大切にしているのは、施主様との「対話」
ささいな一言から潜在的な想いを見つけ出す

大阪市天王寺区にある米田建築アトリエは、新築とリフォームをほぼ同じ割合で手掛けている。代表の建築家、米田さんが特にこだわっているのが、施主様との「対話」だ。その理由は、じっくりと話をすることで、施主様の潜在的な想いや要望が明確になるからだ。一例として、対話から生み出されたプランをご紹介しよう。

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きっかけは設備老朽化に伴うリノベーション
30年近く前に建てられた家への不満は?

今回ご紹介する「Mhouse」は、30年近く前に大手ゼネコンが設計施工した、RC造で地下1階・地上2階の延床面積500㎡に迫る大きな住宅だ。設備の老朽化をきっかけに、フルリノベーションすることとなった。

一般的に、建築家に設計を依頼する施主様は、家へのこだわりが強い。新築・リフォームを問わず、「広いLDKにしたい」、「家族がこのように生活できる家にしたい」など、多くの要望や想いがある。しかし今回のケースは、少し違った。設備老朽化に伴うフルリノベーションをという要望以外に、施主様から明確なものがあまりなかったからだ。

そこで米田さんは、施主様とじっくりと話をすることにした。

これまでの家で、少しでも不便だと感じたことはどんな点か?
新しい家で、どのような生活をしたいのか?

このような施主様の要望や想いを、角度を変えた質問や対話で何度も繰り返し、明らかにしていったのだ。

米田さんは、こう語った。

「施主様との対話を繰り返し、その中から広さと明るさを求めているのではないかと感じ、プランに落とし込みました」。

「また、同居するお子様がすでに大きくなっていたので、この家での過ごし方も変わってきます。そこでライフステージの変化にも対応したプランを考えました」。

施主様との対話を繰り返し、米田さんがたどり着いた結論は以下の3点だ。

1:面積が大きいにもかかわらず広さを感じられなかったので、広さを活かしたい

2:リビング以外にも、明るく、くつろぐことができる空間をつくりたい

3:人を積極的に招くことができるようなプランにしたい

誤解がないように補足すると、今回の施主様は決して要望や想いを持っていなかったわけではない。ただ、人によってその要望の具体的なイメージには差があり、その時点での不満が少なければ言語化することも難しいということなのだ。

米田さんは、対話にこだわる理由をこう語った。

「施主様との最初の打合せで、明確な要望をいただくことはよくあります。ただ、その要望には、実は別の背景や理由があることもあるのです。ですから、対話を続けると、本当に実現したかったことが明確になります。これは、とても大切なことだと思っています」。

こうして、今回のフルリノベーションで解決すべき課題が明確になった。

次章で、実際の解決策を見ていこう。
  • 上空からの写真(リフォーム後)。下向きのコの字部分が既存家屋。中央部分はもともと中庭だったが、増築により玄関とホールを新設した。また、従来の玄関は写真右下にあったが、写真中央下部に位置を変更した

    上空からの写真(リフォーム後)。下向きのコの字部分が既存家屋。中央部分はもともと中庭だったが、増築により玄関とホールを新設した。また、従来の玄関は写真右下にあったが、写真中央下部に位置を変更した

  • アプローチから見たエントランス。従来の玄関は敷地に入ってすぐの場所にあったが、位置を奥に変更した。長いアプローチと計算された植栽により、来客の期待感が高まる。奥にある玄関前の庇は高さを変え、奥行きが強調されている

    アプローチから見たエントランス。従来の玄関は敷地に入ってすぐの場所にあったが、位置を奥に変更した。長いアプローチと計算された植栽により、来客の期待感が高まる。奥にある玄関前の庇は高さを変え、奥行きが強調されている

