地方都市の家づくりをデザインの力で変える
唯一無二の家で自分らしい暮らしを実現

「戸建住宅の建築は、ハウスメーカーや工務店に依頼をするもの」という意識が根強い地方都市。画一的になりがちな住宅に高いデザイン性や個性を持たせ、施主それぞれが、「自分らしい暮らし」ができる家づくりを行う建築家ユニットArchi est。異なる2人の個性から生み出される家づくりに迫る。

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地方都市にデザイン性の高い住宅を
ナチュラルとモダン2人の最強タッグ

道後温泉や坊ちゃん、正岡子規で有名な愛媛県の県都松山市。その郊外に「木と野花の家」と名付けられた家がある。付近には田んぼが点在する自然豊かな環境でありながらも、大きな国道も走っており、生活における利便性も高い場所。施主のNさんは、この地で「自然を感じられる大らかな暮らしがしたい」と思い家づくりを決断。WEBや雑誌を見ていくうちに巡り合ったのが、建築家ユニットArchi estの上田さんだったという。

地方都市における家づくりは、ハウスメーカーや地場のビルダー、工務店に依頼をする割合が高い。建築家に設計を依頼するケースは、お金持ちやよほどこだわりがある一部の層に限られるという話もある。

「愛媛県には建築を学べる大学がないんです」と上田さんが語るように、愛媛をはじめとした四国地方は建築家の数も少なく、建築に馴染みが薄い土地柄ともいえるだろう。

結果、新築の家といっても、どこかで見たような外観の家が多く、個性的で目を引くようなデザインの家はごく稀にしか見られない。また、使用される素材なども、サイディングやクロスなどの工業製品が多く「珪藻土を使う」「自然素材で仕上げる」といったこだわりをもった家づくりをするケースは少ない。

そんな状況を打破し、住宅にアートの息遣いを感じさせる高いデザイン性をもたせたり、施主の「ああしたい、こう暮らしたい」というこだわりを実現した、唯一無二の家づくりを行いたいと思い、鶴田さんとともに立ち上げたのがArchi estだ。上田さんと鶴田さんは、同じ愛媛県出身で、大学の先輩後輩の間柄。

実はこの2人、デザイン性の高い住宅をつくるという点では共通であるものの、それぞれが得意とするテイストは両極端といってもいいほど違っている。

上田さんは、木や珪藻土といった自然素材を用いた、やさしさや温かみを感じるテイストである一方、鶴田さんは、ソリッド感のあるシンプルモダンテイストを得意とする。

建築家のユニットにはいくつかのパターンがある。ほどんとの工程を2人一緒に行うパターン。どちらかがメインでどちらかはそのサポート役となる主従パターン。基本設計と施工管理という役割分担パターン。Archi estは、そのどれでもない担当制をとるのだという。

「Archi estでは、お施主様の望むテイストによって、私と鶴田どちらがよりマッチするかを判断し、担当を決めます」と上田さん。こうすることで、よりじっくりとその施主に向き合えるのだ。

「基本的には担当制ですが、場合によっては、お互いのアイデアを出し合うケースも出てくると思います」と上田さんが語るように、Archi estには、2つの異なる感性があることで、自然派のお客様もモダン好きのお客様のニーズにも対応可能という強みがあり、さらには2人のアイデアの融合も期待できる。Archi estは最強のタッグと言えるだろう。
  • シャープな印象の平屋造りのN邸。屋根の一部をせり上げたような形状とすることで、デザイン性を高めるとともに、室内に光を導きロフトスペースを生み出すなど、実用性も兼ね備えた。

    シャープな印象の平屋造りのN邸。屋根の一部をせり上げたような形状とすることで、デザイン性を高めるとともに、室内に光を導きロフトスペースを生み出すなど、実用性も兼ね備えた。

