水郷の暮らしに思いを馳せたプランニング
大きな開口が外部と繋がる、シンプルな平屋

ご両親の家を建て替えることにしたAさま。依頼を受けた建築家の三輪さんは、お住まいになるご両親とAさまのご要望を伺ったうえで、シンプルな平屋を計画。以前の家での生活を尊重し、生活の仕方を変えることなく暮らしやすさのみを向上させた。デザインの要になったのは、川と家が密接に繋がっていた時代だ。

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台風被害にあった実家を建て替える
かつての川と共存する暮らしをプランに反映

水郷三都と呼ばれる地域のひとつ、千葉県香取市。美しい田園風景が広がるのどかなエリアだが、数年前、大型台風が襲った。「HouseK/水郷の家」は、施主のKさまが台風被害にあったご両親の家を建て替え、完成した家だ。

設計を担当したのは、Kさまと長年のお付き合いがあった三輪アトリエ一級建築士事務所/MIWA atelierの三輪良恵さん。Kさまが美容師として独立されたとき、店内の内装を担ったのが始まりだったとか。センスやこだわりをよく理解し、信頼関係がすでに構築でている三輪さんだからこそ、Kさまも安心して依頼できただろう。

現場に赴くと、一面に田んぼが広がり、まるで田んぼの真ん中に家があるような雰囲気。関東有数の米どころの美しさにまず感動した。家づくりを始めるにあたりご両親にお話を伺ったところ、お父様から興味深いお話を聞くことができたという。

現在は田んぼに囲まれているが、昔は川に囲まれていたというのだ。「お父様はなんと、小学校へ小船で通われていたそうなんです」と驚く三輪さん。生活に密着した川との関係性などを伺ううちに自分でも興味が出て、博物館などで地域のことをさらに調べた。歴史ある水郷地域のことを知り、新しく計画するこの家を「この地の歴史と今の暮らしにあったものにしたい」と考えるようになる。
  • 外観。中央に玄関、右の開口は寝室、左はリビングのもの。建て替え前と変わらぬ位置に家は配置し、既存の庭やガレージと家の関係性を損なわないように計画した。外壁はこだわり抜いて調色したオリジナルの「イソヤマグリーン」を、ご家族や仲間、スタッフ皆で塗装した

    外観。中央に玄関、右の開口は寝室、左はリビングのもの。建て替え前と変わらぬ位置に家は配置し、既存の庭やガレージと家の関係性を損なわないように計画した。外壁はこだわり抜いて調色したオリジナルの「イソヤマグリーン」を、ご家族や仲間、スタッフ皆で塗装した

  • 南西側から見た外観。家は、大きな四角の四隅に小さな四角を配置したフォルム。四角を個室に見立て、間にできた面を大きく開口。窓が外部との繋がりをもたらし、川が家のどの方向からも役割を持って接していた昔の暮らしを踏襲した

    南西側から見た外観。家は、大きな四角の四隅に小さな四角を配置したフォルム。四角を個室に見立て、間にできた面を大きく開口。窓が外部との繋がりをもたらし、川が家のどの方向からも役割を持って接していた昔の暮らしを踏襲した

四方向それぞれの意味を表現した開口
暮らしに合わせた、大人数が集えるリビング

家づくりの指針も決まり、プランニングが始まった。大切にしたのは、この場所で長く暮らされ、新しい家にもお住まいになるご両親の生活の仕方を変えることなく、暮らしやすさを高めるということだ。敷地に余裕はあるが、庭や倉庫などの位置を一切変えることなく、以前と同じ位置に家を配置した。

そのうえで、地域やこの土地が持つストーリーをプラスした。ストーリーとはやはり、家と川との関係性だ。この地域の昔の暮らしでは、家の4面それぞれが川に接してしていた。この方向は舟乗り場に、この方向は用水路にと、4つの方向にそれぞれ役割があったという。そこで家を囲む方向を全て使うイメージで、「HouseK/水郷の家」も四方に開いており、それぞれに意味があるようにしたかったと三輪さん。

完成した家のフォルムはとてもユニークだ。大きな四角の四隅に、小さな四角がそれぞれついている。この小さな四角ひとつひとつが個室のイメージだという。そして、四隅に設けた四角の間にできたフラットな面を大きく開口。4つの方向で外へと繋がる意味を持たせた。

室内はどのようになっているのだろうか。この家はご両親がお住まいになるが、将来的には息子であるKさまも使いたいとお考えだった。そのため、Kさまとご両親のご意向を伺いながら計画を進めた。

双方で出てきた要望が「大きな空間が欲しい」ということ。とくに現在はご親戚たちが皆でいらしたり、地域の伝統行事のため数年に1度近所の方々が20名程度集まったりすることがあるとのこと。そこで、LDKは大きなワンルーム空間に整えた。

玄関を入ると、正面にはダイニングキッチンが。中心の大きな四角のほぼ全てを占めており、広々としているうえ田んぼに向けて視線が抜け、とても気持ちがいい。玄関から見て左手前の四角は庭と面しており、日当たりもよいためリビングを配置。下がり天井を活用してゆるやかに区切りつつ、戸は設けずにダイニングと一続きとした。壁際はダイニングからリビングまで連続してベンチやソファを造作。卓袱台を並べれば大人数でもゆとりを持って過ごせる。