  • 玄関は増築部に設けたため、自由に設計できる。そのメリットを活かし、柔らかな光の取り込みを実現した

    玄関は増築部に設けたため、自由に設計できる。そのメリットを活かし、柔らかな光の取り込みを実現した

  • 廊下側から見た玄関。南側(写真左側)にある高い位置のハイサイドライトから、中庭側のハイサイドライトを通って中庭へ光が注ぎ込んでいる

    廊下側から見た玄関。南側(写真左側)にある高い位置のハイサイドライトから、中庭側のハイサイドライトを通って中庭へ光が注ぎ込んでいる

  • 廊下から見たリビングダイニングと奥にキッチン。シックな色合いをベースに、アクセントとなる色を適度に配した。床にも落ち着いた色のタイルを使用

    廊下から見たリビングダイニングと奥にキッチン。シックな色合いをベースに、アクセントとなる色を適度に配した。床にも落ち着いた色のタイルを使用

広さを感じられるための増築とプラン変更
ワクワク感を演出する玄関位置の変更

米田さんが考えたプランの概要は、次のとおりだ。

1:広さを感じられる間取りへの解決策
→ホールを基点に視覚的な抜けや光の取り込み方を工夫し、奥行きと広がりを感じる空間とした

2:リビング以外にもくつろぐことができる空間
 →大きな中庭の一部に増築し、新たにサブリビングのような機能を持つホールを設ける
 

3:人を積極的に招くことができるプラン
 →ワクワク感を醸成するための、玄関位置の変更およびアプローチの再設計

実際には細かい工夫が各所になされているため、ここですべてをお伝えすることは難しい。ぜひ、写真の説明文をご参照いただきたい。

ポイントは、増築と玄関位置の変更にある。

従来の家は、コの字を90度左に回転した造りになっていた。コの字の開口部が下側(南側)にあり、中央には大きな中庭。左右にリビングなどの部屋があり、中庭に面した本来は明るい部分が廊下となっていたのだ。これでは左右の部屋が廊下で分断され、明るさも取りづらい。

そこで米田さんが考え出したのが、従来の家で廊下になっていた部分を増築し、中庭に面した明るいスペースを作るというプランだった。さらにこのスペースを壁などで仕切らないことで、広さをさらに実感できるようにした。

また、従来は敷地に入ってすぐの位置にあった玄関を移動した。コの字の開口部分(従来の中庭の南端)に玄関位置を移し、この部分も増築してコの字からロの字にしたのだ。玄関位置を奥に移動し、アプローチを長くとることで、お客様は「この先はどうなっているのだろう?」とワクワクする演出となっている。

さらに、明るさの確保にも留意している。増築部分の各所にハイサイドライトが設けられ、南側に玄関を増築したにも関わらず、中庭にも柔らかな光が入り込む。もっとも北側に位置する廊下でさえ、2階の窓からの光を階段の壁で反射させることで十分な明るさを確保している。

この家はRC造のため、自由に多くの開口部を増やすと構造面で問題が発生する恐れがある。そのため、長くこの家を使えるように、既存の家の構造にはほとんど手を加えていない。しかし制約がある中で、できることを見極めて様々なアイデアを盛り込んだ。そして最終的に、解決すべき課題をすべてクリアした作品が誕生したのだ。
  • 家具も落ち着きのある色をベースに、アクセントとなる明るい色を配した。温かみのあるベージュ色の効果で、安らぎを感じることができる

    家具も落ち着きのある色をベースに、アクセントとなる明るい色を配した。温かみのあるベージュ色の効果で、安らぎを感じることができる

  • キッチンの天板下の側面にも、ピンクゴールドをアクセントとして採用。IHとガスコンロの両方を備える、贅沢な仕様。動線が短いため、奥様からは好評だという

    キッチンの天板下の側面にも、ピンクゴールドをアクセントとして採用。IHとガスコンロの両方を備える、贅沢な仕様。動線が短いため、奥様からは好評だという

  • ホールから見たリビングダイニング。既存の窓位置は変えられないため、柔らかな光が回り込むように意識。そのためテレビ側の壁には、光の反射が少ない焼き物(ソリド)を採用した

    ホールから見たリビングダイニング。既存の窓位置は変えられないため、柔らかな光が回り込むように意識。そのためテレビ側の壁には、光の反射が少ない焼き物(ソリド)を採用した

  • ダイニングから見たリビング。大きな面積となるテレビ側の壁は、落ち着きを感じられる暗い色をベースに、少しだけ赤みを帯びているものとした。これにより、温かみも感じることができる

    ダイニングから見たリビング。大きな面積となるテレビ側の壁は、落ち着きを感じられる暗い色をベースに、少しだけ赤みを帯びているものとした。これにより、温かみも感じることができる

  • リビングから見た増築部分のホール。2段下げられた床と木材の使用により、壁はないものの空間の切り替えを感じることができる。柔らかな床材を使用しているため、直接寝そべってくつろいでいることも多いそうだ。段差部分に腰掛けてくつろぐことも可能だ

    リビングから見た増築部分のホール。2段下げられた床と木材の使用により、壁はないものの空間の切り替えを感じることができる。柔らかな床材を使用しているため、直接寝そべってくつろいでいることも多いそうだ。段差部分に腰掛けてくつろぐことも可能だ