  • L字のくぼんだ部分は、芝生の中庭。外からの視線を遮るため木格子のフェンスで囲い、プライバシーを確保。

    L字のくぼんだ部分は、芝生の中庭。外からの視線を遮るため木格子のフェンスで囲い、プライバシーを確保。

  • 玄関までのアプローチは、クランクを設けることで視線を遮るとともに、距離をとった。素材感の違うこだわりの外壁が木の扉を一層映えさせている。

    玄関までのアプローチは、クランクを設けることで視線を遮るとともに、距離をとった。素材感の違うこだわりの外壁が木の扉を一層映えさせている。

  • 土間状の広々玄関には、Nさんの趣味の1つである古家具と奥様の趣味の花が飾られ、ギャラリーや博物館のよう。

    土間状の広々玄関には、Nさんの趣味の1つである古家具と奥様の趣味の花が飾られ、ギャラリーや博物館のよう。

  • 玄関脇にある客間にもなる和室にも古家具が置かれる。愛媛県では7割程度の施主が和室を要望するという。玄関のシューズボックスも上田さんのオリジナル造作。

    玄関脇にある客間にもなる和室にも古家具が置かれる。愛媛県では7割程度の施主が和室を要望するという。玄関のシューズボックスも上田さんのオリジナル造作。

風格ある落ち着いた雰囲気
視線を上手に遮るL字の平屋

N邸は上田さんが担当した。Nさんの「木や珪藻土などの自然素材を使いたい」との要望や、WEBや雑誌を見て気になっていた家が、過去に上田さんが担当したものだったというのも理由だ。

それではN邸を見ていこう。構造は広い土地を活かしたL字型の平屋建て。「2階プランも検討しましたが、土地の広さもあるので、横移動だけで済む平屋としました」と上田さん。平屋とすることで、伸びやかな動線と広い中庭を作ることが可能となった。

屋根の一部を斜めに持ち上げたような形とすることで、平屋ののっぺりとした感じがなく、遠くに見える山並みをも連想させるデザインに仕上げた。この屋根は、光を室内にくくとともに、天井の高さからくる開放感、さらにはロフトスペースをも生み出した、デザインと実用を兼ねたアイデアだ。

N邸は、敷地の正面は南に面しているものの、前面道路にはそれなりの交通量があるし、向かいの土地で農作業が行われることもある。プライバシーを考慮し距離をとるため、建物はできるだけ北側に寄せた。前面にできた広いスペースは、駐車スペースや将来の庭のスペースに。建物の右側のL字の欠けている部分を広い中庭とし、前面からの視線を木格子のフェンスで目隠しした。玄関へのアプローチも、あえてクランクさせることで視界を上手に遮るとともに、奥行き感も生んだ。

外壁にもこだわりを持たせた。メインはSOLIDOというセメントの風合いをもつ窯業系のスレート。1枚として同じものがないというほど、自然な経年変化の風合いを持つ素材。玄関扉の周りは板張りにグレーの塗装。その中に木の温もりを感じられる大きな引き戸が存在感を放っている。新築でありながらも、風格がある落ち着いた雰囲気の建物に仕上げた。
  • 上田さんは古家具を置くため、あえて広い幅の廊下を提案。暗くなりがちな廊下も屋根からの光が降り注ぎ、古家具の質感をより美しくみせてくれる。反対側には、和室の押し入れの下のスペースを活用した本棚も設けた。

    上田さんは古家具を置くため、あえて広い幅の廊下を提案。暗くなりがちな廊下も屋根からの光が降り注ぎ、古家具の質感をより美しくみせてくれる。反対側には、和室の押し入れの下のスペースを活用した本棚も設けた。

  • 洗面所の正面はタイル張り。大きな鏡とシンクで1度に複数で使用が可能。隣のトイレへの扉はシナ合板と無垢板を合わせたもの。引手の形状も上田さんのこだわり。

    洗面所の正面はタイル張り。大きな鏡とシンクで1度に複数で使用が可能。隣のトイレへの扉はシナ合板と無垢板を合わせたもの。引手の形状も上田さんのこだわり。

セオリー破りの長い動線
家の中が趣味の古家具のギャラリーに

では邸内を見ていこう。扉を開け中に入ると広がるのが大きな土間状の玄関。Nさんの趣味の古家具が、奥様の趣味の花や植物と共に飾られ、まるで博物館や古民家のギャラリーのよう。すぐ隣は、客間にもなる和室。高級旅館のような落ち着いた佇まいだ。反対側は、土間続きでご主人の趣味である釣り道具部屋も設けた。

寝室の前を通り廊下を曲がると、そこにも古家具が置かれている。上田さんはこの廊下を一般的な幅より広くとった。古家具を置くためだ。暗くなりがちな廊下もロフトからの光が差し込み、暗さや狭さを感じない。むしろ光が作り出す陰影が、古家具に反射してその風合いをより美しく見せてくれる。

