自然素材を駆使したカントリー調デザイン。
快適動線で心地よく暮らせる家づくり

白亜の外観が目を引くこの家は、「お寺の住職さん一家の住まい」。東京都世田谷区内の敷地はお寺の境内だが、住居スペースは自然素材を駆使したナチュラルなカントリー調。複雑な建築規制を突破して機能性とデザイン性を両立し、「家にいる時間が長い分、心豊かに暮らしたい」との要望に応えた魅力的な住まいとは?

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豊富な知識・経験を活かし、
制約の多い土地での家づくりを可能に

建築家の中川龍吾さんが設計を担当したこちらの家づくりは、「この土地で家の建て替えが可能だろうか?」という、基本のキともいえる相談からスタートした。

施主さまはお寺の若い住職さんで、住まいはお寺の本堂とつながる庫裏(くり)と呼ばれる部分。住職ご夫妻とお子さま1人の3人家族が住み、将来はお母さまも一緒に暮らせる家への建て替えを考えていたのだが、お寺の境内~つまり建築予定地には多くの建築規制があった。昔ながらの木造の本堂があったり、この地域ならではの環境協定があったりなどである。そのため、家を建てる際は行政の多くの部署や地元の協定窓口などとの調整や確認が必要で、設計者にはこれらの複雑な制約を突破することが求められた。

対応可能な設計者は限られるであろう難しい相談だったが、中川さんは有名建築家のもとでキャリアを積み、数々の著名な建築物を設計してきた人物だ。豊かな経験と知識でスムーズに関係各所との調整を進めて制約をクリアし、晴れて、若き住職一家の新たな住まいがつくられることになった。

境内に完成した新居は、高い耐火性、耐久性、断熱性を誇る外断熱のRC造2階建て。建物は東西にのびる長方形で、西に位置する本堂側に檀家さんが集まる集会所と、住職の仕事部屋。ここから、LDKなどの住居スペースや、奥さまが主宰する華道教室が東の道路際まで並んでいる。

集会所、住居、華道教室と、大きく分けて3つの要素をもつ住まいのため、中川さんはそれぞれに専用エントランスを設けた。かつ、LDKは建物全体の中心になるように設計し、華道教室は奥さまの居場所であるキッチン側に、集会所や仕事部屋は住職である施主さまがくつろぐリビング側に配置。きちんと公私の区別がつきながらも、頻繁に出入りする場所へスムーズに行ける快適な動線をかなえている。
  • アーチ屋根は「洋」の雰囲気があるが、茶室に用いられる「むくり屋根」も連想させ、邸内のカントリー調インテリアにも、お寺の和の情緒にも馴染む。お寺の境内にあっても、街の景観上も重要な建物という観点から、耐久性も美観上も長い寿命の家とすべく、外断熱によるRC造とした

    アーチ屋根は「洋」の雰囲気があるが、茶室に用いられる「むくり屋根」も連想させ、邸内のカントリー調インテリアにも、お寺の和の情緒にも馴染む。お寺の境内にあっても、街の景観上も重要な建物という観点から、耐久性も美観上も長い寿命の家とすべく、外断熱によるRC造とした

  • キッチンの床はテラコッタタイル、カウンター天板は磁器系タイル。奥にはパントリー収納と勝手口がある

    キッチンの床はテラコッタタイル、カウンター天板は磁器系タイル。奥にはパントリー収納と勝手口がある

のびやかな吹抜け、カントリー調デザイン。
プライベートを充実させる住居スペース

「本堂とつながる住職の住まい」という特徴をもつこの家は、公私ともに利便性の高い間取りだけでなく、住居スペースの心地よさも大きな魅力となっている。

白亜の外壁と優雅な曲線を描くアーチ屋根の外観デザインは、お寺の境内の和の情緒、施主さまの希望に応えたカントリー調のインテリアのどちらにも合うように……という中川さんの意図がある。

しかし中川さんによると、アーチ屋根にはこんな意図も隠されているのだそう。「屋根を曲線にしたのは内部空間のボリュームを出すためです。屋根は南から北に下がる片流れですが、傾斜角度を抑えて曲線で結ぶと、室内がやさしくおおらかな印象のものになります」

その言葉通り、ダイニングとリビングの一部は天井が丸みを帯びたのびやかな吹抜けになっており、抜群の開放感。さらに、2階の主寝室や子ども部屋には吹抜けに面した窓がある。「吹抜けを介して1階と2階の主要なスペースに一体感をもたせることで、ご家族がお互いの気配を感じることができます」と中川さん。

