというメリットがある。

この家の問題を一気に解決するスキップフロアだが、一般的には馴染みは薄い手法だ。そのため小林さんは「スキップフロアが一押しでしたが、通常の2階建て案、3階建て案も提示しました。また、模型やCGも用いながらお施主様にイメージを持っていただけるように努めました」と、丁寧に説明をしていったという。

スキップフロアという手法についてご存知なかったというOさんも「こんなことができるんだ」「思っていたよりも広い家になりそう」と驚いた様子で、スキップフロア案の採用となった。

こうしてスキップフロア案ですんなりと進んだかというと、実はそうではない。もう1つ大きな難問が待ち構えていた。

それはこの土地が「防火地域」であること。防火地域とは、市街地における火災の危険を防ぐため厳しい建築制限がある地域で、3階建ての住宅を建てる場合「耐火建築物」としなければならない。耐火建築物は、耐火性能の高い鉄筋コンクリート造や、たくさんの耐火建材が必要となる耐火木材とする必要があるため、一般的な木造に比べ高コストとなる。さらに柱や壁の太さや厚みも増すため空間も狭くならざるを得ない。

見積もってみると、やはりOさんの予算とは大きくかけ離れた金額となった。

八方ふさがりかと思えるこの状況だが、小林さんは1つの光明を見出す。それはO邸のような密集市街地での建て替えを促進すべく令和元年に制定された「延焼防止建築物」という制度。

「この制度のことは知っていましたが、これまでこの制度が施工されて以降、狭小住宅では一度も実績がないというものでした」と小林さん。

この制度を簡単にいうと、外壁や開口部に防火性能の高いものを使用すること、一定範囲内の開口率にすることなどを条件に「内部の柱などを耐火建築物ほどの性能を確保しなくてもよい」とする緩和制度。家の細部にわたって、しっかりと耐火性を持たせ高額となってしまう耐火構造に対し、内部から外への延焼を防ぐことができれば、中は一般的な木造と同程度の性能で建て良い」というような制度だ。

「一見すると、要件が緩和されたように感じられる制度です。しかし、窓の大きさの制限があり、隣家が迫る壁にはほとんど窓が設置できず、採光・通風などが確保できない制度でした。そのため、これまで活用ができなかったんだと思います」と小林さん。

この難問に対し、小林さんは「天空の光庭」というアイデアを思いつく。「横がダメなら上から光を!」という発想だ。屋根の中央部分をくり抜くように中庭を設け、室内に光を導くのだ。この光庭は、外とつながる窓でありながら周囲は部屋となっているため、隣家との間にしっかりと距離を取れる。そして光はスキップフロアを通じて下階へと降りる。また通風もしっかり確保される。延焼防止建物の基準をしっかり満たすプランだ。

小林さんは、このプランを審査機関へと提出した。しかし前例がないということで難色を示されたという。しかし小林さんはあきらめない。詳細な資料を作り、何度も足を運んで説明をしていったという。通常1か月ほどで済む審査が3カ月経ってやっと認められたという。

「せっかくの良い制度なのに使わないのはもったいない。このプランであれば、コストも抑えられOさんのご要望も満たせる。なんとか実現させてあげたいとの思いでした」と小林さんは語る。

こうして狭小住宅では日本初の延焼防止建築物が誕生した。

困難な状況でありながらも、それを解決する方法を見出すアイデア力、前例のないものにも果敢に挑むチャレンジ力、施主の想いを叶えるために労を惜しまない実行力。小林さんの力には驚かされる。
  • 防火地域にある約10坪の土地に建っていた2階建ての旧宅。建物右側と裏には隣家が迫り、後方にも大きな建物があるため、良好な陽当たりが望めない場所だった。

    防火地域にある約10坪の土地に建っていた2階建ての旧宅。建物右側と裏には隣家が迫り、後方にも大きな建物があるため、良好な陽当たりが望めない場所だった。

  • さまざまな困難を克服し3階建てに生まれ変わったO邸。道路側以外の横からは大きな窓がとれないため、上部に天空の光庭を設けることで延焼防止建物にできた。(写真☆)

