深緑を間近に感じるルーフテラス。
多様な場所で自由に暮らす「空のデッキ」

ご紹介するのは、緑深い山懐という鎌倉らしいロケーションに立つ一軒家。設計を担当した伊藤寛さんは、美しい風景に馴染むデザインとともに、住まい手の暮らしに寄り添う住空間を提供。シンプルながら個性的な佇まい、暮らしを豊かに彩る空間体験、そして、家族が心地よく共存できる多様なスペースを生み出した。

この建築家に
相談する・
わせる
(無料です)

とんがり帽子のかわいい屋根
山の緑に映える印象的な佇まい

海、山、それぞれの自然に恵まれた鎌倉市。この家の施主さまも緑深いエリアで山付きの土地を購入し、「背後に山を抱く家」という、鎌倉らしいロケーションの住まいをつくることになった。

設計を担当した伊藤寛アトリエ代表の伊藤寛さんは、当初の感想をこう振り返る。

「北側の背面に緑豊かな山を従えた敷地を見たとき、落ち葉対策、湿気によるカビ対策が不可欠だと考えました。そして、“鎌倉が誇る自然の中にどんな姿の家を置くか”ということも、極めて重要だと思いました」

その言葉通り、この家の特徴の1つは山景色に映える個性的な佇まいにある。まず目を奪われるのは、全体を板金ですっぽり包んだ独特の姿。屋根はとんがり帽子のようにキュッと尖った急勾配の切妻屋根。シンプルで端正ながら温かみやかわいさもあり、鎌倉の谷戸(やと:森林に囲まれた谷あいの土地)の風景にしっくり馴染む。

ここですごいのは、伊藤さんは印象的な外観デザインに落ち葉・湿気対策といった機能も集約させていることだ。

例えば、屋根のトップは45度の直角で、一般的な切妻屋根に比べてかなり急勾配。この形が愛らしさを生むのだが、実は、樋がなくても雨水がスムーズに流れ、樋の落ち葉掃除も不要にするという目的がある。

また、屋根と外壁全体をガルバリウム鋼板でくるんだ姿は、家がカッパを着込んだようなかわいさと同時にキリっとした建築美をプラスする。しかしこれも、湿気によるカビなどを防ぐ実利的な目的があるのだ。

環境に合わせた造りで機能・快適性を担保しつつ、愛着の湧く唯一無二のデザインを生み出す。その手腕は「さすが」のひとことに尽きる。
  • 庇や樋などの出っ張りがない、きれいな輪郭が印象的。全体を雨風に強いガルバリウム鋼板でくるんだ姿は、カッパを着込んでいるかのよう。屋根は雨水をスムーズに流れ落とすために45度の急勾配に。家がキュッと尖ったとんがり帽子をかぶっているように見え、とても愛らしい

    庇や樋などの出っ張りがない、きれいな輪郭が印象的。全体を雨風に強いガルバリウム鋼板でくるんだ姿は、カッパを着込んでいるかのよう。屋根は雨水をスムーズに流れ落とすために45度の急勾配に。家がキュッと尖ったとんがり帽子をかぶっているように見え、とても愛らしい

  • 北側の外観。素朴過ぎず、かといって先鋭的過ぎることもない端正でかわいい外観デザインは、緑深い山あいの風景によく映える。屋根に穴が開いているように見える部分は、屋根の斜面を内側に切り取ってつくられたルーフテラス。まさに屋根にいるような感覚を味わえる楽しい空間だ

    北側の外観。素朴過ぎず、かといって先鋭的過ぎることもない端正でかわいい外観デザインは、緑深い山あいの風景によく映える。屋根に穴が開いているように見える部分は、屋根の斜面を内側に切り取ってつくられたルーフテラス。まさに屋根にいるような感覚を味わえる楽しい空間だ

