自邸に選んだのは築40年のマンション。
長く快適に住むためのスケルトンリフォーム

建築家の田中晴代さんの自邸は、結婚後に購入しリノベーションしたマンションの一室だ。この家で暮らして8年、家族構成や働き方が変化していく中でこうしておけばよかったと感じる点がひとつもないという。このおおらかさはどのように生まれたのだろうか。

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立地を重視し選んだ築40年の物件を
長く快適に住める家に改修

建築家の田中晴代さんが、結婚後4年ほど住んでいた賃貸住宅から住まいを移すために購入したのは、築40年のマンションの一室だ。築年数よりも駅近、好アクセスといった立地条件を重視したのだという。

前の住人はその部屋を仕事場兼住居として、土足で生活していたそうだ。他にも一部の壁面にペインティングが施されているなど、普通なら内見で驚いて、購入をためらってしまうかもしれないような状況だった。しかし独立前の会社でもリノベーションを多数手がけていた田中さんは、構造のみを残して内装や設備をすべて解体するスケルトンリフォームなら快適な家にできると判断。購入に踏み切った。

では、どのように生まれ変わらせたのかを見てみよう。

まず間取り全体を変更するにあたり、直床だった床を10cm上げ、床下に配管できるようにした。天井は新たに張らずにコンクリート梁などの構造を現しにして、床が上がった分の天井高を確保している。

リノベーション前は独立したキッチンがある1LDKだったT邸。夫婦2人のライフスタイルから田中さんが考えたのは、広々としたLDKをつくること、そして子どもが生まれてからも長く住めるように、いずれ2LDKへ変更できる間取りとすることだった。

そこで、キッチンをLDのほうへ移動させLDKが一体となった空間をつくり、その代わりもともとキッチンがあった部分まで洋室を拡張した。現在は、以前のキッチンと洋室を仕切る壁があった場所に突っ張り収納を設け、キッチンだった場所を簡易のウォークインクローゼットとしている。将来は突っ張り収納を外して壁をつくり、子ども部屋とする予定だという。「そのため、洋室は2か所に戸を付けました。キッチン時代の窓は残しましたから、子ども部屋として程よい空間になることでしょう」と田中さん。

LDKはひとつの空間としただけでなく、洋室との間仕切壁の位置を変え、リノベーション前よりも幅を広げた。1m10㎝×2m40㎝の大きなダイニングテーブルを置いても余裕のある広さになり、友人を招いての食事なども楽しんでいる。リビングには見せる壁面収納があり、大量の本や雑誌などを収納できる「機能性」と、青色で塗装した壁やエイジング感のある無垢の棚板、点在する照明による「デザイン性」を兼ね備え、カフェで過ごすような癒しの空間となっている。現在はお子さまもいらっしゃる3人家族だが、キッチンやダイニングで家事や仕事をしていても、リビングでお子さまがのびのびと遊ぶ様子をいつも感じられ、また目も届きやすい。
  • LDK。床が以前より10cm上がったため、天井を取り払いRCの現しとした。コンクリートの重たさを白っぽく塗装された足場板の床材で和らげており、天井が低く感じられない。ラフな印象の足場板を用いることで経年変化が味となり、長く心地よく住める家ができた

    LDK。床が以前より10cm上がったため、天井を取り払いRCの現しとした。コンクリートの重たさを白っぽく塗装された足場板の床材で和らげており、天井が低く感じられない。ラフな印象の足場板を用いることで経年変化が味となり、長く心地よく住める家ができた

  • ダイニングテーブルは同じサイズのものを2つ繋げて使用。人が集まったときに人数に合わせて配置を変えられるうえ、リモートワークが増えた現在では、テーブルを離して食事と仕事のエリアを分けることができ便利

    ダイニングテーブルは同じサイズのものを2つ繋げて使用。人が集まったときに人数に合わせて配置を変えられるうえ、リモートワークが増えた現在では、テーブルを離して食事と仕事のエリアを分けることができ便利

  • システムキッチンはIKEA製、天板に木材を選択。タイルもわざと端部を見せる貼り方でラフに仕上げた

    システムキッチンはIKEA製、天板に木材を選択。タイルもわざと端部を見せる貼り方でラフに仕上げた

メリハリある間取りの決め手は
極限までコンパクトに収めた水回り

リノベーション前と後で、大きく変わったことがもうひとつある。ベランダに設置されていた洗濯機が室内に入ったことだ。新たに設置場所を設けなくてはならず、いかに水回りをすっきりと収めるかには苦心したという。

洗面脱衣室の一角に洗濯機を設置することにし、トイレと浴室は横並びに。隣の洋室を成形するため浴室は一番小さなサイズのユニットバスとした。洗面脱衣室には扉を設けずカーテンを取り付けている。圧迫感がないようホールと一続きと捉え、必要なときだけカーテンで隠すイメージだ。

限られたスペースに水まわりを収めるための工夫はほかにもある。既製の洗面台を取り入れると奥行きが深すぎるため、適度なサイズのカウンターとボウルを自身で組み合わせ、さらに水栓を壁付けにした。こうした小さな工夫の積み重ねで水回りを最小限に収めることができ、結果としてLDKや洋室の広さの確保に繋がっている。

室内の雰囲気づくりにもこだわった。洗面台のカウンターに使われたのは、足場板という建築現場で使い古された木材をリサイクルしたもの。室内の雰囲気にラフ感が出れば、と、床材や青い壁の棚板などにも使用した。最近では、新品の杉板にエイジング加工し、足場板として販売されているものもある。「自邸では洗面台や棚板には本物のアンティークを使用して、床板は加工品を選びました。アンティークですと在庫数も関係して、広い面積を同じ素材で揃えるのはなかなか難しいですから」と田中さん。

