目指すのは快適な「シュミグラシ」!
現代の長屋が愛される理由

都心からおよそ40分。東武東京スカイツリーライン「蒲生(がもう)」駅から徒歩5分ほどの、約2,900㎡の土地に誕生したのは、「蒲生シュミグラシ WA nest(ワ・ネスト)」と名付けられた斬新な賃貸集合住宅です。趣味や仕事と暮らしが一体化した20の住戸に、地域に開かれたコミュニティスペースが併設された、「現代の長屋」。その魅力を、現地で探りました。

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自身の体験から生まれた「寝食と仕事が共存できる快適空間」

 WAは和、環、倭、話、羽。nestは巣。「多彩な趣味と個性を持つ人たちが、互いに調和しながらコミュニティを作り、自由に暮らしながら、いつか羽ばたいていく。人と暮らしを育む巣のような場所を目指したのが、WA nestです」。企画・設計を共同代表である峯田建(みねた・けん)さんと共に担当したスタジオ・アーキファームの恩田恵以(おんだ・えい)さんは、そう語る。

 「オーナーさんは、これまでも大手デベロッパーなどから多くのマンション建設の提案を受けていたそうです。けれど『地域の人々の役に立ち、喜ばれるような活用方法がほかにあるはずだ』と考え、峯田が講師を務めたセミナーでのレクチャーをきっかけに、自ら描いたスケッチを手に、私たちの建築事務所を訪れたのです」。そこに描かれていたのは、職人がいて、飲食店があって、みんなが店の2階に暮らしている、イギリスの田舎町のような風景。2011年春、個性的な集合住宅プロジェクトがスタートを切った。

 2014年9月に竣工したWA nestは、仕事場にもなる「趣味室」の奥にワンルームの生活空間がある1階住戸と、ロフトを持つ2階住戸、計20戸が中庭を挟んで建ち並ぶ長屋形式になっている。うち2戸は防音設計になっており、そこには若い音楽家が居住中だそうだ。「趣味室」を使って自分のアトリエとしている人(趣味の雑貨をSHOP展開している人)整体やネイルサロンとしている人など、実に様々だ。恩田さんも1室を分室として借り、元スタッフとシェアして美術教室を開いている。居住者の入れ替わりはあるものの、オープン以来、全住戸がほぼ常に埋まっている状態だという。

 「駆け出しの頃、住まいと仕事場を確保するのに苦労しました。音楽家や画家、あるいはフリーランスの友人たちは、みんな同じ経験をしています。会社勤めをしながらも将来の独立の夢をもっている、勤めながらも土日はギャラリーやカフェをやりたい、なんていう若者は、今も確実にいます。そういう人のための集合住宅になればいいなと思いました」と恩田さん。

 なぜそんなに人気なのだろう。「緑に囲まれた開放的な環境を気に入ってくれる方が多いですね」と恩田さんは言う。スタジオ・アーキファームは環境共生型住宅で数多くの実績を持つ設計事務所であり、そのノウハウが惜しみなく注がれている。シンボルである中庭はもちろん、敷地全体にたっぷりと植栽が施され、「趣味室」の屋上に当たる部分にも芝生が敷き詰められている。駐車場もグリーンブロックになっているため、アスファルトのように熱を持たず、車にも優しい。

 「閉じた空間でずっと仕事をしているとすごくストレスがたまってしまいますよね。顔を上げると緑が見えて、窓を開けると自然の風が入り、ちょっと外へ出ると緑を感じられるような仕事や生活環境を求めている人は少なくないと思います」。都心では高嶺の花となるそんなスペースが、都心から遠くない蒲生なら手に入るのだ。



 空調も、各室に換気用のダクトがあり、温かい空気と冷たい空気の重さの差を利用した「重力換気」という方法で自然な風を呼び込んでいて、エアコンレスで過ごせる期間は長い。壁も湿気のこもりそうな所は湿度調整をしてくれる珪藻土を使用。中庭を囲む石の堀は、長屋の屋根から落ちる雨水を受け止める「犬走り」という伝統手法で、ここに水を張ることで気化熱による冷却効果も生まれるという。「敷地内には古い井戸がありましたので、それを復活させて散水などに活用しています」。環境への負荷を減らしながら、暮らす人の快適さを向上させる工夫に満ちているのだ。

 しかも、住居棟は木造建築である。「木の質感とか、簡単に増改築できるとか、木造である理由は色々とありますが、地盤強度の兼ね合いと、コストを抑えるためにというのが大きな理由です。」と恩田さん。「この一帯は元々低湿地で、固い地盤まで杭を打とうとすると非常に深くまでボーリングする必要があります。そこでこの建物は、短めの杭を何十本も打つ「摩擦杭」を採用しました。生け花の剣山を逆さにしたような状態で、自重の軽い木造建築だから可能なことです」。恩田さんらがオーナーさんと目指した「ここだからできる、蒲生流のアンプラグドな暮らし」が、見事に実現されつつあるのだ。

住民同士が助け合い、近隣の人が集まる「コミュニティ」も成長中

 WA nestの魅力は、設計や環境の良さだけではない。オーナーさんが願った「地域の役に立つ」という側面も、年々充実しつつある。「特殊な建物なので、入居希望者には必ずオーナーさんが事前に会い、『ここはプライバシー重視のマンショじゃない。すべてお互い様の、開かれた長屋だ』と説明しています。おかげで、たとえば誰かが掃除を始めると、手の空いている人が手伝い始めて、みんなで暮らしやすさを保つような人間関係が自然と生まれました。WAnestに訪れた人に居住者が自然にあいさつをするので、人も施設も徐々に地域に溶け込んでいると思います」と恩田さん。

 「加えて、共用棟にあるセミナールームや体育館でバレエ教室やヨガ教室などのレッスンやイベントが行われるようになり、近隣の方々が日常的にいらっしゃるようになりました。私も『ガモウスタジオ』という美術教室の運営を任されていますが、幼児から小学生、中高生、大人の方まで、一日中だれかが何かを描いたり作ったりしています」。当初は居住者向けの打ち合わせ空間として用意されたカフェも、今では「穴場の食事スポット」として多くのお客様で賑わっている。「このカフェ、マスターが日替わりで、料理も雰囲気も毎日変わるんですよ。日曜日は、居住者でもあるご夫婦がおいしいコーヒーを出しています」と恩田さんはうれしそうに言う。多様性を楽しみながら、多彩な人が集まる、個性的で開放的な集合住宅ができあがりつつある。

 「この集合住宅は、時と共に育っていくものです」と、恩田さんは言う。「たとえば植栽は、もっと大きな木々をたくさん植えるつもりでした。しかし代々徳川家のお庭を守ってきた植木職人さんに、『木は、その土地の気候を学習しながら育つ。木のためにも幼木を植えたほうが良い』と言われ、若い木を植えました。10年20年後が、とても楽しみです」。自然素材をメインに建てられた建物全体の雰囲気も、時と共に変わっていくだろう。ここに住む人々と地域の人々、その日々の暮らしが、WA nestを育てていくのである。

基本データ

施主
集合住宅
家族構成
夫婦