    さまざまな困難を克服し3階建てに生まれ変わったO邸。道路側以外の横からは大きな窓がとれないため、上部に天空の光庭を設けることで延焼防止建物にできた。(写真☆)

  • 室内空間を最大化するため、敷地めいっぱいまでオーバーハングできるよう素材選びもこだわった。玄関も扉も斜めづけすることで空間をより広く利用。

    室内空間を最大化するため、敷地めいっぱいまでオーバーハングできるよう素材選びもこだわった。玄関も扉も斜めづけすることで空間をより広く利用。

  • 玄関を入った左には個室、廊下の先には床下収納。階段を半階分上った先にある洗面、風呂、トイレといった水回りスペースの下にあたる。

    玄関を入った左には個室、廊下の先には床下収納。階段を半階分上った先にある洗面、風呂、トイレといった水回りスペースの下にあたる。

  • 1階の個室の奥にも大容量の床下収納が。スキップフロアとすることで生み出された空間だ。

    1階の個室の奥にも大容量の床下収納が。スキップフロアとすることで生み出された空間だ。

  • 2階部分にある子供室。上部の扉を開くと半階上のダイニングにつながる。光や風の通り道になるとともに家族の程よい距離感を生む。

    2階部分にある子供室。上部の扉を開くと半階上のダイニングにつながる。光や風の通り道になるとともに家族の程よい距離感を生む。

スキップフロアと天空の光庭が
10坪の狭小地に豊かな空間をもたらした

こうして出来上がったO邸を見ていこう。

グレー地に黒いアクセントがついた外壁は、軽量モルタルにジョリパットを塗ったもの。2.5階部分が他の外壁よりも少し外側にはみ出している。(写真☆参照)

「この素材を使うと、工事の足場が通常よりも10cm細くできるんです。足場が小さくできると外壁をその分外側に拡げられるため、室内空間を広くすることができます」と小林さん。

狭小地では、わずか数㎝の違いが「塵も積もれば」的に大きな違いとなる。スペースを少しも無駄にしないよう、小林さんは部材選びにも気を配った。

玄関扉は、道路に対して正対せず斜めに取り付けた。こうすることで、室内空間を最大化するとともに、開いたときに道路側から室内が丸見えになることも防げるという。

扉を開け中に入るとオーク材のフローリングと白い壁のやわらかな雰囲気の空間。視線の先にはスケルトン階段が延びる。左手は床下収納付きの個室があり廊下を進んだ先にももう1つの床下収納。床下収納といっても地下空間ではなく1階からフラットだ。半階分上った先にある洗面、浴室、トイレといった水回りスペースの床下が高さ140㎝の収納だ。スキップフロアとすることで生まれた、大容量の収納スペース。
階段を上った先2階にあたる部分には突き当りに子供部屋がある。この部屋には内部に2つの扉があり、下半分が押し入れのような収納スペース。一方上の扉を開くと、半階上にあるダイニングにつながる。ここを開けることで、上階からの光が降り、風の通り道になる。さらには、キッチンやダイニングにいながら、お子さんの様子がなんとなくわかるというコミュニケーションにも役立つ工夫だ。

2.5階にあたる場所は、キッチンとダイニング。最上階ではないにも関わらず驚くほど明るい。小さいながらも各所に開けられた窓や半階分先のリビングスペース方向からの光が降りてくる。小林さんが事前にしっかりと日射の方向を綿密に計算した結果の賜物だ。リビング方向の天井が斜めにカットされており、籠る感じのキッチンからリビングに向かって広がる設計で、視覚的な開放感を演出している。