足場板という素材そのものに味わいが感じられるものを取り入れたことで、無機質ともとらえられがちなコンクリートむき出しのスタイルでも、温かみやおおらかさが感じられる家となった。さらに、現しとするとコンクリートの重たいイメージから天井が低く思えることがあるが、床面に白っぽい色をチョイスしこれを払しょく。エイジング加工のおかげで真っ白ではないため、汚れが目立ちにくく掃除が楽という利点もあるのだそうだ。
  • 玄関から室内を見る。上部、ダクト隠しのルーバーから上向きに照明が付けられ、間接照明のような雰囲気

    玄関から室内を見る。上部、ダクト隠しのルーバーから上向きに照明が付けられ、間接照明のような雰囲気

  • 洗面脱衣室はカーテンですっきり仕切る。画像右のトイレの扉は、以前使われていたものに手を加え再利用した

    洗面脱衣室はカーテンですっきり仕切る。画像右のトイレの扉は、以前使われていたものに手を加え再利用した

  • リビング、青い壁面の棚。ラフでリラックス感のある空間には、すっきりとした建築化照明などではなく、明かりを点在させる手法を使いたかったということで、棚に噛ませて取り付ける間接照明を特注でつくった。壁の色味は単色でなくムラのある仕上げ。左右の引き戸は洋室に続く

    リビング、青い壁面の棚。ラフでリラックス感のある空間には、すっきりとした建築化照明などではなく、明かりを点在させる手法を使いたかったということで、棚に噛ませて取り付ける間接照明を特注でつくった。壁の色味は単色でなくムラのある仕上げ。左右の引き戸は洋室に続く

優れたコストバランスで
高いデザイン性と機能性を確保する

大学時代は環境共生住宅を学び、人と環境に優しい建築やリノベーションがしたいと考えているという田中さん。キッチンカウンターに使用した木材の端材を活用してリビングテーブルをつくったり、トイレの扉はリノベーション前の部屋で使われていたものに手を加えて再利用したりと建材の削減に取り組んだ。足場板もそうだが、人に優しいという視点から室内に使用する素材はビニール系の物や合板ではなく、ナチュラルなものを選んでいる。

驚くのは、テーブルなどをDIYしているのに加え、IKEAのシステムキッチンといった既製品も上手に取り入れて家全体がおしゃれに、ハイセンスにまとまっていることだ。築年数の古さからくる断熱の問題にはインナーサッシを設けたりと、快適性の追求も抜かりない。

「優先順位とコストバランスをしっかりと考えつつ、デザインをおろそかにしないように、と考えています」と田中さんは語る。費用対効果の高いものを取り入れ、既製品をうまく使いつつ、かけるべきところにはコストを思い切ってかける。それが田中さんのスタイルだ。

リノベーションはどうしてもデザイン性や目に見える部分にこだわりがちだが、見落としがちな部分こそ後から直せないところが多いのだという。だが、見えない部分を整えるためにデザイン性をあきらめることは誰だってしたくないだろう。だからこそ、家の性能にコストを十分にかけられるように、既製品や端材を活用してコストをコントロールしつつ高いデザイン性を維持できる提案がしたいと考えている。

リノベーションにおいては、物件選びの内見からの立ち会いや相談にも応じている田中さん。既存の建物の状態や構造を見極め、要望について可能か否かの判断もできるからだそうだ。物件選びについてお話を伺っていると、そんなところまで気にかけなくてはいけないのか、という部分もたくさんあった。大きな買い物であるからこそ、専門家の意見を聞くことが大切だと感じられる。

自邸をこんなに素敵に、快適に暮らせる空間へとリノベーションした田中さんならば的確なアドバイスとともに、長く住める家をプランニングしてくれるに違いない。
  • ダイニングからリビングを見る。画像右、青い壁面にある洋室への引き戸のまわりは白く塗装し、空間にアクセントを与えた。棚板に噛ませて使用するブロック状の照明は全部で5つあるが、そのうちのいくつかはコンセントから電源を取り好きな位置に移動できる

    ダイニングからリビングを見る。画像右、青い壁面にある洋室への引き戸のまわりは白く塗装し、空間にアクセントを与えた。棚板に噛ませて使用するブロック状の照明は全部で5つあるが、そのうちのいくつかはコンセントから電源を取り好きな位置に移動できる

  • リビング。既製品の小物ケースを重ねた上に、キッチンカウンターに使用した木材の端材を乗せ、リビングテーブルとしている。断熱効果を高めるため、樹脂サッシを内側に重ね2重サッシに。築年数を感じさせず、リビングでごろ寝ができるほど快適になったという

    リビング。既製品の小物ケースを重ねた上に、キッチンカウンターに使用した木材の端材を乗せ、リビングテーブルとしている。断熱効果を高めるため、樹脂サッシを内側に重ね2重サッシに。築年数を感じさせず、リビングでごろ寝ができるほど快適になったという

  • こだわって選んだ玄関床のタイル。玄関から室内までフラットに続くため、沓脱の位置にラインを入れた

    こだわって選んだ玄関床のタイル。玄関から室内までフラットに続くため、沓脱の位置にラインを入れた

撮影:長谷川健太

間取り図

  • リノベーション後

  • リノベーション前

基本データ

施主
T邸
所在地
東京都渋谷区
家族構成
夫婦+子供1人
延床面積
58.82㎡
予 算
〜2000万円台

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