吹抜けの上部には、青空を望むトップライトも。LDKは南向きなのだが、南には隣家があり恵まれた採光条件とはいえない。だがこのトップライトのおかげで頭上からさんさんと陽光が降りそそぎ、憩いの時間にふさわしい居心地のよい空間に仕上がった。

奥さまの好みを反映したカントリー調のインテリアも、ホッと落ち着く心地よさを醸し出す。無垢の天然木、スイス漆喰、テラコッタタイルなど、選りすぐりの自然素材が「本物」の上質感を放つ空間は、ナチュラルな温かみだけでなく長きにわたって愛せる高級感も併せもつ。

ほか、トップライトから屋外の桜を眺められる半円形の華道教室、明るい光が差し込む住職のプライベートな書斎、南に面したロフト付きの子ども部屋、無垢板による内装の主寝室など、公私の「私」を豊かにする空間は枚挙にいとまがない。

具体的なプランニングの初回打ち合わせのとき、施主さまは中川さんにこういった。
「私の仕事は住職です。住職というのは、文字通り“住んでいること”が仕事なのです」

仕事柄、自宅にいる時間がとりわけ長い施主さまにとって、住まいは人生の大半を過ごす大切な場所──。この家には、施主さまのそんな思いをくみ取った、中川さんの心遣いが随所にちりばめられている。
  • LDKの一部は写真右奥に続くL字型で空間に適度な独立性がある。木製窓はマーヴィン社製による防火窓

    LDKの一部は写真右奥に続くL字型で空間に適度な独立性がある。木製窓はマーヴィン社製による防火窓

  • 施主さまの仕事部屋である1階の法衣室。写真左のカウンター部分は掘りごたつ式で、腰掛けて仕事ができる。この部屋はリビング、集会所、本堂に移動しやすい位置にあり、動線がとても良い

    施主さまの仕事部屋である1階の法衣室。写真左のカウンター部分は掘りごたつ式で、腰掛けて仕事ができる。この部屋はリビング、集会所、本堂に移動しやすい位置にあり、動線がとても良い

  • 華道教室は、講師の奥さまを生徒さんが囲みやすい半円形。春は三角形のトップライトから満開の桜を楽しめる

    華道教室は、講師の奥さまを生徒さんが囲みやすい半円形。春は三角形のトップライトから満開の桜を楽しめる

完成形をイメージしやすいプレゼン。
監理も妥協しない、信頼できる設計姿勢

アーチ屋根や吹抜けなどの立体的な空間構成で得られるメリットは、図面を見ても素人にはわかりにくい。しかし中川さんは全ての施主さまに正確で緻密な模型をつくり、空間をイメージしやすくしてくれる。建て替えの場合、模型には既存の建屋や庭木なども反映され、暮らしぶりだけでなく全体的な景観もわかるのがうれしい。

もう1つ、中川さんの家づくりで心強いのは、着工後の監理に対する姿勢だ。中川さんはこれまでのキャリアの中で「信頼できる」と確信した工務店としか仕事をしない。それだけでも頼もしいが、設計者として異例といえるほど頻繁に現場に赴き、工事の様子をチェックする。「設計と監理は一体」とのポリシーから、図面を描いたらあとは工務店まかせ、といったことは絶対にしないのだ。

中川さんはいう。「どんなにスキルのある工務店でも、図面だけで正確に設計意図を把握するのは難しいものです。工事中も設計者である私と工務店が密にコミュニケーションを取ることで、住宅のクオリティを確保できるのです」

間取りやデザインのオリジナリティだけではない。着工から竣工まで、肝心の「モノ」をつくり上げるプロセスに建築家がどれだけ真摯に向き合ってくれるかも、家づくりを成功させる大きなポイントなのだ。

この家の竣工後、中川さんは施主さまの親族の住まいも設計することになった。「大切な人の大切な家をつくってほしい」。施主さまがそう思ったことが、中川さんの仕事に心底満足している何よりの証拠だろう。
  • 吹抜けのLDKは、2階の個室と窓を介してつながる。トップライトやハイサイド窓で採光も抜群

    吹抜けのLDKは、2階の個室と窓を介してつながる。トップライトやハイサイド窓で採光も抜群

  • アーチ屋根の曲線がよくわかる2階主寝室もトップライト付き。木製の扉やクロゼットも床材と同じバーチ材

    アーチ屋根の曲線がよくわかる2階主寝室もトップライト付き。木製の扉やクロゼットも床材と同じバーチ材

撮影:中川⿓吾(⼀部、今村秀雄)

間取り図

  • 1F間取り図

  • 2F間取り図

基本データ

施主
Y邸
所在地
東京都世田谷区
家族構成
夫婦+子供1人
敷地面積
2519.10㎡
延床面積
223.7㎡
予 算
5000万円台