キッチンには、構造用の柱と素材を合わせた収納棚を造作した。この棚はキャスターがついており、来客時などは移動することで、ダイニングとキッチンを一体化できるという。

そして3階部分に当たるのが、吹き抜け大空間のリビングスペース。道路側の窓や、天空の中庭からの光や抜け感が抜群に心地良い。実面積よりも、豊かな空間となっている。

「実はこの光庭は、吊り構造になってるのです。柱をなくすることで、より空間を広くしています」と小林さん。まさに宙に浮く天空の光庭だ。

さらに階段を上った先にも個室がある。光庭に面しており空も見えるほど開放感抜群。それでいて、周囲からの視線はカットされているので、プライバシーの心配もない。

そして光庭は、洗濯物干しの場としても活用されているという。光や風の通り道だけでなく、実用性も兼ね備えているのだ。

こうして出来上がった新居での暮らしについて、Oさんから手紙をもらったのだという。そこには「明るい空間で、家族みんなで快適に過ごしている」「断熱性能も良いので、冬は暖かく夏は涼しくて、光熱費も下がった」「素晴らしい家をありがとう」と書かれていたという。

延焼防止建物によって窓の位置を限定されたことで、結果的に断熱性能も向上。東京ゼロエミ住宅の補助金や認定低炭素住宅の優遇を受けられるようになるなど、コストや維持管理面でのメリットも生んだという。

日本には、持ち家や実家が密集市街地にあり、「立地や環境は申し分ないが、狭くなったり、陽の光が入りづらかったりと、思うような建て替えが難しい」ということに直面している人も多いことだろう。そんな人はどうか小林さんを頼ってほしい。ハウスメーカーでは実現不可能といわれた状況に光をもたらし、スキップフロアと天空の光庭という手法で、暗くなりがちな密集地での住宅に、光あふれる豊かな空間を作りだして見せた。

小林さんは、あなたにとっての光明となるに違いない。
  • 驚くほど明るいダイニング。各所の窓から得られる光やリビングへの抜け感が、居心地の良さを生み出した。

    驚くほど明るいダイニング。各所の窓から得られる光やリビングへの抜け感が、居心地の良さを生み出した。

  • 右の窓は、敷地ギリギリまで有効活用するべく、出窓のようにオーバーハング。子供室と繋がる扉の先に窓を配置し、さらなる抜け感ももたらした。

    右の窓は、敷地ギリギリまで有効活用するべく、出窓のようにオーバーハング。子供室と繋がる扉の先に窓を配置し、さらなる抜け感ももたらした。

  • 光シミュレーションにより綿密に計画された窓で、隣家が迫る側からも効果的に光を導いた。

    光シミュレーションにより綿密に計画された窓で、隣家が迫る側からも効果的に光を導いた。

  • ダイニングとキッチンを隔てる収納棚は、構造柱とテイストを合わせた造作で。キャスター付きで移動可能なため、来客時などは一体空間とできる。

    ダイニングとキッチンを隔てる収納棚は、構造柱とテイストを合わせた造作で。キャスター付きで移動可能なため、来客時などは一体空間とできる。

  • 吹き抜けの高い天井をもつリビングは開放感抜群。DK部分の天井をリビングにむかって広がるよう斜めにすることで籠る感じのキッチンからより広がりを感じさせる。

    吹き抜けの高い天井をもつリビングは開放感抜群。DK部分の天井をリビングにむかって広がるよう斜めにすることで籠る感じのキッチンからより広がりを感じさせる。

  • 天空の光庭は柱を用いず、吊り構造とすることで空間を広く。光庭からの光がスキップフロアで下に導かれ、想像以上の豊かな空間を生み出した。

    天空の光庭は柱を用いず、吊り構造とすることで空間を広く。光庭からの光がスキップフロアで下に導かれ、想像以上の豊かな空間を生み出した。

撮影:Ookura Hideki / Kurome Photo Studio

基本データ

作品名
新宿の家 -隙間の光明-
施主
O邸
所在地
東京都新宿区
家族構成
夫婦+子ども
敷地面積
33.13㎡
延床面積
65.3(小屋裏収納10㎡)㎡
予 算
3000万円台