リビングの反対側、右手前の四角には寝室を、右奥には水回りを配置。左奥の四角はパントリーとして活用した。左側の2つの四角の間には、洋裁を楽しまれるお母さまのために作業スペースを計画。この面はガレージに向かって開いおり、施工中に家族の一員となったヤギの顔もみられるとのこと。

昔の環境を踏襲して家のそれぞれの方向で異なる景色を楽しめるようにしただけでなく、農機具を置く倉庫などとの関係性は損なうことなく利便性は維持。さらにご両親とオーナーのご要望も叶えたのが「HouseK/水郷の家」。過去から現在、将来まで繋がる住まいができた。
  • 玄関。上がり框には大工が自身で持っていたケヤキを採用。緩やかなアールのデザインを施した

    玄関。上がり框には大工が自身で持っていたケヤキを採用。緩やかなアールのデザインを施した

  • ダイニング(手前)リビング(奥)。扉は付けず、下がり天井で緩やかに区切られたひとつの空間として計画。親戚や地域の人の集まりなど、要望だった20人程度が集える空間を叶えた。リビングの窓からはダイレクトに庭に出られる。洗濯物を干すのに便利に使われているとのこと

    ダイニング(手前)リビング(奥)。扉は付けず、下がり天井で緩やかに区切られたひとつの空間として計画。親戚や地域の人の集まりなど、要望だった20人程度が集える空間を叶えた。リビングの窓からはダイレクトに庭に出られる。洗濯物を干すのに便利に使われているとのこと

  • リビング。以前の家と変わらない庭との距離感が嬉しい。画像右、窓際にはソファを造作。座面が開き、収納も兼ねる。ご両親のために十分な明るさを確保するため、雰囲気を壊さないデザインで天井にベースライトを配置した。画像左にはテレビや仏壇、神棚を設置する

    リビング。以前の家と変わらない庭との距離感が嬉しい。画像右、窓際にはソファを造作。座面が開き、収納も兼ねる。ご両親のために十分な明るさを確保するため、雰囲気を壊さないデザインで天井にベースライトを配置した。画像左にはテレビや仏壇、神棚を設置する

  • リビングから南西を見る。田んぼに囲まれた「HouseK/水郷の家」。窓からの眺めを見ると、生活の一部に田んぼがあり、川や水の恵みと密接な関係が築かれていたことを実感する

    リビングから南西を見る。田んぼに囲まれた「HouseK/水郷の家」。窓からの眺めを見ると、生活の一部に田んぼがあり、川や水の恵みと密接な関係が築かれていたことを実感する

こだわりに応えたペンキ塗りがもたらした
たくさんの人の心に残る家

お話を伺い、この家はとても幸せな家だと思った。喜びの中、皆でつくった家という印象を受けたからだ。

それを示す大きなひとつが外壁。少しくすみがかった緑は「イソヤマグリーン」と名付けられた。オーナーさまが「田んぼに囲まれた平屋に合う色は」と出された答えは緑だったが、標準色では思い通りのものがなかった。そこで、三輪さんが調色したたくさんのサンプルの中からついに完成したのがこの緑。完全なオリジナルの色なのだ。

外壁は、オーナーや弟さま、地元のご友人たち、お父さまとお仲間など、言葉通り「皆で集まって」塗ったという。お母さまも楽しそうにおふるまいをされていたのだとか。ハプニングもありつつ、塗り終えた外壁は、まさに唯一無二。多くの人がかかわったからこその色の変化などが見て取れる。「コストとの兼ね合いもあり提案させていただいたのですが、それよりもよい思い出になったという意味合いのほうが強くなった感じがします」と三輪さんは笑う。

また、施工は地元の大工職人に依頼。丁寧にこつこつとつくりあげてくれたという。設計がシンプルな分、高い技術力がなければ美しく仕上がらない部分もあったそうだが、期待通りの出来栄えだったとのこと。逆にいえば、これだけ信頼して任せてくれる設計事務所もなかなかない。大工職人は完成後、自分のご両親に家を見せたとのこと。自慢の仕事、自信の仕上がりだったということだろう。

オープンハウスでは、お母さま自らがおもてなし。訪れた建築関係の関係者たちからは初めての体験だと驚かれた。そんなことからも喜びが伺える。もちろん、お住まいになられてからも「とても住みやすいですよ!」と年賀状をいただくほど、気に入られている様子だ。

これほどまでに喜んでいただける家づくりは、信頼関係の結び方や誠実さ、また、研究心やハッとするようなアイデアなど、三輪さんの普段の家づくりの姿勢から生まれたものに違いない。三輪さんのような建築家とならば、暮らしやすさや要望が叶えられることはもちろん、経験そのものが思い出に残る家づくりができるだろう。
  • 作業スペースからダイニングを見る。壁面いっぱいの開口により外部との繋がりを感じる。左手前の戸は寝室

    作業スペースからダイニングを見る。壁面いっぱいの開口により外部との繋がりを感じる。左手前の戸は寝室

  • シンプルに整えられた洗面。きちんとデザインされたシンクを選んだおかげで、メリハリある空間となった

    シンプルに整えられた洗面。きちんとデザインされたシンクを選んだおかげで、メリハリある空間となった

基本データ

作品名
HouseK/水郷の家
所在地
千葉県 香取市
家族構成
夫婦
敷地面積
420.05㎡
延床面積
64.4㎡