N邸は、リビングに行くまでは、通常ぐるりと回り込む形で、とても長い動線となっている。一見すると不便なようにも感じるが。

「確かに動線は長いです。しかし、玄関に近いところに寝室があり、水回りも同じゾーンにあります。子供部屋はリビングに近いところに配置しました。リビングのガラス戸の先に玄関が見えるので家族の帰宅などはすぐにわかりますし、実際に不便なことはないと思います。」と上田さん。

このゾーニング、実によく考えられている。訪れた人は、玄関からリビングまでの長い動線の中で、古家具の数々を目にする。博物館を歩くような感覚でわくわくする。玄関までのアプローチをあえて長くとるケースは多くあるが、上田さんはこれを家の中でやってのけたのだ。

このような動線は、おそらくはハウスメーカーでは提案できないだろう。デッドスペースになりがちな廊下は極力減らす、最小の動線で利便性を増すと考えるのがセオリーだ。しかし、上田さんの提案したこのアプローチと廊下をギャラリーにするという発想は、Nさんに刺さった。施主一人ひとりに寄り添い、その人にとって一番良い方法を考えたからこそ生まれた発想。まさに建築家に設計を依頼する醍醐味を体現したものといえるだろう。

長かった廊下を進んだ先には、中庭からの光が入り込み、明るく開放的なLKDが広がる。上田さんが手掛けた造作キッチンやカウンターテーブルは、Nさん家族のためだけの完全オリジナル。椅子の納まりや取っ手の形まで作り込んだ力作だ。

リビングには、アンティークなピアノが置かれレトロな雰囲気。大きなガラス戸の先には、シームレスにウッドデッキが広がり、その奥に芝の中庭が続く。とても開放的で気持ちの良い空間。ウッドデッキには大きな庇がかかり、夏の暑い日差しを遮ってくれる。このウッドデッキや中庭で、BBQをしたりベンチに腰掛けのんびりしたり、子供がサッカーの練習をすることもあるという。中庭が家族の生活に豊かさをもたらし、大らかな暮らしを実現したといえるだろう。

上田さんは家づくり以外の活動で、和紙や陶芸などの手仕事の工芸やアートの職人と多数コラボしているという。そんなアートの要素を強く持つ建築家だ。一方、古家具といった昔の職人が手仕事で作ったものを大事にしているNさん。この家は、この2人の共通点が生み出した奇跡といえるかもしれない。


この家の出来栄えにNさんも「毎日の暮らしが楽しい」「いろいろ造作で作ってくれたものが気に入っている」と大満足のご様子。

建築家に家づくりを依頼するという文化のない地域で、デザイン面はもとより、施主一人ひとりに寄り添った、唯一無二の家づくりを行うというArchi estの取り組みは始まったばかり。Nさんのように、Archi estの家づくりの良さ、そしてもたらされた「暮らしの豊かさ」を多くの人が知ることになれば、地域の文化も変わっていくことだろう。
  • 珪藻土の壁と木の風合いがマッチした落ち着きのあるキッチン。上田さんオリジナルのカウンターはダイニングも兼ね、料理をした奥様がそのまま着席できるスタイル。手前にはIHクッキングヒーターも仕込まれていて便利。

    珪藻土の壁と木の風合いがマッチした落ち着きのあるキッチン。上田さんオリジナルのカウンターはダイニングも兼ね、料理をした奥様がそのまま着席できるスタイル。手前にはIHクッキングヒーターも仕込まれていて便利。

  • 中庭からの光が入り込み、明るく開放的なLDKは、アンティークなピアノが存在感をしめす。リビングに居ながら家族の外出・帰宅がわかるのもうれしい。

    中庭からの光が入り込み、明るく開放的なLDKは、アンティークなピアノが存在感をしめす。リビングに居ながら家族の外出・帰宅がわかるのもうれしい。

  • リビングからシームレスに続く広々ウッドデッキには、大きな庇がかかり夏の日差しを適度に遮ってくれる。芝の中庭は、子供がサッカーをしたり、BBQしたりと、豊かなくらしをもたらした。

    リビングからシームレスに続く広々ウッドデッキには、大きな庇がかかり夏の日差しを適度に遮ってくれる。芝の中庭は、子供がサッカーをしたり、BBQしたりと、豊かなくらしをもたらした。

基本データ

作品名
木と野花の家
施主
N邸
所在地
愛媛県松山市
家族構成
夫婦+子供2人
敷地面積
400.07㎡㎡
延床面積
122㎡㎡
予 算
3000万円台