  • 2階は高い三角天井のおおらかな大空間。壁は漆喰、床は無垢のサワラと、自然素材を贅沢に使っている

    2階は高い三角天井のおおらかな大空間。壁は漆喰、床は無垢のサワラと、自然素材を贅沢に使っている

青空と山の緑がすぐそこに。
「空のデッキ」で気持ちよく暮らす

この家は寝室や個室、水まわりを1階に集め、2階は屋根の形を活かした高い三角天井の大空間になっている。キッチンや書斎的なワークスペースはあるものの、造りとしてはフロア全体が大きなワンルーム。その中でダントツに目を引くのは、北側の屋根の斜面につくられたガラス張りのルーフテラスだ。

伊藤さんはテラスや玄関ポーチをつくる際、家の外側にくっつけるのではなく、家の外形を内側に切り取り、内部にせり出すような形で設計した。だからこそ輪郭に凸のないすっきりした外観デザインになったのだが、内側に切り取る造りは室内にもさまざまなメリットをもたらす。

その1つは何といっても、屋外の自然との距離が格段に縮まることだ。2階はガラスで仕切られたテラスが室内上部にせり出す状態になるため、青空や山の緑が家の中に入り込んでいるかのよう。

「2階は、周囲の空や緑とつながった船の甲板、あるいは空に浮いたデッキにいるような場所にしたいと思ったんです」と伊藤さん。確かに、2階の床面は中央に配された階段とキッチン横の2カ所に吹抜けがあり、1階の玄関ポーチや緑を見下ろせるため「浮いている」ようでもある。

何より、室内にせり出すガラス張りのテラスは通常の窓とまったく異なる自然の臨場感を生んでいて、これまでに体験したことがない開放感・心地よさを味わえる。屋外の自然を室内に取り込む手法はたくさんあるが、こんなにも空や緑と一体化する住まいは珍しいのではないだろうか。
  • 2階。写真左の南面には連続窓。ルーフテラスは室内上部にせり出すようにつくられており、空や山の緑といった自然との距離が近い。階段の吹抜けからは1階の玄関ポーチ、キッチン横の吹抜けからは1階屋外の緑が見え、2階全体が宙に浮いた「空のデッキ」のように感じられる

    2階。写真左の南面には連続窓。ルーフテラスは室内上部にせり出すようにつくられており、空や山の緑といった自然との距離が近い。階段の吹抜けからは1階の玄関ポーチ、キッチン横の吹抜けからは1階屋外の緑が見え、2階全体が宙に浮いた「空のデッキ」のように感じられる

  • ルーフテラスの下(写真右下)は天井が低く、ソファでテレビなどを楽しめる落ち着いた空間となった。2階は居心地の異なるスペースがシームレスにつながっていて、テラス下の先は光と緑に包まれた大空間。折り返して戻ってくると、1階が見える階段横の通路(写真左)とダイニング

    ルーフテラスの下(写真右下)は天井が低く、ソファでテレビなどを楽しめる落ち着いた空間となった。2階は居心地の異なるスペースがシームレスにつながっていて、テラス下の先は光と緑に包まれた大空間。折り返して戻ってくると、1階が見える階段横の通路(写真左)とダイニング

家族が多様な場所で多様に過ごす、
8の字シークエンスの大空間

内側に切り取る造り~すなわち、室内にせり出すルーフテラスのもう1つのメリットは、一室空間における「多様なスペースの創出」だ。2階は天井の高い大空間だが、テラス下には天井の低い「こもり感」のあるスペースができるのだ。

おかげで施主さまご家族が多くの時間を過ごす2階には、食事をしたり、くつろいだり、お子さまが遊んだり勉強したり……と、多様な過ごし方を受け止める多様なスペースが誕生。それらのスペースは8の字を描くようにつながり、絶妙な一体感と距離感を生んでいる。