  • ホールから見たリビングと中庭。中庭側の大きな窓のほかに、ハイサイドライトも設けられている。季節や時間によって、それぞれの窓から異なる光が降り注ぐ。増築部分だからこそできる工夫だ

    ホールから見たリビングと中庭。中庭側の大きな窓のほかに、ハイサイドライトも設けられている。季節や時間によって、それぞれの窓から異なる光が降り注ぐ。増築部分だからこそできる工夫だ

リノベーションでここまで変わるとは
想像以上に快適で、大満足です

では、リノベーション後の家で毎日生活している施主様は、どう感じているのだろう。その感想をご紹介しよう。

「当初は、具体的にこんな家にしたいという要望がなかなか形にできずにいました。しかし対話をくり返し、私の想いを色々と引き出して頂き、感謝しています。米田さんの提案に肉付けをしながら、プランを計画していきました。実際に住んでみたら、こんなはずじゃなかったというマイナスな面はほとんどありませんでした。無駄な空間をなくしつつ、敢えて贅沢な空間の使い方で広さを感じることができ、飽きずに暮らしております。素敵な空間になりました。本当にありがとうございました」。

ご家族も、当初想定したとおり、冬は増築した明るく暖かなホール部分で寝そべったり、サブリビングに設置されたプロジェクターで映画を見たりして、思い思いの場所でくつろいでいるそうだ。きっと家族全員がこの作品に満足し、毎日の生活を満喫していることだろう。

最後に、米田さんが常に心がけていることを聞いた。対話を重視していることはご紹介したが、その他にこだわっていることはあるのだろうか?

「建築家はデザインを重視していると思っている方も多いと思います。しかし私は、デザインに機能が伴っていないと、毎日、快適に過ごすことはできないと思っています。これは新築でもリノベーションでも変わりません。毎日の生活が快適になるプランを作るように、心がけています」。

「また、周辺環境や前面道路の視線や車通りなど、気にかけるべきことはたくさんあります。その視点でプランを考えることが重要です。私の場合、そのプランで本当に良いのかを確認するため、自分がその家で住むとしたら気になる点はないかという視点で考えるようにしています」。

建築家に設計を依頼したいが、“自分の中に明確な要望がない”と感じていたり、“自分の要望が本当に合っているのか不安だ”と感じている方にとって、米田さんはとても頼りになる存在ではなかろうか。
  • セカンドリビングから見たホールとリビング方向。床や壁はリビングよりもトーンを落とした色使とし、リビング側から見た時に奥行きを感じることができる。シアタールームとして使われることも多いという

    セカンドリビングから見たホールとリビング方向。床や壁はリビングよりもトーンを落とした色使とし、リビング側から見た時に奥行きを感じることができる。シアタールームとして使われることも多いという

  • ホールから見たセカンドリビング。トップライトと左右の窓により、柔らかな光が差し込む。トップライトは従来の家では個室部分にあった。そのため、雨音や熱の問題などのデメリットもあったという。今回のリノベーションではこの場所をセカンドリビングとしてオープンな空間としたため、デメリットを感じることはなくなった

    ホールから見たセカンドリビング。トップライトと左右の窓により、柔らかな光が差し込む。トップライトは従来の家では個室部分にあった。そのため、雨音や熱の問題などのデメリットもあったという。今回のリノベーションではこの場所をセカンドリビングとしてオープンな空間としたため、デメリットを感じることはなくなった

  • トップライトからの光の入り方を柔らかくするため、トップライトの垂直壁と天井が接する部分は曲線とした。直角の場合と比較すると、影が柔らかくなり、空間が区切られる違和感もなくなる工夫だ

    トップライトからの光の入り方を柔らかくするため、トップライトの垂直壁と天井が接する部分は曲線とした。直角の場合と比較すると、影が柔らかくなり、空間が区切られる違和感もなくなる工夫だ

  • セカンドリビングから見た和室。障子を開けた場合、すべてが壁に収まるように設計されている。これにより、セカンドリビングの開放感を最大限に感じられる

    セカンドリビングから見た和室。障子を開けた場合、すべてが壁に収まるように設計されている。これにより、セカンドリビングの開放感を最大限に感じられる

撮影:河田弘樹

間取り図

  • 1F平面図

  • 2F平面図

基本データ

作品名
Mhouse
所在地
奈良県奈良市
家族構成
夫婦+子供2人
敷地面積
357.14㎡
延床面積
493.23(増築部33.65)㎡