例えば、施主さまご家族はテラス下の天井が低いスペースにソファを置き、テレビを見たりゲームをしたりと、各自ひとりの時間を楽しんでいる。そして、そこから先へ進むとガラリと雰囲気が変わり、天井の高いおおらかな大空間。南の連続窓からは広がる遠くの山々が、テラス越しには空や緑が伺える。緑に包まれた中で空中に浮いたデッキにいるような感覚が心地よく、お子さまが小さな頃はここでサッカー遊びを楽しんだというのもうなずける。

この開放的なスペースで折り返して先に進むと、1階の玄関ポーチを見下ろす階段横の通路とダイニングコーナー。その奥のキッチンへ進むと、さらにその奥には8の字の終点に当たるワークスペース。ここは造り付けのカウンターがあり、パソコン作業やお子さまのスタディコーナーにぴったりの裏方空間だ。

「設計の際は、テラスを内部に入れ込む・吹抜けをつくるなどの工夫によって、天井が高い/低い、見上げる/見下ろすといった空間体験、つまり居心地が異なるスペースをつくり、ほどよい距離感でつながるように意識しました。そこにはリビング、子ども室などの室名はなく使い方は自由。そのときどきの暮らし方に合わせて使っていただければ」と伊藤さん。

使い方を限定しない多様な空間がシームレスにつながる住まいは、一体感だけでなく心落ち着くパーソナルスペースも生み出した。竣工以来ずっと、「楽しく暮らしています」と笑顔で話す奥さまは、端正ながらかわいさもあるこの家と似通った雰囲気をもつ方だ。それが、伊藤さんがインスピレーションを得て意図的に「似せた」からなのか、年月を経て家と施主さまが似てきたからなのかはわからない。でも家と人が同じ雰囲気をまとうのは、そこでの暮らしが幸せなのだと証明する、とても素敵なことだろう。
  • ルーフテラスの下のスペース(写真左奥)を通り抜けると、天井の高いのびやかな空間が現れる。両脇の窓やテラス越しに迫るように緑や空が広がり、とても気持ちがいい。お子さまが小さな頃は、階段横の吹抜けに落下防止用のすのこを置いていたが、現在は取り払っている

    ルーフテラスの下のスペース(写真左奥)を通り抜けると、天井の高いのびやかな空間が現れる。両脇の窓やテラス越しに迫るように緑や空が広がり、とても気持ちがいい。お子さまが小さな頃は、階段横の吹抜けに落下防止用のすのこを置いていたが、現在は取り払っている

  • 2階ダイニングスペース。2階全体は大きなワンルームだが、ほどよい距離感で多様なスペースがつくられている。写真左のキッチンからまわり込むようにして正面の間仕切りの先に行くと、奥さまのパソコン作業やお子さまの勉強コーナーとして使えるワークスペースがある

    2階ダイニングスペース。2階全体は大きなワンルームだが、ほどよい距離感で多様なスペースがつくられている。写真左のキッチンからまわり込むようにして正面の間仕切りの先に行くと、奥さまのパソコン作業やお子さまの勉強コーナーとして使えるワークスペースがある

  • 2階の東に位置するカウンター付きのワークスペースは、お子さまが本を読んだり勉強したりするのに最適。大人の身長ほどの間仕切りの端には、キッチン用の造作棚もある。扉がなく日常使いするものを取り出しやすいが、ダイニングからは見えない向きなので生活感を出さずにすむ

    2階の東に位置するカウンター付きのワークスペースは、お子さまが本を読んだり勉強したりするのに最適。大人の身長ほどの間仕切りの端には、キッチン用の造作棚もある。扉がなく日常使いするものを取り出しやすいが、ダイニングからは見えない向きなので生活感を出さずにすむ

間取り図

  • 1F

  • 2F

  • 2F'

基本データ

作品名
鎌倉の家
施主
I邸
所在地
神奈川県鎌倉市
家族構成
夫婦+子供3人
間取り
3LDK
敷地面積
130.25㎡
延床面積
96.51㎡
予 算
2000万円台